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番外編

台風1号2号、勢力を増して上陸

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「おー、これがグランツの屋敷か」

「クフルとはやはり趣が違うのだな」

 客人はキョロキョロと屋敷内を見渡す。使用人が総出で出迎えるが…こいつら女性を片っ端からデートに誘ってる。とりあえずバラカートは蹴っとこう。

「なにすんだよっ!」

「クフル流に口説くんじゃない!この国は一夫一妻だ!!」

「ではグランツ流とは?」

「…真面目に、本気で好きになった相手だけを口説いてください」

「「私/俺達はいつだって大真面目さ!!」」

「余計タチ悪いわー!!」

 奴らはガシッ!と肩を組み歯を見せた。その姿に…ああ、まただ。自然と笑みが溢れる。
 とにかく!晩餐会の準備が出来てんだ、ダイニングまで連れて行こうとしたら…

「ところでネイフィーヤは?」

「…………」

「私も最後に会ったのは赤子の時だったなあ」

 くそう…バラカートはともかく、殿下に言われちゃぁ…無視できねえ…。メイドにネイを呼んで来てくれ、と頼む。


「お久しぶりです、18王子殿下。バラカート様」

「「…………」」

 メイド服に身を包み、スカートの裾をつまんで優雅に微笑むネイ。やべえ、奴らの表情が変わった!!
 殿下が右手を、バラカートが左手を取って迫りやがる!!

「えーと…」

「久しぶり、ネイフィーヤ。ちっさい頃一緒に勉強したの覚えてるか?」

「私は膝に乗せた事があるぞ。そんな堅苦しい呼び方はやめなさい、よければこの後…」

「ざけんなーーー!!!」

 だー!!!奴らの手を叩きネイを救出、タオフィさんに託す。もうやだこいつら、だから会わせたくなかったのにー!!
 俺らが取っ組み合いを始めると、ネイは腹を抱えて笑った。いいからお前は避難してろ!

「おお…フェイテのあんな姿初めて見た」

「ふふ、お兄ちゃんは纏め役だもの」

 タオフィさんも笑ってんじゃない!殿下の護衛や付き人も戸惑ってんぞ、可哀想に。


 はあ、はあ…なんとかこいつらをダイニングまで連行完了。疲れたー…

「あ、フェイテとネイの席はそこね」

 なんでだよ!!?伯爵夫妻とコーデリア様、バラカートとアシュラフ殿下。と…何故か俺らの席が用意されてやがる。俺は精一杯シャルティエラ様を睨むが…ケラケラ笑って流された。覚えてろ…!


 だが流石に食事中は大人しく、穏やかに雑談をしながら晩餐会は進む。

「それでフェイテが、わたしの前に立って「俺を買ってくれ」って言ったんです。もう驚いてしまって…クフルジョークかな?って思いましたの」

 必然的に、話題は俺らが中心になるが…うぐぅ。

「なんと、そんな事が。だが彼らは貴女と出会えて幸運だったのだろう」

「ふふ、ありがとうございます。わたしも彼らと出会えてよかったです。今ではかけがえのない友人ですもの」

 本当に…この人は。俺こそ…どれだけ感謝してもしきれない。言葉なんかじゃ尽くせない…。ネイもこの国に来てからずっと笑顔だし。



 食後コーデリア様はお部屋に戻り、大人達はサロンへ移動した。俺も当然のように…バラカートと並んで座らされた。

「失礼、キセルを吸ってもよろしいか?」

「ええ、どうぞ」

 殿下がシャルティエラ様に許可を求めて、付き人がキセルを差し出す。殿下はそれを…笑顔で俺にも渡してきた。

「……ありがとうございます」

 全く…渋々受け取った。向かい側の主人達は感心したように眺めている。そうだ…一応教えておくか。

「シャルティエラ様、パスカル様。クフルってキセル1本で色んな意味があるんですよ」

「「?」」

 例えば…こんな風に差し出された場合、拒否するのは失礼に当たる。なので目上の人からの場合、諍いを起こしたくなければ大人しく受け取ること。
 にしても久しぶりだな。前は仕事終わりとかよく吸ってたな…とか考えながら火をつける。

「ご主人様~。お兄ちゃんのこと、よーく見るっす」

「え、なになに?」

「うっふっふ。それはお楽しみ!」

 ……?なんかネイがシャルティエラ様に耳打ちしてる。まあいいか。


「………ふぅ…」

 あー…うめえ。俺は基本的に煙を肺に入れない、口腔喫煙で楽しむ。口ん中に広がる感覚…たまにゃいいな。

 ……ん?

