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学園1年生編

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 遡ること約1時間前。


「うーん、寝過ぎた…お腹空いたあ…」

 ずっと横になっていたため身体が痛い。明日は学校だ、いい加減起きるか…。



 一昨日部屋に戻って来た僕は、暫く布団の中で泣いた。
 羞恥やら怒りやら様々な感情が喧嘩して、頭が混乱していたのだ。
 どうかあの騒ぎが、ロッティの耳に入りませんように…!


 しかし…大丈夫だとは思うけど、本当に殿下が僕を罪に問うたらどうしよう?
 まずロッティとバジルは逃す。使用人は、多分大丈夫でしょう。
 両親は知らん。


 そんな事をぐるぐる考えていたら、朝になっていた。
 だが食欲が無い。昨夜から何も食べていないのに、まるでお腹が空いていない。
 水分だけ摂って、また布団に潜った。

 もしも急に騎士の皆さんがこの部屋を攻めて来たら。
 まず暖炉とアクアが足止め。ラナとノモさんは戦えないから避難してようか。ドワーフ達には剣や鎧を分解して無力化させてもらおう。
 そしてエアの力で空を飛び、そのまま遠くへ逃げる!!具体的には、教会。
 よし完璧。荷物は諦めよう。


 半日以上、そんなシミュレーションをしていた。無駄に終わったが。

 あの場にルキウス殿下とルクトル殿下がいた以上、本当に罰せられるとは思ってなかったしね。
 最悪そうなったとしても、ランドール先輩が止めてくれたハズ。



 …今後、皇子兄弟はどうするんだろう。これ以上僕に口を挟む権利も隙間もない。関係ないはずなのに…どうしても考えてしまう。

 ルシアン殿下とは…僕から話し掛けることはもうしない。もちろん挨拶はするけど、友人のように接することは出来ない。
 彼は僕とよく似ている。そう考えると…もしもの可能性に思い至った。



 もしも。伯爵が僕を女として育て愛してくれて、後継には養子を迎え。僕も自由に生きていたら。

 ルシアン殿下と、同じように育ったのかな…?
 出来の良い妹に「わたしのほうがお姉さんなのに!!」とか言ったかも。
 癇癪持ちの我儘娘に育ち、美しくて優秀で優しい妹を虐げて。
 そんなロッティは学園で出会うイケメン達と愛を育み、姉から逃れる。だが僕は自分を差し置いて愛される妹に嫉妬し嫌がらせを…などという。

 まるで乙女ゲームの悪役令嬢みたいに育った未来も存在するのでは…?と思った。ありそう。


 その場合攻略対象はジスラン・バジル・エリゼ・パスカル・義弟(仮)。生徒会トリオも捨て難い。
 ルシアン殿下は、一緒に悪役になってもらおう。
 ルネちゃんはそのままロッティの友人枠。
 隠しキャラでゲルシェ先生はどうだろう?年は離れているけどあの人結構格好良いと思うし、大人の色気というか…ね?
 ただし難易度は鬼。先生は、絶対に生徒に手なんて出さん!って感じするし。


 そんな妄想をしていたら、日曜になっていた。

 殿下に対する怒りは、いつの間にか消えていた。
 もしくは元々、彼に対して怒ってなんてなかったのかも。自分でもよく分からないけど…。


 もしかしたら僕は、無意識で殿下に仲間意識を抱いていたのかもしれない。

 彼以外の人から「お前は恵まれている」なんて言われても、「何も知らないくせに」と洟も引っ掛けない気がする。
 相手が殿下だったから…「お前にだけは言われたくない!!!」と思ったんだ。


 …………もう、考えるのはよそう……。


 またベッドに寝転んだ。





 そうして冒頭に戻る。


 うう…金曜から水分と、ちょっとしたお菓子しか食べていない。流石に空腹感に襲われる。
 ふと手に何か当たり…枕の周りに手紙やら軽食やらが落ちているのに気付いた。

 転移の魔術には場所指定と人物指定の2種類がある。ただし場所指定は行った事のある所限定で、人物指定は会った事のある人に限る。
 これは僕指定で送られてきたようだ。どれどれ。

「えっと…『大丈夫か?何か食べてるのか?』『頼む、返事をくれ!』『殿下のことは気にするな。いざとなったら俺は全力でお前を守る!!』『お前早まった真似はするなよ!?』とな。
 あちゃー…大分心配かけちゃったか…」


 しまった。落ち着くと…あの場にジスラン・エリゼ・パスカルもいたんだったな、と気付く。

 彼らは、僕の醜い姿に失望しただろうか?と思ったけど。この反応からするとそうでもなさそう。
 むしろ…皆受け入れてくれたように感じる。勘違いかもしれないけど、少し…いや、かなり嬉しい。



「そろそろ起きなきゃ…シャワー浴びよう」


 送られてきた軽食をつまみ、のそのそとベッドから降り寝室を出る。
 そしてバスルームで服を脱いでいたら、扉を叩く音が聞こえた。しまった、先に彼らに返事をするべきだったか…!!
 でももう脱いじゃったし。すぐに出ればいいか。

「みんなー、誰も部屋に入ってこないようにしてね?」

 と、精霊達にお願いする。手紙にも『早まるな!』とか書いてあったし、死んでると思われて鍵を開けられる可能性もあると思い至ったのだ。
 なので先手を打つ。ふっ、僕やればできる子!





