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学園4年生編
42
しおりを挟むバティストとオスワルドさんはその後すぐ、澄まし顔で戻って来た。わたし達は慌てて所定の位置に立つ。セーフ!!
オスワルドさんのお茶はすっかり冷めてしまったので、わたしが新しく淹れる。ロッティがお菓子を用意していたら…その時…
「あ…ヴィヴィエ嬢の侍女殿は双子だったのですか?よく似ておいでですね」
オスワルドさんがそう言うもんだから…思わず女子3人ガクっとした。今更!!?もう顔合わせて大分経ちますけど!!!
どうやら彼は、わたし達の事は「後ろになんかいる」程度にしか認識していなかったようだ。まあ…そんだけルネちゃんしか見てなかったって事だから、いいんだけどね。
そんな彼は綺麗な所作でお茶を飲む。しかし…あの顔の下で今もルネちゃんに見惚れてしまっているのだろうか?
そう考えると…アカン、ニヤついてしまう…!ロッティとバティストは流石、鉄壁の仮面を被っている。ただわたしは…んぶっふ。
オスワルドさんは軽く咳払いし、若干頬を染め声を出した。
「こほん…先程は失礼致しました。質問の答えですが…私は…その。昔から料理や手芸、園芸など…趣味が男らしくないと言われてきまして。
一般的ではないとは承知の上ですが…そんな私を受け入れてくださる女性が、好ましいと考えています…」
ほっほう。で…ルネちゃんのお答えは?全員の注目が集まる中、彼女も咳払いをしてから発言した。
「ん゛、んんっ…そうでしたか…。わ、私は…人の趣味を批判したり、干渉する権利など持ち合わせておりません。
それが倫理・道徳に背くものでなければ…ご自身の好きな事をなさればよろしいのでは?
りょっ、料理でしたら、私も少々嗜んでおりますわ。ファルギエール様さえよろしければ…一度、ご指導賜りたく存じます」
「……あ、ありがとう…ございます…!こちらこそ、是非よろしくお願い致します」
その答えにオスワルドさんは、今日初めて笑顔を見せた。くっ…!なんか可愛い…!!
……ん?今ルネちゃんなんて言った?料理を嗜んでる、ですって?
アナタ去年調理実習で、オーブンぶっ壊した事お忘れ?それに公爵家では厨房立ち入り禁止令出たって言ってなかった?
「まあ…以前屋敷の厨房で少々ミスをしてしまいまして。暫く立ち入り禁止を言い渡されておりましたが、もう時効でしょうし」
毒ガス発生させたってやつね!
もしかしてルネちゃん、オスワルドさん気に入らない?断るのも面倒だから、毒殺しようとしていない?なんて斬新な方法かしら~。
……おふざけはともかく。2人は料理トークを始めてしまった…!でもルネちゃんて、舌は肥えてるはずなのに…なんで料理はアレなの?
しかしそれで緊張も完全に解けたのか、オスワルドさんもすっかり笑顔。向こうからもルネちゃんに色々質問し、なんかいいムードじゃなーい?
そんじゃあ…時間かな?ロッティと顔を見合わせて、頷く。
「ルネお嬢様。私達は退室させていただきますので…どうぞファルギエール様とお過ごしくださいませ」
「ええ、ありがとう」
もちろんバティストも引っ張って行く。2人の会話を盗み聞きしたいが…ま、野暮はやめておきましょう!!
という訳で、別室に移動。ではバティスト、甥っ子さんのお話聞かせてもらいましょか?今は主従では無いので、彼もラクにしている。
「はいよー!まず本人も言ってる通り…趣味がちょびっと乙女チックなんだわ。
それで…どうやら昔から、女の子に「女々しい」とか「自分より女子力高くてムカつく」とか言われちゃって~。
あ、少那殿下みたいに女性恐怖症とか全然無いよ?お嬢様達には普通だったでしょう」
ふむ。確かに…わたしやロッティが近付いても目を合わせても、彼は特に固まる事も無かった。
「女の子じゃなくて、恋愛にビビってんのよ。お見合いっつー事は結婚前提じゃん?だから…ヴィヴィエ嬢は恋愛対象で、お嬢様達はただの他人。
オスワルドがああやって緊張するのは、相手を意識している時だけさー。なんとも思ってない女性相手なら、絶世の美女だろうと無反応だし」
ふうん…?分かるような分からないような?
「ちなみに今日ここに来る前は…
『俺に公爵夫君とか務まらないってーーー!!俺はただ、仕事をしながら空き時間に花を愛でて。
休日にはお菓子作りとかして、好きな食器で食べて。楽器を弾いたり…時には乗馬を楽しんで。そんな毎日を送りたいだけー!!』
って超駄々捏ねてましたー!でも思ってた以上に相性良さげじゃなーい?どうよお2人さん?」
どうって…楽しそうね、バティスト。
でも、わたしはオスワルドさん気に入ったよ。今頃どんな会話してんのかな…うずり。
「「「………………」」」
2人も気になるのか…若干ソワソワしている。これはもう…
行くっきゃねえっしょう!!