「「……………」」

 なんか、伯爵夫妻が真っ赤な顔をしている。俺なんかしたか…?

「エロい…」
「艶かしい…」
「流し目ヤバいね…」
「組んでる足もな…」
「狙ってるよね…」
「誘われてる…?」
「きゃっ」

 何言ってんだこいつら…?こっち見ながらヒソヒソと。殿下とバラカートもニヤニヤしてやがるし。

「お兄ちゃーん」

「ん?」

 ネイが髪をかき上げる仕草を…え、何?俺にやれってこと?
 よく分からんが、左手で前髪を上げてみる。するとシャルティエラ様がきゃーきゃー言い始めた。

「ごめんパスカル、わたし今フェイテに惚れたわ」

 何馬鹿言ってんのこの主人?俺を殺す気?パスカル様の嫉妬マジで怖えんだけど。

「大丈夫、俺も惚れた」

「何が大丈夫なんですか?」

 え、恐ろしっ。彼らは俺に熱い視線を送ってくる。シャルティエラ様はともかく…パスカル様はご遠慮願いたい。

「んふふー、お兄ちゃんはキセルを吸ってる時が一番格好いいんでーす」

 そうなの?いつも通りのつもりだったんだが。

「アレよ…花魁って感じ。ひー、フェイテの新たな魅力…!」

「花魁って…女性じゃないですか…」

 シャルティエラ様はたまに変な事言うんだよな。まあ、褒め言葉として受け取っておこう。
 と、その時。殿下がネイを呼び寄せ…顔に煙を吹き掛ける。ネイは一瞬驚き顔になるも、ニコニコしながら会釈した。

「あー…ああやって男性が女性の顔に煙を吹き掛けるの。ダイレクトにベッドに誘ってます」

「ぶっっっ!!?」

 シャルティエラ様が吹き出した。ちなみに女性からは無い。
 お誘いオッケーの場合は、男の手からキセルを奪い(火傷に気を付けてな)吸えばいい。お断りだったら、今のネイみたいに笑顔で流せばいい。

「相手の身分に関わらず、断っても失礼にはなりませんから。だから…ん?」

「きゃっ?」

 俺の説明を聞いたタオフィさんが、スッと目を開いてネイの腕を引っ張った。そして肩を抱き…嫉妬か?ネイの目がハートになってるぞ。

「なんだ、ネイフィーヤはすでにお相手がいたのか」

「残念…」

「タオフィさん…♡♡♡」

「……失礼します」

 殿下もバラカートも、本当に残念そうに煙を吐いた。ナイスタオフィさん!
 客人以外の皆から温かい視線が飛ばされる。彼は唇を結んで頬を染めて、ネイを連れて殿下より遠く離れた。ヒューヒュー!


「あ、ちなみに。男性に吹き掛けるのは…」

 そこまで言ったら。バラカートがニヤつきながら俺の顔に煙を…この場合。


「喧嘩を売られてます。拳で買いましょう」

「ぐえっ!!」

 俺は奴の顔面に拳をめり込ませた。



 ※※※



「しっかしお前らが元気そうでよかった」

「おう、心配掛けたな」

「全くだ。何故私にも何も告げなかった?」

「……権力に頼りたくありませんでしたから」

 深夜…俺らは3人で飲んでいた。付き人も給仕もいない、幼馴染だけで。シャルティエラ様が気を利かせてくれて、談話室を好きに使っていいよと言ってくれたのだ。
 そういや昔、夜中にこうやって集まった事あったな。王宮で殿下が9歳、バラカートが7歳、俺が6歳の時。大人の真似をして…お菓子やジュースで盛り上がった。
 だがすぐに寝てしまい、翌朝むっちゃ怒られた。夜更かしはいけません!夜中に食べてはいけません!ちゃんと歯を磨きなさい!って…あん時は不服だったが、今なら大人の気持ちが分かるぜ。

