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学園1年生編
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しおりを挟む放課後、教室にて。
「…それで、シャーリィも俺の事を好きだと言ってくれたんだ!
なのに恋人にはなれないって…秘密があるから駄目なんだって、どう思いますか?」
「「あーはいはい」」
「それでも、ハグしたり手を繋いだり、口以外へのキスは認めてもらったし…これは実質夫婦と言っても過言ではないのでは!?」
「「あーはいはい」」
「……2人共、聞いていないな?」
「「あーはいは…聞いてる聞いてる」」
エリゼとルシアンは…かれこれ数十分パスカルの惚気話を聞かされていた。
シャーリィが、シャーリィの、シャーリィと、と…最初は真面目に聞いていた2人だが、今は揃って机に突っ伏している。
ふとエリゼがある事に気付き、億劫そうに顔を上げた。その目は光を失っている。
「おい、パスカル…お前、クリスマスの誤解は解けたのか…?」
「ああ、ちゃんと否定しておいた!…ん?その話したか?」
「(あ、やべ)その…あいつ、ボクに相談してきたんだよ。パスカルがクリスマスの夜、知らない女の子と仲良さそうに歩いてた…って」
「シャ、シャーリィ…!お前に相談する程に、嫉妬していてくれたんだな…!!」
「はいはいそーですね…。なんだよ、コレ無駄になったな」
エリゼの手には、パスカルの声を録音したレコーダーが握られていた。
これをセレスタンに聞かせる為、彼はシャルロットの目を掻い潜り会いに行ったりと色々苦労していたのだが…
「(まあ…2人が上手くいったんなら、それでいっか。精々、お幸せに)」
エリゼはそう思い、レコーダーを見ながらこっそり微笑んだ。それを教室のゴミ箱に放り投げ、「やっとお役目御免かー」と伸びをする。
そうして立ち上がり、そろそろ帰ろうぜと提案する。パスカルもたっぷり語って満足したのか、大人しく従った。
「あと数年、手を出すんじゃないぞ?」
「……努力はする気がします」
「なんだそれ…ははっ」
ルシアンも呆れつつ、微笑んでいた。パスカルの想いを知って、応援すると決めた時から…ずっとこの日が来る事を待ち望んでいたから。
「(はあ…私もそろそろ婚約者を決めろと言われてるんだよな~…。
ルキウス兄上にもいないから、あまり強く言われないのが救いか。いっそヴィヴィエ家に婿入りしようかな?ラウルスペード家は…やめて、おこう…)」
3人は笑い合いながら教室を出る。エリゼの「両想い記念に、なんか奢れ」という発言に、パスカルは「奢ってくれるんじゃないのか?」と言いながらど突いた。
「………………」
ただ…彼らが完全に教室から遠ざかった後。教卓から1人の生徒が姿を現した。
透き通る白い肌、垂れ目がちな大きな瞳、血色の良い唇。ふわふわな髪の毛を靡かせる、やや低身長の女子生徒だ。
恐らく大多数の人間が、彼女を美少女だと評するだろう。庇護欲を唆る、ちょっとした仕草が可愛らしい…と。それらは全て、計算された動きなのだが。
彼女はゼルマ・サルマン。このクラスの生徒では無いのだが…彼女の取り巻き、手下はあちこちにいる。ゼルマは…その手下達に、パスカルの動向で気になる点があればすぐ報告するよう命じている。
今回も放課後動きがあるという情報を得て、こうしてストーキン…調査をしていたのだ。
彼女はゴミ箱から、エリゼが捨てたレコーダーを拾い上げる。そしてスイッチを入れると…
『クリスマスの夜一緒に歩いていた女性は、祖父の命令でエスコートしていただけ。恋愛感情は全く無いと断言する』
というパスカルの音声が流れる。その恋愛感情は全く無いと断言された女性こそが、このゼルマである。
「そう…でもいいの。いつか振り向いてくださるもの…。
とはいえ…シャーリィ、ね。やはり私から貴方を奪おうとしているのは…シャルロットとか言う売女なのね…。
セレスタン様が怪しいと感じた事もあったけど…そうよね、パスカル様が男なんかに靡くはずがないわ」
ゼルマは手に力を入れ…レコーダーを握り潰した。その顔は醜く歪んでおり、不気味な笑みを溢している。
