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1章
義弟が狂った
しおりを挟む私…グリースロー公爵家の養女、エディットの人生は苦しいものだった。
養父母からは疎まれ、義弟妹からはゴミのように扱われ、使用人達にも嫌われていた。
ここで少し、自己紹介をさせてもらうわ。
私は17年前、赤ん坊の頃グリースロー家に引き取られた。結婚して10年経っても公爵夫妻が、子宝に恵まれなかったからだ。孤児院の前に捨てられていたという、私に目を付けたのだ。
そこは分家とか、せめて貴族の子から選ぶべきじゃない?と思うけど。私がこの国では珍しい、金髪であったから選ばれたのかもしれない。
確かに、自分以外では見かけた事はないわ。
だが奇跡は起きてしまったようで、直後夫人…養母の妊娠が発覚する。しかも双子。
これには公爵家一同大喜び。と同時に…この赤ん坊要らなくね?という空気が漂った。とはいえすでに、娘として届けも出してしまったし…
最終的に適当に成人まで育てて、どこかに嫁にやればいいやと結論付けた。
それから私は公女として最低限の教育は受けつつ、半ば空気のように扱われながら過ごした。双子の義弟妹…カロンとカリアは、それはそれは大切に育てられたわ。
完璧な公爵家の唯一の汚点、卑しい娘のエディット。
夫妻が無理矢理引き取ったくせに、いつしか世間は「エディットが図々しく公爵家に居座っている」と噂されるようになった。
さて、ここで両親の誤算が少々。私は周囲の予想以上に、美しく成長してしまった。そのせいで同い年の王子の目に留まり、8歳で強引に婚約を決められてしまったのだ。これに意を唱えたのは義妹だ。
「わたくしこそが正統にグリースローの血を引く公女なのよ。なんでこんな、血筋も分からない女が王子様と結婚するの!」
と。王子は容姿端麗、いずれ国王となられる身分…そんなお方にカリアは恋心を抱いていた模様。
彼女もとても愛らしい容姿をしているのだけれど、王子殿下は私の顔がお好みだったようだわ。
愛娘の願いを叶えたい公爵だったが、王室の申し出を断る事もできず、私は殿下の婚約者に決まった。
当の私はというと。まるで童話のヒロインのように、素敵な王子様に見初められて。色の無い日々を彩ってくれた貴方に一目惚れしても…仕方のない事だと思うの。
苦痛でしかない公爵家での暮らしも、いつか王子様と結ばれる日だけを夢見て頑張れた。
けれど、それまでも息苦しい生活を送っていたのに、更に悪化する事となる。
なんといっても義妹。私を使用人…いや奴隷のようにこき使うようになった。それだけなら、まだいい。
私宛の殿下からの贈り物を強引に奪っては、殿下に「お姉様がゴミに捨てるようメイドに指示していたので、わたくしが必死に交渉して譲ってもらったのです」と涙ながらに訴えた。
私は当然否定したが、メイド達も「カリアお嬢様の言う通りです」と味方した。
養父母も、義弟も…現場を目撃した訳でもないのに、「カリアが嘘をつくはずがない。嘘つきは卑しいお前だ!」と口を揃えて言った。
殿下は最初は半信半疑だったが、次第にカリアを信じて私の事を嫌うようになった。
すでに家族の愛は諦めていたけれど。私を見る殿下の瞳が年々冷たくなっていくのは…どうしようもなく、胸が痛くなった。
それに比例して、カリアによく笑いかけるようになった。それが何を意味するのかは…言葉にせずとも分かるでしょう。
カリアは私に、面倒ごとは全て押し付けた。
勉強…授業は受ける(全く聞いてはいない)が、宿題は私の仕事。
殿方に贈る刺繍も。あらゆる手紙の代筆、私が作ったお菓子を自作として家族や殿下に振る舞う。
それらはいずれも絶賛された…私は義妹の為だけに、あらゆる才を磨いたのだ。
下手な物を差し出しては、折檻されるだけだから。ビンタは一番マシで、酷い時は肌に熱した鉄を当てられたり、刃物で切られたりした…服で隠れる部分のみね。
カリアはそれを誰にも悟らせなかった。真実を知っているのは、彼女付きのメイド2人のみ。
だからこそ周囲は、カリアは愛らしいだけでなく多才で、エディットは出来損ない…と評価した。
嫌だったけど、断ったら鞭で叩かれるので従った。それに…
公爵家の一員でもない私は、義妹の期待に応える事だけが…己の存在意義となっていた。
殿下の愛すらも失った今。段々と私は、カリアの影として生きるのが喜びですらあったのだ。
「……もしも。孤児として…平民として育ったなら。私はどんな人生を歩んでいたのかしら…」
それは幾度となく夢想しては…馬鹿馬鹿しい、と笑うしかない未来。
今日は私の17歳の誕生日。この頃には、殿下は私ではなくカリアに会いに屋敷まで来ていた。それを心苦しく思う時期はとうに過ぎた。
もはや婚約は名ばかりで、彼の寵愛はカリアに注がれているのだから。
「今日のパーティー、殿下にエスコートしてもらう約束をしたの!」
「……………」
朝食の席でカリアは、可愛らしく頬を染めて笑っていた。
今日のパーティー…主役は私だけれど。腐っても王子の婚約者だから、公爵も誕生日を祝わざるを得ないのよね。ま、誰も挨拶も聞きやしないけど。
エスコートは通常親族か…婚約者が務めるもの。いなければ1人で入場する、貴女の場合はカロンになると思うけど。
どうせそのまま、ファーストダンスも踊るのでしょうね。
カリアは社交界で、散々私の悪評を広めてくれた。浪費家、男遊びが激しい、弱者を虐げるetc.