 俺らは夜通し語った。まず俺の話を…2人は笑顔で聞いてくれた。
 そしてクフルの話。俺は喉を鳴らして、緊張しながら酒の入ったグラスを置く。


 だがまあ予想通りで、バラカートが家を乗っ取ったらしい。そんで兄弟達は従業員として雇ったり国に仕えたり色々、妹達は皆嫁に行った。ほっ…。
 父親と義母達も一応見放しはせず、屋敷で下働きをさせているとか。それを聞いて…無意識に安堵した事に自分で驚いた。路頭にでも迷っちまえって思ってたのにな…。

「本当は売ろうと思ったけどな。あのクズ共と同類になりたくないからやめた。お前も悲しむと思ったし」

「そんな…こと…」

 無い、と言葉が出ず。代わりにありがとう…と小さく言った。


「そんで俺は今妻が2人、子供は5人だ」

「え、少ないな?」

「まーな」

「ふうん…殿下は?」

「私か?妻は5人で、子供は…10か11人かな?」

 適当だな。まあ陛下も子供が多すぎて人数把握してないっつーし。同じ名前の子供も数人いるし。アシュラフも3人くらいいたような。


「いやそれより。この国が一夫一妻なのは分かるけど、お前は結婚してないのか?」

 ぐ…痛いとこを。その気が無い訳じゃない、とだけ答えておく。
 それよりもやはり、ムルジャーナはどうしてる?結婚したのか、元気なのか訊ねる。

 すると2人は困ったように顔を見合わせた。え…なんだよ…!?まず口を開いたのはバラカートだ。

「ムルジャーナは…色んな男から誘われてたけど、一切取り合わず独身だ」

「は…?もう24歳だよな!?」

 クフルの貴族女性は18歳が結婚適齢期だ。大体若いうちに嫁ぐ、何番目の妻かは置いといて。
 そして…23歳を過ぎても独身だと、その女性は問題ありだと世間に認識される。そうなったらもう、結婚は平民に嫁ぐ以外道は無い。

「俺も何度も求婚したんだが。お断りしますの一点張りで…」

「私もだ。だが…「クトゥフェイーテを忘れられないのか」とも聞けず…」

 そんな…!!
 自惚れでなければ…彼女はそれほどまでに、俺を愛してくれていたのだろうか。あまりの衝撃にソファーの背もたれに倒れ掛かる。
 24歳にもなれば、家を追い出されてもおかしくない。俺が、彼女の人生を狂わせてしまった…?

 酒が入っている所為もあったのだろうが、俺は涙がボロボロと出て止まらない。ムルジャーナ…ムルジャーナ。
 こちらでの生活が安定してから、迎えに行くべきだったのだろうか。きっとシャルティエラ様なら快く送り出してくれただろう。いや、むしろ率先して動いてくれただろう。
 彼女は幸せに暮らしてるさ…なんて決め付けて。俺は…くそっ!!


「いや、後悔しても遅い。せめて今からでも…!!」

 明日にでも休職を申し出てクフルへ向かおう。そう決意して涙を乱暴に拭い顔を上げた。
 だが…心なしか殿下達は困ったように笑っている。そこは悲痛な面持ちしようぜ?

「えっと…ムルジャーナは8年前、サンドバギーの会社を立ち上げてバリバリに働いてたんだ」

「私達もスポンサーなのだが、彼女は「いつかラクダや馬に頼らない、こういった絡繰の乗り物が主流になる時代が来る。そして魔石ではないエネルギーが開発されて、動力となるでしょうね」と言っていた。
 確かに年々サンドバギーの売り上げは上がっていくし、高性能で低コストな物も開発されている」

「ふむふむ」

 それが何か?ああ、居場所が分かるから迎えに行きやすいのか?

「ムルジャーナは先月、会社を副社長に任せて消えちまったんだ」

「へあっ!?」

 まさか、何か事件に巻き込まれたとか!!?大変だ、明日なんて言ってらんねえ!!今すぐ探しに…!!