「ええそう、そうよ。私達の親友が、お相手に失礼していないか見守るだけよ!」
「あたしも可愛い甥っ子が、変な事口走らないか心配なので。兄さんにもよろしく頼まれてっし!」
「うん!わたしも…んあ~んの…アレだよ、うん。ほら……行こうか!」
こうして3人揃って抜き足差し足忍び足。そろ~…っと扉を開けて…中を覗く。ルネちゃんの護衛騎士(31歳・既婚者)が気まずそうな顔をしているが…無視!
さて…ん?
「……ですからっ!やっぱり俺に公爵家の主人は無理です~~~!!」
「どうしてやってもいないのに決めつけるのですかっ!それとも私と結婚したくなくて、そう仰っておりますの!?」
「違いますルネさんとは結婚したいな~と考えておりますが!
ですが…俺が隣に立っていては…貴女の評判が下がってしまうのでは…」
「それは私が決める事です!!それに貴方のどこに恥じる要素がございまして!?
ファルギエール家の事業でもそれなりの成果を挙げていらっしゃでしょう!人柄も能力も素晴らしくある貴方を見下す者が何処におりましょう!!
誰ですか言ってご覧なさいませ、私が抗議して差し上げますわ!!!」
「「「……………」」」
ルネちゃん…化けの皮剥いだ?ルネちゃんはテーブルに手を突いて立っており、反対側のオスワルドさんは椅子の上で丸くなっている。
なんかもうオスワルドさん…猫にキレられて戸惑ってる大型犬みたいになってるよ?わたし達のいない間に何があったんだ…
ルネちゃんが大きな声を出す度に、オスワルドさんが「ぴえっ!!」と跳ねている。どことなく…親近感の湧く人である。
おっと、誤解の無きよう言っておくが…別にルネちゃんは怒っている訳ではない。彼女は実力のある人が、正当な評価をされない事を悔しく感じる人。今は…彼の自信の無さに呆れてる?
でも会話を聞く限りじゃ…互いに好感情抱いてない?
「ひぃ…!い、いえ。ルネさんのような可憐な女性に、そのような事はさせられません。勇ましい女性も魅力的ですが…やはり常に微笑んでいて欲しいのです」
「でっでし、でしたら…もう少しご自身を正しく評価なさいませ。貴方が公爵家に相応しくない等と、決めつけないでくださいまし。
それに…私達、まだまだお互いの事も何も知りませんもの。ですから…こ、こっこ、これから…」
ルネちゃんはなんとか席に座り…冷静になれたのか、纏めに入ったようだ。そして最後はモゴモゴと…え、なんだって?
分かるよ!!!今後時間を掛けて、深い仲になりたいんだね!!?結婚を前提にお付き合いしたいって、言ってもらいたいんだね!?
急に静かになった2人はどちらもカァ~…と赤くなり、それぞれそっぽ向いてしまった。
頑張れオスワルドさん!!ルネちゃん、女の子からアタックするのもいいと思うよ!!
「(ど…どうしよう!?俺に公爵家とか、荷が勝ってると思うんだけど…。
でも…ルネさんはそんな俺を信じてくれているみたいだし…俺の事全部、受け入れてくれたし。
今後彼女のような女性と出会えるか分からないし。恋愛とか諦めてたけど…俺だってしたくない訳じゃないし…。
ああもう、言い訳ばかりか!!でも…今まで散々、いいな~と思った女性に…「男らしい人がいい」なんて言われ続けてきたしー…。
俺ってば何かあると、ぴーぴー泣きながら逃げ回るし。ルネさんなら…そんな俺の首根っこ掴んで、ぐいぐい引っ張ってくれるだろうか…)」
「(なんなの、彼は何を考えていらっしゃるのかしら!?ちょっと言い方キツかった…?んもう、どうして私はセレスちゃんのように可愛く振る舞えないのでしょう!?
しかし…彼もお見合いを了承した以上、私とけっ、こん、する意思はあるでしょうけど。実物を見て…「こんな口喧しい妻はお断り」とか…幻滅されてしまいましたか…!!?
そうよね、昔も散々…ルシアン様に厄介がられておりましたもの。殿方は皆口煩い娘より…ほんわりしたセレスちゃんみたいな子がいいですわよね…)」
あ、あら?オスワルドさんは頬を掻きながらソワソワしているが…ルネちゃん、なんか落ち込んでない?心なしか、泣きそうじゃない…?なんでえ!!?
