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4章
そろそろ腹を決めろカロン
しおりを挟むアルフィー殿下が出て行った後、3人で自己紹介をし合った。グリースロー公子の第一印象は…うん。弟みたい、かな?
僕がエディット殿下の存在を教わったのは、皇帝陛下の即位後。
皇女殿下のお話を聞き、どんな女性だろうかと幾度となく想像した。外見はエリオット陛下とそっくり…のはず。
それから数年…クローディア殿下がエディット殿下の写真を見たと言う。そのお姿は陛下の亡き御母堂、エレーナ皇妃と瓜二つらしい。皇宮にて皇妃の肖像画を拝見して、胸を高鳴らせたのは内緒。
「(エディット殿下は僕と同い年。僕はラプラス公爵家の後継ぎ…もしかしたら婚約なんて…?)」
そう考えては、「あり得ない」と頭を振った。
アルフィー殿下が言っていたじゃないか。皇女殿下にはすでに、仲睦まじいお相手がいると。あのクローディア殿下も認めている男性だ…僕なんかには太刀打ちできない。
アルフィー殿下の言葉が確かなら、皇女殿下は学校に通われるはず。そこで陛下が秘密裏に、僕とマルセルに留学をしないかと打診した。その時に、マルセルも秘密の共有者となったのだ。
その理由は護衛として。
陛下は…皇女殿下は静かに暮らしていると思っていたらしい。アルフィー殿下と言葉を交わすまでは。
それが貴族として迎えられたなら、皇国まで噂が届く可能性がある。子供ならともかく、成人間近ともなれば尚更。王国の美しいレディとして、広くその存在が知れ渡ったら。
陛下のご尊顔を知る者が…2人の関係に辿り着く可能性も僅かにある。
だから僕とマルセルが同級生としてお側にいる。有事の際に、この命を投げ打ってでも彼女を守る為に。
まあ陛下は…護衛してくださいとしか言ってないけどね。
でだ。殿下の旦那ともなれば、僕らもお仕えする相手と言える。なのでどんな男性なのか、ワクワクしていましたが。思ってたのと違うけど、一生懸命な子だというのは分かった!
「(2人共…大人っぽくて格好いいなぁ。姉上と並んだら絶対お似合いだ。片や美貌の公子、片や精悍な騎士。そして僕は、地位しか取り柄のない子供…)本当に見苦しい姿で…お恥ずかしい限りです。どうぞ掛けてください」
「「ありがとうございます」」
なんか、今一瞬ものすごいしょぼくれたような…?
公子が僕らにソファーを勧め、使用人を呼びお茶の準備をお願いする。3人で腰を下ろすが…なんか公子の雰囲気変わった?
給仕を終えた使用人は出て行き、公子が温かい濡れタオルで顔を拭いた。
「ふう…」
「…よくお姉さんと、喧嘩をなさるのですか?」
「うっ。そんな事は…普段は仲良しなんです。今回は僕のデリカシーが無さすぎた、だけで」
彼は眉を下げて笑った。やはり…
アルフィー殿下が出て行った直後から、急に大人びたような?仕草も表情も年下には見えない…きっと客人の前だから気を張っているんだろう。そう結論付けた。
僕はマルセルと目配せをし、フレンドリーに話し掛ける。今後の為少しでも、彼と親しくなっておきたい。
「僕は貴方の気持ちがよく分かりますよ。実はですね、僕にも姉と妹がいるんです」
「あ…そういえば、以前アルフィーから聞いたような。では1人っ子の親友と言うのは…」
「俺の事でしょう」
姉妹の話をすると、公子の表情が柔らかくなった。やっぱ、同じ境遇じゃないと分かり合えない事ってあるよね~。
「僕の姉は…胸が大きいのが悩みでして。以前「そんくらい別にいいじゃん。女性のステータスでしょ?」と言ったら、胸ぐら掴まれて締め上げられました…」
「は…はは…」
いやほんと、なんであそこまで怒るかなあ。正直未だにわかんない。
「このマルセルなんかは、姉の胸をチラチラ見てますし」
「おい!!」
「おっと失言でした。チラチラでなく、ガン見してます」
「やめんか!!」
「ふ…あははっ!」
マルセルは目を吊り上げ、僕の肩をがくんがくん揺らす。はっはっはっ、このむっつり野郎。
でもお陰で、グリースロー公子が笑顔になった。なんとなく、ホッとした。
それからは姉妹の話題で盛り上がる。会話の端々で…彼がいかにエディット殿下を大切に想っているのか、伝わってくる。
僕は当然姉さんに『姉』以上の感情はないけど。公子がお姉さんについて語る時の微笑みや声色は、明らかに異性に対するものだ。
「「「……………」」」
会話が途切れて、僅かに沈黙が流れる。言っても…いいかな?
「グリースロー公子は。養女であるお姉さんを…異性として愛していますか?」
「っ!?」
ばしゃっ!