「ふふ…そうね、入学した時から目障りだったけど…伯爵家なら、どうとでもなるはずだったのに。まさか公爵令嬢なんて…ああ、鬱陶しいわ…。
それでも、手が無い訳ではない」
ゼルマはゆっくりと教室内を歩く。パスカルの机の前で足を止め…蕩けるような顔をして、優しく机を撫でた。
「待っていてね、パスカル様。私が貴方を救ってあげます。侯爵夫人の座と貴方は私のもの…そうでしょう?」
頭の中では、どうやってシャルロットを失墜させてやろうか…と計画を立てながら、静かに教室を出て行った。
彼女は完全に…喧嘩を売る相手を誤ったのである。
※※※
「セレスとパスカルは…きちんと通じ合ったんだな」
「…ジスラン、もしかしてお前…」
「ああ。俺は…セレスの事が好きだった。でももう、きちんと振られてる。
そもそもな。俺は自分の欲を満たすため、セレスを傷付ける方法を選んだ。その時点で…俺が彼に好意を寄せる資格なんて、無かったんだよ」
「そうか…」
とある日の放課後、ジスランは珍しく鍛錬ではなく学園内のカフェに来ていた。
昼…セレスタンとパスカルが、いつものメンバーに宣言したのだ。「付き合ってはいないけど、両想いになりました!」と。
まあ、ほぼ全員が彼らの気持ちを知っていたので、驚きは特に無かった。
だがその時ジスランが祝福しつつも暗い顔をしているのに気付いたエリゼが、こうしてお茶に誘ったのだ。
「(なんかコイツ…大人になったな?一皮むけたと言うか。失恋した事で成長したんだろうか)
まあ…セレスは今まで苦労してきたけど。今後はパスカルが嫌っちゅーほど甘やかしてくれるだろうよ。シャルロットはもちろん先生も、ランドール先輩も」
「そう、だな…。俺はずっと近くにいたはずなのに、彼の苦しみに全く気付けなかったが…。
まさかロッティと比較され続け、傷付いていたなんて。それが世間の評価だったんだな」
「ああ…ボクも多分、友人にならなければ勘違いしたままだったと思う。
「優秀な妹の腰巾着」ってな。実際はそんな事、無いのにな」
「その通りだ。彼は昔から…本当に、頑張ってきたんだ」
2人は紅茶を飲みながら…セレスタンについて語っていた。
最近パスカルが調子に乗ってウザいと思いつつも、その隣でセレスタンが…本当に幸せそうに笑うから。パスカルいい仕事してんな…とも思っている。
ジスランもエリゼと話して少し気が楽になったのか、穏やかな表情でセレスタンとの思い出を語る。エリゼはそれを、たまに口を挟みながらも静かに聞いていた。
そんな風に話が弾む彼らに忍び寄る、1つの影。それは…
「ねえ…さっきの話、詳しく」
ヒュッ…と、2人は呼吸が止まるほどの衝撃を受けた。
ドスの効いた低い声が届くと同時に…辺りの空気が凍りついたように錯覚する程の威圧感。
ぎぎぎぎぎ…と声のするほうに顔を向けると…彼らの席より5メートル程離れた場所、そこには黒い笑顔のシャルロットが立っていた。
「さっ、きの、話とは…?」
ジスランがなんとか声を出した。シャルロットはその問いに…彼らに近付きながら答える。
「お兄様が、私と比較され続けて傷付いていたというところ。優秀な妹の腰巾着という辺りよ」
「「………!!!」」
どうやらシャルロットは、かなり最初のほうから会話を聞いていたらしい。
しかしセレスタンは、自分の黒い感情を妹に知られたく無いと思っている。自分が醜く嫉妬しているなんて…知ったらシャルロットが傷付くと思っているのだ。
それはエリゼもジスランも理解している。だからなんとかはぐらかそうとしたのだが…。
「ねえ…どういう事よ。私…お兄様を、お兄様の事を傷付けていたの…?無自覚に、ずっと?」
「ロッティ…」
「お願い、教えて。無知は罪よ。私は知らなくてはいけないの。
今までずっと、お兄様の自慢の妹であるよう、私は頑張ってきた。それが…逆効果だったって事?ねえ、教えて…ください…」
当のシャルロットが…手を握り締め、下唇を噛み、本当に苦しそうな表情で懇願するものだから…2人は──…
※※※
ロッティがおかしい。
冬期休暇が明け早1ヶ月、もうじきルキウス様とラディ兄様は卒業を迎える。
パスカルとの事は、友人や家族等大切な人達には告げた。ただしパスカルは…僕からのお願いで、恋人同士になるまでは彼の家族には言わないという事になった。
絶対反対されるし…でも公爵令嬢としてなら、きっと大丈夫だと思う!
