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学園1年生編
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しおりを挟む「くっ…!!」
ガキインッ!!
これで何度目だろう。殿下の剣が吹っ飛んだのは。
弱い。弱すぎる。
彼は恐る恐る剣を構えたが、その構えからなっていない。
「殿下は先程、僕に剣術が得意なのかと尋ねましたね。
逆にお聞きします。殿下はどれほどの時間を、剣に費やしましたか?」
皇族の男子であれば、剣術は必須だろう。
しかし弱い。しかも、もう息が上がっている。
彼は落ちた剣を拾いながら答えた。
「はあっ、は、はあ…。み…3日ほど…だ」
………はあ…?
ヒュッ
バギンッ!!
「……へ」
「3日。3日で辞めたという事ですか。それは師によっては未だ走り込みのみで、剣すら握らせてもらえない段階では?
何をもって、ご自分には向かないと判断されたのでしょう」
「おいジスラン!!セレスはどうしたんだ?あれ、ブチ切れてないか!?」
「俺にも分からん…」
「この中ではお前が一番彼と付き合いが長いだろう」
「長いが…俺も、多分ロッティとバジルすらも。セレスが怒った姿なんぞ見た事がないんだ。
たまに可愛らしく拗ねたりする事はあったが…」
「……まあ、あのシャルロットの兄だもんな…」
「ああ…顔が完全に、ロッティ本気モードと瓜二つだ。あの目で見られると背筋が凍るんだ…」
「セレスタン…」
僕と殿下以外の6人が、道場の隅に固まっているのが見える。
同級生3人はひそひそと話し。
上級生3人は静観している。
僕の行いを止めないという事は…いいって事なんですよね、ルキウス殿下?
ルキウス殿下は、静かに頷いた。
「な…」
ルシアン殿下の剣は真っ二つに折れている。
これ以上は無意味か…。僕は、自分の剣を放り投げた。
すると殿下は大袈裟に身体を震わせて、その場にへたり込んだ。僕はそんな彼を静かに見下ろす。
その情けない姿を見ていると…頭が冷えるのと同時に怒りが込み上げてくる…!!
手を震わせると、何を勘違いしたのか殿下が少し後ずさった。
「殿下…僕は、貴方が嫌いです」
「は?…では何故、私に近付いた?」
それは僕も、ずっと疑問に思ってた。
嫌いなはずなのに、なんで放っておけないのか。
そもそも、なぜ嫌うのか。
その答えが…ようやく分かった。
「僕と貴方は…似てるんですよ。
凡才のくせに力を求め、特別な何かになりたいと願う姿。
優秀な兄弟に対して…見当違いな嫉妬心を抱き。
…自分が不出来に見えるのは、周囲が優秀過ぎるから。自分に向いていないから。言い訳ばかりの自分が大嫌いで…!!」
簡単な事だったんだ。
ただの、同族嫌悪。
彼に自分自身を重ねてしまったから…大っ嫌いで見捨てられない。
でも……!!!
「僕、は…わたしは!!!それでも努力したつもりだったんだ!!!
いつかお父様の後を継いで立派な伯爵になれるよう頑張った!!
それでもお父様はロッティの事ばかり、わたしなんて視界にも入れようとしなかった!!!」
「ラサーニュ…」
「ならば学園で良い成績を収めようと、寝る間も惜しんで…寝不足や疲労でぶっ倒れるまで勉強しても、精々10位にしかなれなかった!!!」
言葉が止まらない。
誰にも知られたくなかった胸の内を…目の前のこの男に、ぶつけたくて仕方がない!!
「剣術だって、手にマメが出来て潰れても何度骨が折れても血反吐を吐いても諦めずに続けた!!
わたしは剣が得意なんかじゃない、ただの積み重ねの結果だ!!!」
「ジスラン、お前…」
「セレスタンにそんな事を…!」
「ちが…!くない、が、それには訳が…!」
「それでも……他人の倍以上努力しても結果が出ないなら、わたしはどうすればいいの!!?
誰かが要領が悪いからだと言った。だがその人も誰も、わたしに効率の良いやり方なんて教えてくれなかった!!!
自分では方法が分からない、教えてくれる人もいない!!
だからがむしゃらに努力を重ねるしかなかった!!!なのにみんなわたしの事を嘲笑う…どうして!!?」
「っ!?」
殿下の胸倉を掴み、強引に引き寄せる。
腹が立つ、この顔を見ていると腸が煮えくり返る!!!
