慚愧のリフレイン

雨野

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2章

カロンとカリア

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 騒動から1週間。姉上は部屋の外に出るのも自由になった。すれ違う人から好意的な視線はほぼ無いから…引き篭もりがちだけど。
 僕かルイーズが一緒なら、廊下までは行ける。これまでの人生なら、本格的に出歩くのは8歳…婚約してからだった。アルフィー様の教育、進んでるかなー?


 今日も僕と手を繋ぎ、廊下を歩く。

「あ…」
「「?」」

 後ろから声がして、同時に振り返る。そこには…やや強張った顔のカリアと、お付きのメイドがいた。
 結局カリアは、1度も姉上とまともに顔を合わせていない。互いに姉妹であると認識してはいるが、それだけ。

「カリア。丁度よかっ…」
「……」くるっ

 あ…踵を返し、メイドのスカートを引っ張って部屋に戻った。ううん…これはまずいな。


「姉上ごめん。僕ちょっと、カリアと話してくる」
「ええ。…あの子とも、仲良くできたらいいのだけれど…」
「……うん」

 僕も…そう思う。



「おーい、カリア~」
「…なあに、おにいさま?」

 カリアはぬいぐるみを抱えて、ベッドに横たわっていた。今は2人きり…少し踏み込んだ会話がしたい。


「さっき一緒にいた、あの子がエディット姉上だよ」
「…知ってるわ」

 僕もベッドに上り、隣に寝転ぶ。カリアは背中を向けてしまったが、逃げはしない。

「お姉ちゃん、嬉しくなかったの?」
「……うれしいけど。わるい子なんでしょ?おとうさまもおかあさまも、大キライだって」
「………」
「おにいさまは…あの子とカリア、どっちがだいじなの」
「(そんな面倒な彼女みたいな…)どっちが、とかないよ。カリアだって苺のショートケーキとチーズケーキ、父上と母上のどっちが好き?って聞かれて、答えられるの?」
「……おにいさま、さいきんヘンよ。大人みたいなはなしかたするし…」
「それは置いといて。
 ねえカリア。姉上のどこが悪い子なの?」
「おとうさまが…」
「カリア」

 ギシッ… 上半身を起こすとベッドが軋み、カリアが振り向く。その頭に手を伸ばし…撫でる。


「僕は、カリアの思いを知りたいの」
「わたくしの?」
「うん。お兄ちゃんに教えて」
「…………」

 ごろん、とこっちに向き直る。僕らは手を繋いで、額をくっ付けた。赤ちゃんの頃から…どっちかが不安になった時、よくこうしてたんだ。



 …僕は前回。カリアのこの手で…殺された。でもどうしてかな、恨みや恐怖といった感情が一切浮かばない。カリアがまだ子供だから?何もしてない無垢な存在だから?
 どちらにせよ…この手は汚させない。あんな大人にさせない。何度も姉上を死に追いやった僕の妹…

 一緒に頑張って真っ当な人間になろう。アルフィー様も、ね。



 数分の沈黙。時計の針の音が、やたらと頭に響く。するとカリアは、ゆっくりと語り始めた。


「……お姉さまは。追い出したいのにできない、やっかい者だって」
「この家に連れて来たのは両親だよ。追い出せないのは、世間体…(と言っても伝わらないか?)えーと。
 姉上には帰る家がここしか無い。なのに見捨てたら、父上はみんなに「酷い!」と怒られてしまう。だから出来ないの」
「お父さまが…?怒られたくないなんて、子どもみたいね」

 そんなに可愛いものじゃないけどな…
 クスクスと笑うカリアは、言葉を続ける。

「お姉さまは、どんな悪いことをしたの?」
「何もしてないよ。父上はなんて言ってたの?」
「なんにも…ただ悪い子だって」

 両親はあの日以降、僕に対して姉上の話題を出さない。言っても無駄だと判断されたのか、子供だからと舐められているのか。その分カリアが言いくるめられる可能性がある、阻止しないと。
 カリアが言うには、父上はひたすら感情論をぶつけるのみ。だから僕は、カリアの疑問を1つずつ確実に潰していった。

「父上は怒られたくないけど、姉上を嫌いだから。僕達にも同じように嫌いになって欲しいの。だから有りもしない悪口を言うの」
「…そう…なんだ」
「僕、さっき姉上と手を繋いだけど。汚れてる?」
「…ううん。いつも通りモチモチだわ」
「(モチモチは余計だい…)でしょ?」

 といった風にね。カリアは僕の手をにぎにぎしている、その真剣な眼差しに笑いそうになった。

 その甲斐あってか段々と、自分から姉上について聞いてくるようになった。



「お姉さまのかみの毛、とってもキレイよね。初めて見たわ」
「そうだね。細くて宝石のように輝いているね。でも僕、カリアの髪も好きだよ。チョコレートみたいに甘そうで、見ていると幸せになれる」
「……えへへ。ありがと」

 余談だが、僕は甘いもの(特に生クリーム系)が苦手なんだけど、チョコレートだけは好きなのです。


「…ねえ、お兄さま」
「ん?」
「お父さま…まちがってるの?」
「……カリアはどう思うの?」
「…子どもはまちがえるけど、大人は正しいことしか言わない」
「それはない。全ての大人が正しいのなら、この世に犯罪者はいない」
「……………」