「あっ!?」
動揺した公子が、持っていたティーカップを落とした!それは膝の上で1度跳ねて、中身が溢れた。
「大丈夫ですか!」
「あ…だ、大丈夫です!」
「すみません、変な事を聞いてしまって…!」
火傷したら大変だ!すぐに冷やさないと、服は脱がないでそのまま冷水シャワーを!
「本当に大丈夫です!もう温かったし、厚手の服で弾かれたので!」
慌てる僕らと対照的に、公子は冷静に服を脱いだ。ジャケット、ベスト、シャツ…汚れてしまったが、確かに火傷はなさそう。よかった…胸を撫で下ろす。
「わ、ズボンもびしょ濡れだ。すみません、ちょっと着替えちゃいますね」
「どうぞお気になさらず。あ、お持ちします」
「ありがとうございます」
公子はそのままパンツ一丁に。うん、足も赤くなってはいないな。と安堵していたら。
ばたーん!!
「「「!!?」」」
扉が、ノックもなしに開いた!マルセルは咄嗟に構えたが。
「カーロンっ♡さっきはごめんなさ、い……」
あ…
あの顔立ち…間違いない。
彼女こそが…エディット皇女殿下、だ…
マルセルが惚けて動けない。多分僕も…同じ顔をしているのだろう。やっと、会えた。
「あ…姉う…わあっ!ごめん、こんな格好で…!」
「「………………」」
……んん?なんだこの状況。半裸の公子を囲む、服を持った僕とマルセル。
グリースロー公子は顔を真っ赤にして、何故か両手をクロスして胸を隠す。その様子に皇女殿下が…
ゴゴゴゴゴ… 背中から黒いオーラを発している…!
「……貴方達。私の弟に……何を…?」
「「ひい…っ!」」
そしてこの表情。あれだ、規律違反を犯した騎士を前にした時の、クローディア殿下そっくり!流石異母姉妹だ~。
ずん… ずん… 1歩1歩、近付いてくる。僕とマルセルはその迫力に、無意識に喉を鳴らし…1歩1歩後退る。
「やはりそうなのね…確信してしまったわ。アルフィー様といい…カロンは男性を魅了する存在なのね…」
「頼むから私を入れないでくれ」
今なんて?声が小さくて聞こえなかった。
「姉上…?」
「もう大丈夫よ、カロン」
「姉上…っ」
なんだこの茶番。優しく肩を抱かれた公子は、きゅるん♡と目を輝かせる。直後。
「で?この状況を説明してくださる?」
「しますします!!誠心誠意させていただきます!」
「……!」こくこくこく
殿下は公子を後ろに隠して、僕らの胸ぐらを掴む。姉ってのはこれだからもう!!弟に人権が無いと思っているのかー!いや僕の姉さんじゃないけどさ。
かくかくしかじか… 最終的に「お姉さんを愛していますか?」という問い掛け以外、全部話した。
「えっ、カロン火傷したの!?」
「してないよっ!」
「よく見せなさい!!」
「キャーーーッ!!」
話している間に公子は服を着ていたんだけど。すぐに脱がされて、意味なかったね。
「どこ?お腹?」
「ひゃ…」
「胸を隠すな気持ち悪い」
エディット殿下は公子の腹部を撫で、されるがままの公子は恍惚の表情。アルフィー殿下は冷静に吐き捨てて。マルセルはエディット殿下を意識し、ソファーの横に立っている。
「本当に大丈夫そうね。でも念の為、薬は塗っておきましょう」
「あふん…そこ…だめぇ…♡」
「すごいなお前、どんどん気持ち悪さが積み重なってるぞ」
殿下が軟膏を自分の手のひらに広げ、公子の肌に塗りたくった。ビクンビクン反応してて、確かに気持ちわ…こほん。
「綺麗なお姉さんに、薬を塗ってもらうだと…!?羨ましい…っ!」ギリィ…
歯軋りをするマルセル。はあ…これだから姉妹のいない男は。女性に夢を見過ぎだっての。
そんなこんなで誤解も解けて。改めてエディット殿下と対面するが…
「遅くなりましたが、私はエディット・グリースローと申します。お2方とは同級生になると伺っております、よろしくお願いしますわ」
優雅に微笑み礼をする彼女は。見惚れる程に美しく…同時に。
さっきのやり取りを、なかった事にしようとしている。そう見て取れて、なんだか笑いそうになってしまった。
僕は彼女の事を、何も知らない。だから…これから親しくなれたらいいな、と切に願う。
今日は公爵邸に泊めていただく事になり。歓迎されながらの夕食後、カロン君の部屋に男連中で集まった。
「さっきは途中で終わってしまったけど。カロン君は本当に、エディット嬢が好きなんだよね?」
「そ…そうですよ…」
モゴモゴと口を窄めるカロン君は、なんか…揶揄いたくなるなぁ。
「コイツは5歳の頃から一途だからな」
「「へえ~」」
「もう!いいじゃないですか、その話は!!」
5歳なんて、好きな子がコロコロ変わるもんなのに。すごいなあ…
ちなみに彼女のどこが好き?と訊ねると。
「全部ですね」キリッ
…それじゃつまんない。もっと具体的に!
