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学園1年生編

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 あの騒動の後、殿下は教室に戻って来なかった。もう放課後だよ…なんだろう、お昼のアレまだ怒ってんのかなあ?
 謝罪すべき?…なんて?「お兄様と比べてなんていませんよ~」って?


「やめとけ。お前はそんなつもりで発言していないし、殿下が惨めになるだけだ」


 …ふむ。エリゼの言う通りかな。なら、普通に接するしかないかー…。
 鞄は教室ここにあるから、待っていれば現れるはず。
 すると先に帰ろうとしていたロッティが、心配そうな顔で話しかけてきた。


「お兄様、私達はもう行くけど…大丈夫?」

「え、何が?」

「……殿下のことよ。お昼、様子がおかしかったから…」

 昼?エリゼと顔を見合わせる。あー…怒って1人で屋上行った時か。僕達と別れた後、ロッティと会ったのかな?
 にしても、そんなに心配されるほど怒り心頭に発しちゃいましたか。…おおう、顔合わせんの急に気まずくなってきた…。

 と、噂をすれば殿下登場!

「多分大丈夫だよ!じゃあねロッティ、バジル」


 まだ彼女達は不安そうな顔だけど、なんとかなるよ多分。



「殿下、なぜ授業サボったんですか?」

「……私の自由だ」

 んもー。そろそろサボりに口出しすんのはやめるか…。
 でも予想よりは穏やかだ、よかった。もう怒りは収まってるみたいね。



 …僕が殿下に関わろうとする理由の1つに、漫画のようになって欲しくないっていう思いもあるかもしれない。
 他人の性格を矯正しようなどと、大それた事をしたい訳じゃないけども。人間なんて、ふとした切っ掛けで全く違う道筋を歩む事だってある。


 僕がそうだ。伯爵を見限り家を出る決意をした事で…原作にはない展開ばかり起こっている。

 ジスランやバジル…とはまあ、あんまり変わって無いけど。
 エリゼとは、こうして一緒に問題解決に乗り出すようになるとは思わなかった。
 パスカルなんて今は、2~3日に1回は部屋で会っている。
 ルネちゃんは…原作で彼女が僕の秘密を知っていたかは分からないけど、原作以上には仲良くなれたと思っている。

 他にも、孤児院なんて設立もしなかっただろうし。
 生徒会3人組とも、接点なんてなかっただろうし。

 ただまあ…メインキャラ達が、あまりロッティに好意を抱いていなさそうなのが気になるが…?いつ恋愛に発展しますかね?

 そのロッティは…誰よりも憎くて、何よりも愛しい妹。もし僕が前世を思い出さなかったら、セレスタンはどういう思いで彼女の側にいたんだろう。



 …。考えても分からないし、無駄な事。それよりも今に目を向けないとね。

 殿下だって、今のうちに人と接することを知ってくれれば…何かが変わるかもしれないし。



「ふう…じゃあ殿下、この後の予定は?」

「街に行くぞ」

「え。あ、はい」


 ……行く、ぞ?………行くぞ!?僕達にもついて来いって事ですか!?フゥーーー!!!

 ハイターッチ!!第二関門クリアー!!






 街に繰り出すと、タイミングよく大道芸人がパフォーマンスをしていた。
 殿下も興味津々のようで、「あれはなんだ?」と背伸びをしながら身を乗り出している。

「見えん、客共を…」

「「どかしません!」」

 そんなぶすっとしても駄目ですよ!
 だがまあ、折角なので…少しずつ、人混みをかき分けて…ヨッシャー、一番前に出た!!


「こ、この私が…平民達に押し潰されるなんて…!!
 ……観客は金を払っているのか?」

「あそこ見てください。芸人の足元に、箱が置いてあるでしょう?
 終わった後、満足したらその分お金を投げ入れるんですよ」

「ほう…」

 殿下は食い入るようにパフォーマンスを見ている。子供か。だが集中してくれているお陰で、僕達ものんびり見れる。
 しかし…流石異世界、魔術も使ってド派手に魅せてくれる!!
 あ、精霊!!可愛いなあ、ショーのお手伝いしてる!わ~火ぃ吹いた!!



 わあああああぁぁぁ……!!