 ただし。強引に転移してくるという可能性は浮かばなかった。



 分かっていれば、先に彼らに生存報告をしておいたのに…!!






「ふう…」


 シャワーを止め、一息つく。そして顔を上げたら…どこからともなく、風が吹いてきた…?
 どこから…?と考える間もなく、突然目の前にが現れて…!?

「わあっ!!」

「あっ!?」

 どすん!と、そのまま僕の上にのしかかってきた!?耐え切れず後ろに倒れるが…前から伸びてきた誰かの手に抱き留められて、なんとか転ばずに済んだ。
 え、人?急に現れたの人??は??
 しかもこの、見覚えのあるピンク頭は………。



「あ、悪い。風呂入ってたのか。怪我、は………」




 うん、エリゼだ。


 そして僕は今。





 全裸だ。

 生まれたままの姿で…エリゼの下敷きになっている。
 彼は僕に覆い被さり、背中に右手を回し左手を床につき僕の体重を支えている。

 うーん細身に見えるけど、意外と筋力あるんだー。
 やっぱ男の子だねー。





「「…………………」」





「…………きゃーーー。エリゼさんのえっちー…」


「………うん、ごめん……」



 彼は僕をゆっくりと優しく床に降ろし、静かにバスルームから出て行った。
 そして。




「を"ぼわ"あああーーーーー!!!!??」


 奇声を発しながら、大きな音を立てながら、遠ざかり。静かに、なった。



 ……………え?今、何が起きた…?



 未だ僕は、床にへたり込んだまま。
 そんな僕の周囲を、精霊達が飛び回る。
「だから入るなって言ったのに~」「ニナが、うちの主人がごめんねって言ってるよ」「主人、大丈夫?」と言っている…。


 エリゼが。入って……見られ…た。




 う…うわあああああああぁぁぁぁ!!!?!?

 やばいやばいやばいいい!!!!暖炉お!!今すぐ乾かして、早くううううう!!!
 僕は今、羞恥より衝撃に襲われている!!
 早く、言い訳しなきゃ…!!実は私、ロッティだヨォ!とか!!

 速攻で乾かしてもらい、急いで服を着て扉に向かうと…外から、話し声が…?まさか!!
 鍵を開けノブを回し、念の為ゆっくりと開ける。隙間から見えたものは…。



「エリゼ貴様ああああああ!!!俺ですら、幼馴染の俺ですらまだセレスの柔肌を拝んだことが無いというのにいいいいい!!!!」

「どうだった!!?どうだったんだ彼の肢体は!!!?」

「あのう、私はもう戻っていいですかね…?」

「見たよ!!上から下まで全部見たよおおおおお!!!うわああああ!!柔らかかったよおおお!!!」

「「何イ!!!?」」


 エリゼを激しく揺さぶるジスランと、その横で感想を求めるパスカル。そして寮監の先生。
 ジスラン、柔肌ってのは主に女性に使う言葉だゾ☆

 しかしそっか、全部見ちゃったか。そっか。



 ……………。



「…きゃーーーーー!!!!??」


「「「セレス(タン)!!!?」」」


 ああああああーーー!!!!今頃、恥ずかしく…っきゃああーーー!!!?

 う"わああああ!!!扉が閉まらない、向こうから引っ張られてるうう!!?


「うぎゃあ!!んぎゃあああーーー!!!?やめてやめて開けないで!!」

「何を言っている!そんなに慌てて!!」

「っやめろジスラン!!今は…!」

 ジスランの馬鹿力に僕が敵う訳もなく。そのまま扉は開け放たれ…ドアノブを掴んでいた僕も一緒に外に飛び出した。

「ふぎゃ!」

 そのまま前のめりに倒れ…咄嗟に受け止めてくれたエリゼに今度は僕が覆い被さった。その場に沈黙が落ちる。



「…セレス、胸…」

「……何も、着けてない…」

 エリゼが僕にだけ聞こえる小声で呟いた。

 はい、サラシ着けてません。そんな暇ありませんでしたので。


 …ごめんなさい!!ささやかな胸ですがわざと当ててる訳じゃないんですううう!!!
 エリゼはぷしゅう…と音を立てながら顔を茹で上がらせた。


「あの…私もう戻っても…?」


 あ、はい。お騒がせしました…。




 ※※※




「ううう…」


 エリゼは僕ごと起き上がり、抱き締めたまま部屋の中に移動し…「これでも抱いてろ!!」とクッションを押し付けてきた。
 なので僕は今、そのクッションを抱えてソファーに座り込んでいる…。