それを信じきっている方々は、殿下とカリアの不貞を咎める事などしない。むしろいつ、婚約が姉から妹に移るのかと心待ちにしているわ。
「それにね、ドレスも殿下と合わせたのよ」
「ああ、きっとお似合いだろうな。国中がお前達を祝福するだろう」
「うふ、ありがとお兄様!」
あぁ…なんて茶番かしら。私は端の席で、黙々とスプーンを口に運ぶ。
その間誰も、私なんて気に掛けない。家族はもちろん、給仕も。まあ…食事があるだけマシと思いましょう。
それより。今日はやたらと、双子がこちらをチラチラ見ている。しかも「ふふっ」「ぷっ…」と時折口元に手を当てて、笑いを堪えながら。
この態度は何度も経験した。2人で悪戯でも計画しているのだ、以前はスープにダンゴムシが沢山入っていた。これには…入ってないわね…
「今日のパーティーは、とっても素晴らしい事が起きる!そんな気がするわ!」
「そうなのかい?それは楽しみだ」
「ええ、期待していてねお父様!」
……ああ。パーティーで何かやらかす気なのね。なんだろう…私の頭からワインをぶっかけるとか?でも人前では私を害せないのでは…?事故に見せかける?
「あー、夜になるのが楽しみだなあ!ははっ、やっとこの、日…が……」
「「「?」」」
なんにせよ、公衆の面前では酷い事はされないでしょう。ならまあ、いいわ。
それより早く部屋に戻りたい。空気の私は目立ってはいけないから、席を立つのは最後という暗黙のルールがある。はぁ…
私はそんな事ばかりを考えていたから。突然動きを止めて、大量の汗を流して顔面蒼白になるカロンと。
様子のおかしい彼を見て、首を傾げる養父母とカリアの姿は目に入っていなかった。
「…………ぁ………っ」
「ど…どうしたの、お兄様?」
「?」
普段は和気藹々とした食事の席が、重苦しい空気に支配されているとようやく気付いた。
何、私が何かした?心臓がキュッとするのを堪えて、恐る恐る周囲を見渡すと……
「…………………」
…?カロンが、私を凝視している?
いつも彼は、私の事を蔑んだ目で見下ろしているのに。何故か…どこか焦ったような、苦しいような。ほんの少しの…憐れみ?そんな瞳をしている。
正直、気持ち悪い。
「カロン?どこを見て…
!それに何かされたのか?」
養父…公爵様の言葉に、カロン以外が私をギッと睨む。それは明確な敵意、嫌悪の眼差し。
この流れは…まずい。3日間食事抜きコースかな…と私がこっそりため息をついていたら。
「ち…違います!!
あっ、あ、姉上は何も悪くないっ!!!」
「「「「は?」」」」
あ。生まれて初めてこの人達とハモった。
姉上って…まさか私?
貴方、私の事は「おい」「お前」「そこの」「アレ」呼びでしたよね?
ぽかーん という言葉が見えるよう。部屋にいる全員がみっともなく口を半開きにしている、それくらいの衝撃だったのだ。
誰もが動けない中、カロンがガタッ!と音を立てて席を離れ。
ずんずんと…私の横に立ち?
「なん…です、か?」
「……!行くぞ、姉上!!父上、母上、カリア!僕達はこれで失礼する!!」
「い…っ!」
なんと彼は私の腕を掴み、強引に立ち上がらせた。痛みに声が漏れ、顔を顰めさせてしまった。いけない、また「どうせ演技だ」と怒られる…!
「あ…!ご、ごめん…」
「……………へ?」
なにごと?カロンは伏せ目になり頬を染め、手を離したと思ったら優しく肩を抱かれた。
??????
そのまま…疑問符で埋め尽くされたダイニングを後にする。私を連れて……
どうしよう。グリースロー家の跡継ぎである、義弟が狂ってしまったようだわ。
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