ふいに、2人の視線が交錯した。どちらも慌てて逸らすが…いつまでこの状況続きますかね?そろそろ入りたいんだけど…。
「(逸らされましたわ…。彼はどうしても私と結婚は嫌なのでしょうか…。それならそうと言って欲しいですわ。
いいです、今日はセレスちゃんとティーちゃんと残念会を開きますもの!!!ええそうですよ、別にオスワルドさんに拘る理由なんてありませんものね!
彼となら、愛を育めるかしら…なんて考えておりませんもの!!今回のお見合いで、一番条件が良かっただけ…っていう考え方が可愛くないんですのよーーー!!!
どうして素直に「好きになってしまいそう」って言えませんの!?心の中ですらコレって、もう手遅れでなくて!!?)」
ルネちゃんは頭を抱えた。ちょっと男子ィー、ルネちゃん泣いちゃったじゃーん!先生(公爵)にチクっちゃうよ~?
その状態は5分程続いた。どっちでもいいのでアクションを起こして欲しい。廊下の3人、かなりキツい体勢なので!そしていつの間にか護衛さんも一緒に覗いてる!!
わたしの願いが届いたのか…オスワルドさんが動いた。
「……ル、ルネさん。あの…た…た、たったったたったっ例えばっ…」
ラッパーかな?ヘイヨー!!
どもりまくっているが彼は顔をキリッとさせ、ルネちゃんの目を見て。静かに声を発した。
「俺が…公爵家に婿入りして…貴女のご期待に添えず、情けない姿ばかり見せてしまっても…。
そそ、そっそれでも…貴女の側にいてもいいですか…?」
「………!!!?」
言ったーーー!!!それはもう、結婚しましょうって意味よね!?わたし達は4人でハイタッチを静かに交わす。
その言葉を受けたルネちゃんは、目を大きく見開いた後…一瞬だけ泣きそうな表情になり…そっぽ向いてしまう。胸元を両手で握り締め…オスワルドさんと顔を合わせないまま、言葉を発した。
こっちからは完全に彼女の顔が見えないんだけど…首まで赤く染まっているのは分かる。
「…もちろんっでは、ありませんか。私、だ、だだだ旦那様が少々軟弱であろうと、呆れる程狭量ではありませんわ(我ながら言い方なんとかなりませんの!?)。
そもそも私の目標は『男性社会における女性の社会進出』ですもの。『男らしさ』『女らしさ』等要りません!
ですので…立場や環境が変わろうとも。貴方は…何も変わらなくてもよいのですわ。私が…もと、求めて、いるのは…今のオスワルド様ですもの…」
ひえーーーい!!ルネちゃんが攻めましたね!!わたしとロッティはガッツポーズを決め、バティストと騎士さんは目頭を押さえている。
一方のオスワルドさんは、何を言われたのか分からないようで…口を半開きにして固まっている。そして徐々に言葉が浸透してきたのか…
「………?……!!」
1人忙しく、わたわたと顔を左右に振ったり手を上下させたり。立ち上がってぐるぐる回ったり、座り込んだりして………静かに、ルネちゃんの側に歩いて行った。
ちょっと、見えない!!!廊下からじゃ角度的に、椅子に座るルネちゃんの背中しか見えない!!!恐らく彼は彼女の前に膝を突いているのだろう。せめて声だけでも…!!
「………ルネさん」
「……はい…」
最早わたし達は覗きでもなんでもなく、扉を全開にして身を乗り出している。いや、片足だけでも廊下に出ているからセーーーフ!!!
しかし彼らはそんなギャラリーにも気付かない程、2人の世界を作り上げているようだ。
椅子の右側に両足を向けて座るルネちゃん。そんな彼女の手を取り、目の前で跪くオスワルドさん。彼は熱い視線でルネちゃんを見上げ…まるでお姫様と騎士みたい…!
言えーーー!!どうか俺と結婚してください、必ず幸せにしますとか!ありきたりでもなんでもいいから言えーーーっ!!!いかん、こっちがドキドキしてきた……!
オスワルドさんは…蕩けるような微笑みをルネちゃんに向けたと思ったら……!!
「ルネさん…………では本日は帰らせていただきます!!どうもありがとうございました!!」
「へっ?」
「「「「…はあああぁぁーーーっ!?」」」」
微笑んだと思ったら…彼女の手に何か細長く薄い、ラッピングされた包みを握らせ。イイ笑顔で「では、また後日!!」と言い放った………?
ルネちゃんは呆然としているし、わたし達4人はその場に盛大にずっこけた。だがオスワルドさんは…わたしらをガン無視、スキップでもしそうな程ご機嫌で部屋を飛び出して行った……
………どういう事…?