お父様は複雑そうながらも「おめでとう」と言ってくれた。モニクなんかはパスカルに「お会いしたいです!」とテンションマックスだ。
ただ…グラスはあまり、いい顔をしなかった。皆に報告した日の夜…彼は僕の部屋を訪ねて来た。
「…お嬢様は、パスカル…様が好きなんだな?」
「うん…好きだよ」
改めて言うのは恥ずかしかったが…どうにも彼は何かを堪えるような表情で、適当に返事をする気になれなかった。
僕の答えに少し俯き…勢いよく顔を上げたと思ったら、僕の手を取った。
「それでも、おれは…諦められない!」
「へ…」
「覚えてろ!」
グラス…そのセリフ、使い方違う!!
と、ふざける気にもなれなかった。彼はそのまま飛び出して行ってしまうし。
ここまでくれば、流石に理解する。グラスは僕に…好意を抱いてくれていると。告白された訳でも無いけれど…僕は、応えられない…。
それと僕の性別を知る人全員に、本当の名前が「シャルティエラ」だと報告した。
でも公表するまでは今まで通り「セレスタン」と呼ぶらしい。お父様とかはもう「シャーリィ」って呼ぶけどね!
僕らは外では遠巻きにされつつも穏やかな毎日を送り、毎週末は必ず本邸に帰りお父様達と過ごす。そんな日常にも慣れてきた今日この頃。
先週辺りから、ロッティの様子がおかしいのだ。
なんかボー…っとしている事が増えたし、時々僕の事を泣きそうな顔で見ている…。
何かあったの?と聞いても、はぐらかされるし…僕に言えないような事なのかなあ…?
「……あら?」
「どうしたのロッティ?」
「お兄様…私の体操服が無いのよ」
え。それって…まさか…?
ここは僕にとって現実世界だけど、やはり漫画通りの事も起こる。
シャルロットは5年生になり、セレスタンがいなくなった後…ゼルマ・サルマンから嫌がらせをされるようになる。
ゼルマは自分では手を下さず、人を使ってね。そうすればバレても…実行犯がゼルマの名を出さなければ、彼女は無関係だもの。
実行犯はなんだろうね、弱味でも握られてんのかな?よく従うよねえ。
でだ。恐らくこのクラスにも、彼女の手先がいる。今回はそいつの犯行だな。
原作でも体操着を隠された事があった。でもそれは、あと4年は先のはずだけど…?
というか、シャルロットは知らないけど、ロッティはパスカルと好き合っていないんだけど。なんせパスカルのお相手は僕だからね!ふんす。
…こほん。確かここは…事情を知ったエリゼが魔術で探してくれるのだ。
「ボクの手に掛かれば一瞬だ!」とね。という訳で、面倒くさがるエリゼにお願いしすぐ見つかったぞ。
ただ…それは続いた。ロッティの制服が汚されたり、私物が消えたり。もしくは他の生徒の私物が消え、ロッティが疑われたり。
しかも今日は、ロッティが1人で歩いていたら植木鉢が降ってきたんだって!?手紙で呼び出されて、校舎裏に向かっていた途中らしい。
それは洒落にならないよ?ロッティは咄嗟に避けたらしいけど…下手すれば死ぬよね?僕の可愛い妹を…許さん!!!