「えー…?………存在…概念?」
「「「概念?」」」
「姉上を構成する全てが愛おしい。それ以上の言葉はありません…」
「「「…………」」」
目を伏せるカロン君に、スポットライトの幻覚が。レベル高い~、もう感心するしかない。
「アルフィー殿下は、恋愛はどうなんです?」
「……まだ公表していないけど。婚約者がいる」
「おー!どんな女性です?」
「僕は姉上の笑顔があれば、5日は水だけで生きられます。名前を呼ばれれば地獄の淵からも蘇るし、手が触れ合えば…」
「いずれ貴方達にも紹介すると思うが。出会ったのは私が8歳の時で、13歳で求婚をしたんだ」
「ふむふむ」
「……あの。殿下、ジェレミー…カロン殿の話を聞かなくていいのですか…?」
「「……………」」
「けれど僕なんかが想いを寄せるのも烏滸がましい。姉上の幸せをどこにいても、いつまでも祈っています」
胸の前で手を組み、頬を染めているカロン君。いやぁなんか…口を挟んじゃ駄目かな、と思ってさ。
「それより、2人は婚約者とかいないのか?」
「う…俺は全然、です」
「(だろうな)」
「自分で言うのもなんですが、僕ら結構モテるんですよ~。ま、今は揃ってフリーですけど。
僕なんてつい最近まで、すごいアタックしてくる令嬢がいたんですけど。どうやらキープしてる彼氏がいたんですよね~。僕を落としたら、彼を捨てるつもりだったみたいで」
「ほ、ほう…ちょっと、詳しく」ずいっ
「ああ…姉上。僕の世界を彩る全て…」
「お…俺だっていい雰囲気になった女性くらいいますっ!」
「僕の姉さんはノーカンな。姉さんは他に好きな人いるし、お前は下心しか無いし」
「………うぐぅ…」
「図星なんだ…」
と…盛り上がってきましたその時。
コンコン…
「カロン、いるー?」
ばびゅんっ!! ガチャッ!
「はい姉上っ!僕はここですっ!!!」
動き速っ!?ノックの直後、カロン君は扉にくっ付いた!!
「カロンはエディットの忠犬だから。呼ばれればどこで何をしていても、ああやって馳せ参じるんだ」
「へ、へえ~…」
ああ…彼に耳と、はち切れんほどに振り回す尻尾の幻覚が見える。扉が開くとエディット殿下が、部屋の中を見渡した。
「(むっ!!まだいるわあの2人!もう夜の9時を回っているのに。やっぱり、カロンに不埒な感情を抱いて…!)」
なんか僕ら、睨まれてる?本能で「ヤバい」と感じ、マルセルと共に適当に挨拶をして逃げた!!
僕らは数日を、公爵邸で過ごさせてもらった。
マルセルとカリア嬢、エディット殿下が手合わせをしたり(マルセルは照れていても、そういう時は手を抜かない)。クローディア殿下が言っていた、エディット殿下が慕う傭兵が来たり。
エディット殿下のご友人も遊びに来て…彼女を取り巻く環境も大体把握した。
「…………」
僕は今、屋敷の玄関ホールにいる。ここには立派な家族の肖像画が飾られているのだが…
描かれているのは公爵夫妻と双子のみ。どうして…エディット殿下がいないんだ。
その理由はすぐに悟った。見ていれば分かるが、夫妻は殿下を娘と思っていない。よくてただの居候、悪くて空気として扱っていると。
でも。カロン君とカリア嬢…一部の使用人は好意的だ。殿下が笑顔でいられるのは、彼らのお陰なのだろう。
「…でも、残念だな。この調子で肖像画も写真も無いのなら…陛下達が嘆くだろう。いくつかは、ヴィクトルさんが所持しているんだろうけど…」
愛する妹の成長を見届けたかっただろうな…僕も胸が痛いや…
この日の夜、さり気なくカロン君に言ってみたら。
「ご心配なく!!この通り、姉上の記録はバッチリです!!」
「多っ!?」
ドサドサドサッ!! テーブルに積み上がるのは、写真アルバム…!?一体何冊あるんだ!?
「先日30を超えました」
「ひえ…」
「ほら姉上、可愛いでしょ?これ見てください、去年の写真なんですけど~」
「どれ…」
……ん?そこに写っているのは。薄汚れて傷んだ服を着ているエディット殿下…?髪もボサボサで、険しい顔で弓を担いでいる。
「半月ぐらい、ヴィクトルにくっ付いて狩りをしていたんです。鹿が増えすぎて、害獣駆除の依頼を受けて。
そしたら姉上、山で過ごしているうちに、段々と野生を思い出してしまったみたいで。帰って来た頃には、人間の言葉も忘れかけてたんですけど…
僕と顔を合わせると、「グルルル…ガ…カ…カロ、ン…?」って名前を呼んでくれて!嬉しかったな~」
「あ…そう…」
「ワイルドな女性って素敵ですよね~」
「そう…ダネ…」
くねくねと、全身からハートを放出するカロン君。
……うん、陛下。僕も分かりました。
エディット殿下の旦那には、このカロン君以外なり得ません!!!
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