「待て待て!!大丈夫、事件性は無い。それより、えっと…」

「?」

 どうにも2人は奥歯に物が挟まったように口ごもる。俺は少し冷静になり、浮かせていた腰をソファーに沈めた。


「…いなくなる前。彼女は家から勘当されたんだが…その際に「こんな家こっちから願い下げじゃあ!!」と大暴れしたらしくて」

「やりそう」

 俺は深く頷いた。

「財産とか全部放棄したのだが、纏まった金は持って出たらしい。恐らく…お前を探しているのでは?」

「俺を…?」

 でも俺の居場所なんて知らないのでは?売られた奴隷の情報は、犯罪性が無ければ王室にすら漏らしてはいけない。だから足取りは掴めないと思うけど…?現にバラカートも見つけられなかった。

 だが俺達は…どこか確信めいたものがあった。あいつならやる、と。


「「「…………」」」


 3人で顔を突き合わせて、暫し沈黙が落ちる。俺が今動くのは悪手かもしれん。入れ違いになりかねない。

「とにかく…情報を集めよう」

 2人は頷いてくれた。にしても…本来なら男である俺が迎えに行くべきなのでは?俺の周りには、どうしてこうも無鉄砲な女性が多いんだろうか。



 ※※※



 クフル使節団はこの国の教育について学びに来たらしい。あっちには平民の学校が無いのだ。

「識字率も低いからな。子供は親の仕事を継ぐものだし」

 その為彼らは色んな学校に行ったり、アカデミーにも顔を出したりしていた。忙しそうなので、俺は単独でムルジャーナを追う。
 シャルティエラ様にも相談した。多分秘密にしたら悲しむだろうから…実際俺以上に気合を入れている。


「っしゃーい!!行くぞ、わたしの精霊軍団!!」

「「「おーーー!!!」」」

「おー…頼もしいな」

「セレネもいるぞっ!」

「ノエルもです!」

 シャルティエラ様は騎士、伯爵の仕事で忙しい。パトリシア様もまだまだ赤ん坊だ、母としても大変だろう。
 なので精霊達が力になってくれた。同時にムルジャーナがグランツに入国した際、保護&皇宮に報せが届くように皇太子殿下が手配してくださった。なんか指名手配してる気分…ぶふっ。

 ヘルクリス様がヨミさんを乗せて、なんとクフルまで行ってくれた。だが彼女が消えたのは先月の話…すでに国を出ていたらしい。

「真っ直ぐにグランツに来ると仮定して。恐らく…」

 パスカル様が地図を広げて、いくつかのルートを想定してくれる。…本格的に大捕物って感じが。

「この辺に精霊を配置する?エアと…そうだなあ、ノモさんがいいかな」

 殿下とバラカートから聞いた、ムルジャーナの特徴を精霊達に覚えてもらう。奴らはとにかく「胸は慎ましやか」を連呼する…どこ見てんだ!!
 あらゆる可能性を想定して、俺達は獲物が罠に掛かるのを待つ。



 それから2ヶ月は音沙汰無し。代わりにバラカート達がやかましい。
 奴らは何故かラサーニュ邸に滞在している。いや、いいんだけどさ。いいんだけど…。

「これがコタツかー!!オオマキラの文化ではなかったか?」

「わたし箏が好きで、和室を作っちゃったんですよ~」

 特にバラカートが和室に入り浸る。シャルティエラ様は仲間が出来て、どこか嬉しそうだ。個人で輸入している煎餅とか緑茶とかも振る舞っている。

 そしてセフテンス島の学校にも行ったんだが。


「何っ!?夏にはこんなに露出した女性が街を闊歩しているのか!?」

 今が冬でよかった。奴らは水着のカタログを見ながら夏が待ち遠しい、と目を輝かせている。年中営業しているプールはあるんだが…黙っておこうっと。
 最近シャルティエラ様はホテル業だけでなく、水着のデザインなんかにも精を出しているんだよな。あれは去年だったか…

「どうどう、コレイケてるっしょ!!」

「おばあーーーっ!!?シャーリィ、俺以外の男にそんなに肌を見せるんじゃない!!!」

 その日シャルティエラ様が着てみせたのは、かなり際どい水着だった…!ちょっと刺激が強く、思わず目を逸らしてしまった。
 即座にパスカル様によって寝室に連行されたが。この時はあの水着が数年後、普通になるとは思わなかった。シャルティエラ様の影響力って改めてすげえ。