僕はゼルマの仕業だと思うけど…証拠が無い!!ああもう、漫画ではどうやって対処したの?優花はそこまで読んでないんだよ!
…よし、僕がロッティを守るぞ!まずは罠を張って…
「待って。大丈夫、そろそろ泳がせるのはやめるわ。犯人が誰で何が目的か知らないけれど。随分と舐めた真似をしてくれる…」
「むうん…?」
気合を入れる僕の肩を優しく叩くロッティ。ニタリと笑うその顔は…淑女どころか人間がしちゃいけない顔だよ妹よ…!?
そして放課後、クラスメイトが集まるホームルームで。何故か僕はロッティとルネちゃんによって教室から追い出された…くすん。
廊下でベソかいて体育座りをしていたら…
ドゴオオオォォン…!! ビリビリ…
「!!?何何、バズーカの音!?」
轟音と共に建物全体が揺れたのだ。発生源は僕の背中、教室から!?
何やってるのロッティ!!?慌てて入ろうとしたら、鍵閉まってる!?ちょっとー!?
「ロッティ!!?ねーーー!!!」
ドンドン叩いても中から応答は無い。それどころか他クラスの生徒や先生達も集まって来た…!しかしドアは開かない!!こうなったら…!!
「ヘルクリス、ドア壊して!」
「仕方ないな…」
ヘルクリスにドアを刻んでもらい、ようやく中に入れた。ごめんなさい後で直します!!
しかし、教室の中では…
「…あらお兄様、来ちゃったの?んもう、お兄様には見せたくなかったのに」
「………へ?」
滅茶苦茶な教室の中。窓ガラスはひび割れ、床にはロッティがバズーカを放ったであろう痕が残っている。
机と椅子はあちこちに転がり、荷物も錯乱している。生徒達は机の上に乗っかったり床に倒れていたり…あそこで犬神家になっているのは、靴からしてエリゼだな。パスカルはセレネが守ったようで、大きいセレネの下敷きになって…それ大丈夫なの?
全員怪我は無さそうだけど…何があった!?学園が舞台のデスゲームでも始まった?それともパニックホラー!?
しかもロッティは…誰かの胸ぐらを掴んでいる。その姿、どっからどう見ても殺人鬼…。返り血でも浴びていれば完璧だった…。
「ティーちゃん、こっちも捕まえましたわ!」
「ありがとうルネ」
「「ひ…ひいぃ…!!」」
ロッティに捕まってるのは…確か、以前僕に水をぶっ掛けたクライ子爵令嬢?ルネちゃんが引き摺っているのは…どっかの男爵令息。
彼らは顔面蒼白で、僕に助けを求める。
「お、お助け、を…!!」
「口を開く許可は出していないわ?」
「ひいいい…!!」
ロッティはバズーカを背中の袋に収納し、右手にクライ令嬢、左手に男子生徒を引き摺り教室を出ようとする。
…っは!どこ行くの!?
「ちょっと…彼らに聞きたい事があるのよ。ね…?お話…しましょ?」
ロッティは笑顔でそう言った。その顔を見た2人は…令嬢は失神し、男子生徒も白目で泡を吹いている…。
廊下に集まった誰もが、ロッティの行く道を空ける。自然と左右に寄り、彼女は堂々と犯行現場を去った…。
……あれえ?ロッティは…才能溢れる美少女で、天真爛漫で心優しき聖女で…皆に愛される主人公ヒロインのはずじゃ…?魔王にジョブチェンジした?
「ティーちゃんなら大丈夫ですわ!ただ、ね?公爵令嬢に危害を加えようとは…ね?
犯人はよほど隠蔽に自信があるのでしょうけど。自分が誰を敵に回したのか…思い知る必要がありましてよ?」
ふふふと笑うルネちゃん…。君はヒロインの親友から、魔王の右腕になったんですか?
あまりの超展開に…僕はついていけないのであった…。
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