「…待たんかいクソガキィーーーッッッ!!!!」
誰よりも早く正気に戻ったバティストが、速攻で追い掛ける…あっちはお任せしよう。問題は…
「……………………」
放心状態のルネちゃんを…なんとかせねば…
「……ルネちゃ~ん…?」
「生きてるかしら…?」
ロッティと一緒に肩を揺らす。しかし彼女は無表情でされるがまま。
それでも次第に、感情を取り戻すかの如く…少しずつ顔を強張らせて…
「………なんなんですの、さっきの言葉…!私、振られたって事ですの…!?」
あわわ…!!口元を震わせて目に段々と涙を浮かべて…!
「…う、あああぁぁーーーん!!!フラれたあ!!酷いですわ、期待だけさせてええええ!!!
あの方となら、幸せな家庭を築けると思いましたのにぃ~~~!!!ひぐ、ばかあああ、もう、きらいいいいい!!!」
ひえーーー!!!ルネちゃんが…未だかつて見た事のない癇癪を…!!
大声を上げて泣きじゃくり、わたしとロッティにしがみ付く!!その声はレストラン中に響き…貸切にしといてよかったね!!ここ、ヴィヴィエ家のレストランだもんね!!!
「待って待って、きっと何かの間違いだから…!」
うわーん、もう嫌い!結婚なんてしない!!と、ルネちゃんは暴れる。渡されたプレゼント(多分)も放り投げ、わんわんと泣き続ける…!プレゼントは騎士さんがキャッチした。
なんとか宥めるわたし達。お願いバティスト、早く戻ってきて!!!!
※
その頃、レストランの外。
「「……………………」」
そこには、ジェルマンとデニスが立っていた。今日2人のお嬢様は一応お忍びなので、こうして離れた場所で待機しているのだ。バジルとグラスはお留守番。
特に会話も無く、警戒しつつものんびりしている。
「……………ジェルマン卿…」
「…………なんだ、デニス卿…」
「………………あの雲。お嬢様に似てると思わないか…?」
デニスが指差す先には…なんの変哲もない積雲。夏だな~…とジェルマンは思った。
「………どっちのお嬢様だ………?」
「………………2人を足して2で割って。シグニを足して1を抽出した感じかな………」
………お嬢様成分が完全に消滅している気がする。そして確かに、あの雲は猫の形に見えなくもない……とジェルマンはぼや~…と考える。
「…………なる程、似ているな………」
「だろう………」
「「…………………」」
などという会話をしていたその時。レストランから…にっこにこのオスワルドがスキップしながら出て来て、2人の隣を通り過ぎる。
るんたった、るんたった~と聞こえそうな程ご機嫌なオスワルド。害は無さそうだし…騎士2人はそれすらも呆然と眺めていた。
「待ってっつーーーの、このガキィイイイ!!!お前、どういうつもりだっ!!!」
そこへ追い付いたバティストが、オスワルドの背中に飛び蹴りを喰らわせた。オスワルドは吹っ飛ばされつつも、華麗に受け身を取り着地する。
「む。なんだ叔父さん、俺は忙しいんだ!!」
「どの口がほざくか!!!念の為聞くが、なんの用事があるってんだ!!!」
バティストはレストランの邪魔にならないよう、甥を引き摺り物陰に潜む。
あれは……乙女男子と噂されていたファルギエール先輩じゃないか…と、ジェルマンは思い至った。そっか、この2人は血縁か!と考えたところで、叔父と甥のやり取りに口を挟める訳もなく。
「決まっているじゃないか、父上と母上に結婚の報告だよ!!あと兄上と義姉上と、それと友人達と…そうだ、ヴィヴィエ家にも挨拶に行かないとだな!!
じゃなかった、まず求婚の文を送ってから…忙しくなるな!!」
と…オスワルドは屈託の無い笑顔を見せた。バティストはその顔に毒気を抜かれつつも…心を鬼にして、可愛い甥っ子に拳骨を落とした。
「違うだろうがこの馬鹿っ!?まずお前は、ヴィヴィエ嬢に求婚をしたのか!!?
結婚…とまでは言わなくても、お付き合いしてくださいってちゃんと言ったのか!!?」
「……………言わなかったっけ…?」
「言ってねえぇーーーっっっ!!!!」
「…………嘘ーーーっ!!?」
そう。オスワルドは先走りすぎていたのだった。その事に気付いた彼は顔を青くさせて、冷や汗を滝のように流し…見ていて哀れな程に狼狽えている。
どうしようどうしよう…!と半泣きになりながら、頼りになる叔父に助けを求める。バティストは額に青筋を浮かべながら大きくため息をつき………
「今すぐ誠心誠意謝罪しろ!!そして今度こそ告白しろよ!」
と、レストランの中に蹴り入れるのであった。
その後ルネがオスワルドの求婚を受け入れるのに…3時間掛かりましたとさ。
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