「どうしてお前は!!わたしと同じくせに…!!
家族から愛されている!!?
努力することを諦めて奔放に過ごしているくせに、なんで誰もお前を見捨てない!!?」
わたしが彼と同じことをすれば、とっくに家から追い出されていただろう。
そして1人では生きて行けないから…野垂れ死ぬしかない。
なのにルシアン殿下は…!皇帝陛下も皇后陛下も、ルキウス殿下もルクトル殿下もルシファー殿下も!!!
彼のことを心配し、なんとか真っ直ぐに生きて欲しいと…心を痛めている!
「それなのにお前は、そんなご家族の心遣いなど一蹴して、それどころか邪険にして!
どうせくだらない劣等感から生じる反抗心だろう、分かるんだよそういうの!!
そもそも!!お前はご兄弟の努力を知っているのか!?」
ルシアン殿下を突き飛ばす。床に転がった彼は…先程からずっと目を見開いたままだ。
「ルキウス殿下は良い皇帝になれるよう、いつだって勤勉で民の目線であるよう努めていらっしゃる!
災害や大事故が発生すれば、誰よりも速く現場に駆け付け救助活動にあたり。
心や体に傷を負った人々の手を取り励ましてくださる!!」
「…言われてますよ、兄上」
「なんで知ってるんだ…!」
「ルクトル殿下はそんなお兄様と共に国を守るべく、自分がどの分野で貢献できるか模索して!!
8ヵ国語もマスターし、近隣諸国の文化や習慣などにも精通し!
成人前だというのにすでに皇帝陛下より外交を任されていらっしゃる!!」
「なんで知ってるんですかぁ…」
「結構有名だからな…」
「ルシファー殿下にお会いしたことは無いが…「社交界の華」と呼ばれるまでに社交に励み、国の益となる人脈を広げようと常に努力を欠かさないと聞いている。
お前はこれまで1度でも、この国の為に自分に何が出来るかなど…考えた事があるのか!!?」
わたしが問い正すと、それまで黙っていた殿下が口を開いた。
「……あるわ!!だが私には、兄上達のように貢献出来る力など…」
「そんなもん必要ないわ!!わたしは気構えの事を言ってるんだ!!!
皇族の1人として自覚を持ち、自分を奮い立たせようとしたのか!?
自分の言動がどのように世間に影響を与えるのか、理解しているのか!?
お前が自身の評価を落とす事で!!世間一般の皇族全体に対する評価を落とす事態になりかねないんだよ!!
だから…何も出来ないのなら、何もするな!!!
わたしのように…お兄様方の影に隠れて生きて行け!!!」
殿下は開いた口をまた結んだ。
そう。それが一番なんだ。
だってわたしが無能であればあるほど…ロッティが輝くのだから。
「………お前も、妹に嫉妬をしていたのか…?あんなにも、仲睦まじそうなのに…」
「…………!!」
折角頭が冷えて来たのに…!こんの野郎!!!
「当たり前だろうが!!!
たった数分わたしが先に生まれてきたってだけなのに!!!
わたしの全てをロッティに奪われた!!!才能なんかじゃない、もっと…大事な、物を…!!」
わたしは眼鏡を外し、床に叩きつけた。
そしてそれを踏み潰す。こんな物…!
「こんな物だって、好きで着けている訳じゃない!!
わたしは、わたしは…!!」
駄目だ、これ以上は!!自分で自分の口を手で塞ぎ、なんとか言葉を押し留める。
わたしは、ただの女の子でありたかったなどと…。
「それでも、あの子は…わたしの可愛い妹だ。
わたし…僕のことを心より慕ってくれて、家族の中で唯一僕を愛してくれる。
僕の、世界一憎らしくて愛しい妹」
まだ床に座り込んだままの殿下に背を向けて、僕は歩き出した。
僕に言葉を掛けようとしながら、なんと言えば良いか分からず立ち尽くすジスラン達の横も通り過ぎ。
扉のドアノブに手を掛け……。
「僕は…貴方が羨ましい。
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極刑だろうとなんだろうとお好きに。僕は逃げますが。
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そして今後一切、ルシアン殿下に近付くことは致しませんので、どうぞご安心を。
貴方は今まで通り自身を慕う生徒達に囲まれていればいい」
最後にそう言い残して…僕は道場の外に出て後ろ手で扉を閉める。
「……とりあえず、いつでも逃げられるように準備しておこう…」
そのまま、寮に向かって歩き出すのであった。
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