 で、奴らは今そんな水着の写真を眺めている。移住して来そうで怖いな…。

「シャルティエラ卿。この島に私の別荘を建てたいのだが」

「俺も!!」

 やめろや!!!なんて言えるはずもなく。殿下がラサーニュ島、バラカートがクーブラット島に別荘買いよった。もうお前らは経済ガンガン回してくれ(諦め)。
 そこそこ平和に暮らしていたのに、奴らが来てから俺は休まる暇がない。だというのに。

「なんかお兄ちゃん、生き生きしてるね」

「そう、か?」

「うん!」

 ネイは満面の笑みでそう言った。そう…なのかもしれないな。
 以前エリゼ様も言っていた。友人に振り回されるのは、面倒だし大変だが楽しいと。

『ぜってえ誰にも言うなよ?お前はなんかオレに似たものを感じるから教えるんだ』

 その時彼は、本当に愉快そうに笑っていた。うん…俺もそう思います。ここにムルジャーナが合流したら、さぞかし賑やかになるだろう。



「フェイテー!!ムルジャーナさんと思しき女性がテノーから入国!!」

「「「!!!」」」

 罠を張って3ヶ月、ついに!!

「でも声を掛けたら逃げたって。現在首都に向かって東進中!」

 ともかく俺達は、彼女の無事を心より喜んだ。だが…すぐにそうも言っていられない状況に。


「何故だ、精霊の追跡すら振り切るだと!?」

「殿下、騎士をもっと動員しましょう!」

「いや、魔術師を派遣するべきだろう」

「オレが向かいましょうか?」

 あわわ。なんか大事に…!!なんで皇室巻き込んでんの!?そしてムルジャーナは何してんの!!?
 皇国の包囲網を悉くすり抜ける。俺のいない間に何かあった?

「誰を送っても撒かれる…!ねえフェイテ、彼女の前世はクノイチか何かなの?」

 なんだそれ?それよりムルジャーナは、こっちが本気を出すほどムキになるタイプだ!!


「皆さん一旦落ち着いてください!!彼女は泳がせて様子を見ましょう。大体の居場所さえ分かれば…」

「………ねえ。餌があれば釣れるんじゃない…?」

「へ……?」

 な、何…?ムルジャーナ捕獲作戦会議室に集まった面々(伯爵夫妻、エリゼ様、皇太子殿下、アシュラフ殿下、バラカート他数名)が、一斉に俺を見る。

 ちょ…まって。なんでにじり寄って来るの…?餌って…ま・さ・か…!!





「クフルよりお越しのムルジャーナ様ー!!!ここに貴女のクトゥフェイーテがいます!!速やかに姿を現してくださーい!!!」


「…………うう…」

 なんでこんな目に…。ムルジャーナが最後に目撃されたのは、偶然にもラウルスペード領。そこでシャルティエラ様が広い草原を陣取り、ヘルクリス様の力で広範囲に声を飛ばして呼び掛ける。
 でも俺を縛る必要あった?さっきからバジルとネイがすんげえ笑ってるんだけど。ムルジャーナが警戒しないよう、この4人で待ち構えている。

「シャルティエラ様、この縛り方してみませんか?」

「どれ…こっ、これは!!上級者向けだね…!」

「きゃっ。ネイには刺激が強いっす…!」

 お願いムルジャーナ、早く来て。俺が亀甲縛りされる前に!!てか妹に変なもん見せんなボケ!!



『……まー!!──ーテ様…!!』

「あ……」

 この声、は…!!


『クトゥフェイーテ様ー!!!』

「ム…ムルジャーナ…!!」

 今の俺にとって、その声は女神の歌声のようだった。
 ザン!!!と草原に姿を現したのは…肩で息をして、涙目で俺を見つめる女性。
 最後に会った時よりずっと背も伸びて、とても美しくなった。そして確かに胸は…成長しなかったんだな…。
 シャルティエラ様達は少し離れて、ムルジャーナがゆっくりと歩み寄ってきた。いや縄解いて。


『ムルジャーナ…』

『ほ、本当に…クトゥフェイーテ様…?』

 彼女はその大きい翠の目から涙を溢れさせる。抱き締めてあげたいのに…両腕が使えない!!
 代わりにムルジャーナが、俺をそっと抱き寄せる。ああ…懐かしい…


『クトゥフェイーテ様…どうかムルジャーナを第3夫人としてお迎えくださいませ!!』


 という彼女の発言に、俺とネイは盛大に噴き出してしまった。


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