「その、思ったより元気そうでよかった…」

 パスカルがそう言いながら、紅茶を淹れてくれた。
 さっきの彼は幻聴だな、うん。パスカルが僕の身体に興味あるとは思えないし…うん。

「ちゃんと飯は食べたのか?」

 ジスラン、お前は今すぐ帰れ。なんか身の危険感じるから。
 まあ…いつものことか。

「……………」

 そして…エリゼの顔を見れない…。しかし、彼とちゃんと話さないと…!


 僕の部屋には、2人掛けのソファーが1つしかない。今そこに僕が1人で座り、左右を精霊達ががっちりガードしている。
 ちなみに、ドワーフ含め全員揃っている。皆僕とずっと一緒にいたいんだって!嬉しいこと言ってくれるう。
 そしてジスランはソファーの脇に立ち、パスカルはスツールを使っている。
 エリゼは床に体育座りをして、僕に背を向けている…。顔見るどころじゃなかったわ。



 紅茶を飲んで落ち着いたところで、彼らにお礼を言った。
 わざわざ部屋まで来てくれてありがとう。
 それと、あの一件は誰にも話さないで欲しい。特にロッティには…知られたくない、と。


「セレスタン…まだ、殿下との一件。引きずってるか…?」

 パスカルにそう問われ、うーんと考えた。

「いや別に。これ以上僕に出来ることもないしね。
 …ただ色々考え事してたら2日過ぎちゃってただけ。心配かけてごめんね」


 そう答えると、彼らは安心したように笑ってくれた。今から夕飯食べに行くか?と言われたので、僕はさっき軽食つまんだからいっぱいだと返事する。

 それ以上は何も聞かれず、彼らは出て行こうとした。どうやら本当に、僕の無事を確かめに来ただけらしい。
 こういう苦しい時に側にいてくれる友人て、本当にありがたい。だから彼らが同様に困難にぶち当たったら…僕も何か力になれればいいなあ。


 あ、ちょっと待って!!

「エリゼ、話が」

「…エリゼだけか?」

 う?うん。エリゼのほうもソワソワしてるし。
 だが…


「俺も残る」

「俺もだ!」

 なんで!?今解散の雰囲気だったじゃん、2人は帰ってくれていいんだよ!?

 とは言えず…結局エリゼもまとめて帰した。そして寝る前に「明日の昼はご飯持って医務室集合」という手紙を送ったら、「了解」とだけ返事が来た。



 ※



 その頃のエリゼはというと。


「………………」


 真っ暗な部屋の中、布団を頭まで掛け丸くなっていた。
 眠ろうと思って目を閉じても、頭に浮かぶのはセレスタンのことばかり。


「(……女、だったのか…。
 ………なんで男の振りをする?…顔を隠すのが伯爵の指示ならば、当然伯爵が原因か。
 それじゃ…あの時の言葉。たった数分先に生まれただけってのは、先に生まれたから男に仕立てられたんだろうか。
 シャルロットに全てを奪われたってのは、女としての全て?多分、今までボクでは想像も出来ない程苦労してきたんだろうな…。
 もしボクが女の振りを強要されたら…父上殺すかも。
 でも、あいつの性格からして…シャルロットに奪われたと同時に、妹に辛い役目を押し付けなくて済んだとか考えそう。
 ……シャルロットは、何も知らない?知ってたら多分、伯爵死んでそうだし。
 はあ……)」

 大正解である。
 セレスタンの裸を見てしまった時はかなり動揺していたが、落ち着いたら別の考えが次々頭に浮かび、それどころではなくなっていた。


「……ボクに何か、手伝えることはあるかな。伯爵暗殺の証拠隠滅なら…」

 そんなことを考えつつ、明日じっくり話を聞こうと決めた。

「(でもなんで医務室?…もしかして、ゲルシェ先生は知っている?医務室…ベッド…。
 ………!!そそそそういえばボク、前にセレスと同衾した事なかったか…!?)」


 そんな事を思い出してしまうと…折角頭の隅に追いやって大事に保存していた光景が、連鎖して解放されてしまった。


 バスルームで、一糸纏わぬ姿のセレスタンを抱き締め、がっつり見てしまった事。
 腕や顔はうっすら日焼けしているが、服に隠されていた部分は透き通るように白く。
 やや鍛えられた身体は健康的で、水に濡れた姿は艶かしく扇情的で…。
 その光景が思い出され……。


「……うおぉぉぉぉ…!!明日、どんな顔すりゃいいんだあ……!」


 と、眠れぬ夜を過ごしていたのだった。


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