 カリアは目を閉じ…ゆっくりと体を起こした。


「わたくし、お姉さまとお話ししたい」
「!うん、行こっ」
「うん!」

 小さな手を重ね、同時にベッドからぴょんと飛ぶ。



 コンコン

「姉上~、あーけーてー」

 ガチャッ

「いらっしゃい、カロン。そして…」

 姉上が、僕の隣に視線を向ける。それは繋がれた手に移動して、にっこりと笑った。

「どうぞ入って。カリア…と呼んでもいい?」
「ええ!わたくしもお姉さまと呼ばせてね!」
「よろこんで」

 カリアは僕の手を離れ、姉上の腕を取った。
 その光景に目頭が熱くなる。まだまだ油断は出来ないが…大きな1歩を踏み出せたのだと、この時実感したんだ。


「あのっ、お姉さま。カリアとおままごとして!」
「もちろん。でもわたし初めてなの、教えてくれる?」
「いいわよ!お姉さまがお母さん、カリアは娘ね」
「じゃあ僕がお父さんかな?」
「お兄さまはおばあちゃんよ!」
「3世代家族だったか…」

 なんか事情がありそうな家庭。カリアがニコニコでぬいぐるみを持ってきて、おままごとスタート。

「さあみんな、ご飯ですよー」
「わーい!カリア、お母さんのゴハン大好き!」
「ぼ…私も~。じゃあ、早速いただ…」
「こら!!おばあさんはボケているのよ、ここは「ゴハンはさっき食べたじゃないかい」って言うの!」
「ええ~…」

 初めて聞いたぞ、その設定。それでも姉上が楽しそうに笑うから…全部どうでもよくなっちゃうんだ。








 翌日…朝食後、父にダイニングに残るよう言われた。母上とカリアがいなくなったと同時に、父上が僕の前に立ち…

 パシンッ…

「っ!……」
「カロン!!お前は、妹に何を吹き込んだ!?」

 頬がじわじわと熱くなり、痺れをもたらす。父上は右手を胸の高さで震わせ僕を見下ろす…

「カリアまでもが、を姉などと…!お前は我が家の平穏を掻き乱して楽しいのか!?」
「…………」

 歯を食い縛り、拳を握って耐える。何か言い返したら、叱責を受けるのは姉上だ!!
 叩かれた頬を押さえて俯くと、泣いていると思ったのか「部屋で謹慎していろ!」と命じられた。




「あーもー!!なんで邪魔ばっかりするんだ、父上の馬鹿!!!」

 うがー!!!もどかしさで頭がどうにかなりそう!!まずい、このままカリアを洗脳されたら…!
 けど部屋の前には騎士見張りがいる。部屋にはトイレもバスルームもあるから、食事さえ運んでもらえば生活は可能なんだ。だからこそ、脱出しないと!!

「脱出といえば窓!!シーツを繋ぎ合わせて、ロープを作る!!」

 実は1度やってみたかった!
 数分後。

「ああもう!!上手く縛れないいいっ!!」

 どれだけ固く結ぼうとも、しゅるっと容易に解けてしまう!この手が!小さくて弱っちい手が!!
 諦めずに試行錯誤するも、全然駄目!はあ…昼食を急いで済ませ、また作戦を立てる。



 が、夜になっても状況は変わらず。運ばれた夕飯を前に、ふと嫌な予感がした。

「(姉上…まさか。食事抜き、なんて…!?)」

 あり得る。父上はそういう男だ。
 確認しないと!出て行こうとしたメイドに、ルイーズを呼ぶようお願いした。

「(うーん。欲しいものがあったら届けるよう旦那様に言われているし…)かしこまりました、少々お待ちを」

 急いでね!
 ソワソワと待つこと5分、ルイーズが来た!挨拶もそこそこに訊ねる。

「姉上、ちゃんとご飯食べてる?」
「…!……実は。旦那様より、2日間食事を与えてはならない、と…」

 やっぱり…!
 もしもこっそり食べ物を渡したら、問答無用で解雇すると言われ、どうしようもなく悩んでいたそうだ。我が父ながら情けなくて、涙が出そう…
 少し考え…ナイフとフォークを手に取る。

「…………」
「坊っちゃん?一体何をなさっておいでですか?」

 サラダを半分ほとんど丸飲み状態で食べて。ハンバーグを半分こ、サラダの皿に乗せる。スープは分けるのが難しいので、僕はいらない。パンも2つあるので1つずつ。
 以上3枚の皿をトレーに乗せて、ずいっと差し出す。

「はい。これ、姉上に持って行って」
「えっ!?」

 なんか食べかけみたいで申し訳ないけど!

「持って行かないなら、僕もご飯食べない!!」
「で、でしたら!別の物を、坊っちゃんの分だと言って用意すれば…」
「廊下に騎士がいるでしょ!彼は証人、僕に運ばれた食事の半分を、ルイーズが困った顔で持って出て来た!ってのを見せるの!!」
「…………」

 これは僕なりの贖罪、誠意、意地。ルイーズは唇を噛んで、無言で頭を下げた。ちゃんとトレーを持ち、出て行く。
 十数分後。姉上が最後まで食べた、という報告と共に空の食器を持って来た。その言葉を信じ…僕も残りを食べる。



 グウゥ… キュルルル…

「………お腹空いた…」

 夜中になっても眠れな……いや。姉上は僕なんかより、もっと辛い思いをしている。
 部屋を暗くして目を閉じれば、自然と眠くなる!おやすみ!!!



 翌朝も、ご飯を同じように半分こ。ルイーズは何も言わず、目に涙を浮かべて受け取った。
 その後報告を受けたのか、両親が飛んで来たけど。これは全部僕の我が儘!ルイーズを解雇するなら、死ぬまで食べない!!と追い返した。文句があるなら、姉上にご飯出せばいいじゃん!!


 昼下がり。空腹を凌ぐ為ベッドの上でじっとしていたら、見張りが声を掛けてきた。

「その…坊っちゃん。お嬢様がお見えです」
「?入れて」

 よく父上が許可したな…と呑気な事を考えていたが。カリアの顔を見て、一気に吹っ飛んだ。


「お…おに、おにい、さま…ひっく、これ、これ…」
「どうしたんだ!?」

 カリアは泣き腫らした顔で、1枚の皿を両手で大事に持っている。上に乗っているのは…カリアの大好きな、チーズケーキとチョコケーキだ。

「これ…カリアのおやつ。カリアは、おなかいっぱいだから。お兄さまと、お姉さまで、たべて…
 ルイーズが、ふたりがおなかペコペコだって、おしえてくれた…」
「……!」

 受け取って、テーブルに置き。震える妹を、正面から強く抱き締める。

「お父さまと、お母さまがね。言うことを聞かないカリアは、キライだって…
 お兄さまも、すぐに目がさめるから。お兄さまのマネをしちゃ、ダメなんだって…
 でもカリア…お姉さまと、おままごとしたい。お外であそびたい…カリアとお兄さま、やっぱりまちがってる?悪い子なの…?う……うあああぁぁん!」
「……ぅ…ぐすっ…」

 カリアは僕の背中にしがみ付き、大声で泣く。つられて僕も…

「お姉さまは、グリースローの血を引いていないから。正しい公女は、カリアだけだって。血すじも分からない娘に、大きな顔はさせない…って」

 血統…か。本気でそう思っているのなら、最初からグリースローの分家から養子を迎えるべきだった。そうしなかったのは、両親も本心では分かっているんだ。大事なのは血筋ではない…と。
 だからこれは、ただの言い訳。姉上を拒絶する為のね。それをどう言えば、カリアに通じるかな…
 今時王室くらいだよ、完全世襲制に拘っているのは。ただそれも国の頂点に立つ者達として、『こうあるべき』とレッテルを貼られているように感じるけど。


 暫く泣いた後、カリアも落ち着いた。僕は「ケーキありがとうね」と笑顔を作り、チョコケーキを1口食べる。

「はい、あーんして」

 そして2口目はカリアに。戸惑いつつも、大人しく口を開く。交互に食べて完食。

「ケーキ、1人で食べても美味しくなかったでしょ?だから、こうして僕にくれたんでしょう?」
「……うん」
「今は美味しかった?」
「うん」
「そっか、僕も。だからこれも…一緒に届けに行こうね」
「…うん!」

 小さな手を重ね、チーズケーキを持って部屋を出る。

「坊っちゃん。申し訳ございませんが、お部屋にお戻りくだ…」
「うるさい」
「う…」

 ギロリと睨むと、騎士はたじろいだ。泣き腫らした顔の幼子2人…力尽くで止めてみれば?結局それ以上は止められず、後ろをついて来る。
 堂々と廊下を歩き、姉上の部屋へ。ここに見張りはいない。いつも通り、ジャンプで開けると…


「カロン…カリア!」
「姉上…」
「お姉さまあぁ~…!」

 少し窶れた姉上が、僕らの姿を視認すると同時に抱き付いてきた。おっとと、ケーキが落ちちゃう。

「ごめんね…わたしのせいで、2人共怒られちゃったでしょう?ごめん…ごめんなさい…」

 姉上…震えてる。
 大丈夫だよ、僕はなんともない。むしろ姉上の涙を見ると、胸がキュッと痛む。

「もうここに来ちゃダメよ。わたしは…」
「やだよ」
「わたくしも!」
「………なんで…」

 なんで?んー…なんでかな?
 姉上が皇女様だから?違う。
 エリオット陛下が怖いから?それも違う。
 死にたくないから?でもないな。じゃあ…


 ああ…答えは、1つしかないじゃないか。


「僕が、姉上の事を大好きだから」
「「……………へ?」」
「ずっと笑っていて欲しいから。もう泣いて欲しくないから。だから…姉上が笑顔になれるお手伝いを、僕にさせて」
「「………………」」

 姉上が顔を真っ赤にさせて固まった。カリアは目が落っこちそうな程、大きく開く。


 …?僕、なんか変な事言った???

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