 クライマックスで、一斉に観客が沸き…おひねりがどんどん投げ込まれる。よし、僕も…。銀貨1枚くら……あああい!!?

「ででで殿下!!何投げてんですか!?」

「…?金貨だが?」

 お前達が投げろと言っただろう、じゃないよー!!今何枚投げた!?最低でも10枚は投げたよね!?

「13枚だ」

「「多すぎます!!」」

 ひー!!他のお客さんの視線が痛い…!!
 僕とエリゼは真っ青になり、殿下を引っ張ってその場を後にした…。






「はあ、はあ…」

「ぜえ…なんなんだ!他の客も金を投げていただろうが!?」

「で、でん、で…か…ごふ」

 はあ…あら?エリゼは息も絶え絶えだ、僕より体力ないなー。
 ひとまずかなり離れたので…多分大丈夫かな?大通りにある広間の、噴水に腰掛けて休憩する。


「げほ…っ。ふう、殿下。世間では相場という物があるんですから、あまり多くお金を出しすぎてもいけないんです」

「そうですよ。さっきの僕達みたいに…多くて銀貨3枚、少ない人は銅貨5枚程度です」

「はあ!?先程の芸がその程度だと言いたいのか!?」

 違います!!!そもそも払わない人だっているんだからね!?
 殿下がそれほどまでに感激したと言うならそれもよし!!ただし伝え方に問題がある!


「ですから、ああいう場合は直接芸人さんに「良いものを見せてもらった」的な事を言って、こっそり渡せばいいんです!!
 そうしないと、さっきの様子を見た人が…!」


「お、いたいた~」

「なー坊ちゃん達ぃ、俺らちょーっと困っててさあ」

「少しばっか恵んでくんねーかなあ?」

 oh...早速か…。
 柄の悪そうなお兄さん達に囲まれてしまったぞ。こうなる可能性があるんだよ!!

 僕達の制服はアカデミーの物として有名だ。だから大体の人が、僕達が貴族の子供だと理解している。
 それでも中には…こういう輩もいるんだよう。知ってか知らずか、絡んでくる破落戸が…。

 ただし殿下は臆する事なく、お兄さん達と対面する。


「恵む、とは金か?ならば貴様らは私に何を見せてくれるんだ?」

「えー?そうだなあ…。
 コレ、とかあ?」

 男はニヤニヤと笑いながら、殿下に向かって拳を振りかざした。
 マズいな…今殿下を傷付けたら、下手すりゃ男達の首が飛ぶ。僕達だってただじゃ済まないぞ…!
 護衛さん…いた!いざとなったらお願いしますよ!


「ふん、暴力か。野蛮人め。
 行けっ!ラサーニュ!!蹴散らせ!!」

「僕はポケ◯ンですか!?」

 アンタも暴力指示してんじゃねーですよー!!もう!!

「エア、お願い!!」

 剣も無しに3人の相手をする自信はありません!エアを呼び寄せ…男達の周囲に旋風を起こしてもらい、怯んでいる隙に逃げる!!

「あ!待て、クソッ!!」



 殿下の手を握ったまま走る走る!エリゼちゃんとついて来てる!?

「何故逃げる!?この私が敵前逃亡などと…!!」

「言ってる場合ですかーーー!!?貴方の行動1つで、死人が出るかもしれないんですよ!?」

「は……?」

 は?じゃないよ!!今は走ることに集中して!!

 こうして僕達は、学園まで逃げ帰ったのでした…。





 ※※※





「……大丈夫か…?」

「なん、とか…ハイ…」

 僕達が門の所で倒れ込んでいたら…護衛さんから連絡を受けたというルキウス殿下が、わざわざ来てくれた。ルクトル殿下とランドール先輩も一緒だ。
 ルキウス殿下は、僕達に手を貸してくださって立ち上がらせ…


 バシッ


「「!!?」」


「兄上…?な…にを…?」

 ルシアン殿下を…叩いた…!?
 いつも険しい顔をしていらっしゃるけど…今は、微笑んでいる。前にランドール先輩が、ルキウス殿下は怒ると笑顔になるって言ってたな…。
 じゃあ今、相当お怒りなんじゃ…!?

「ルシアン。自分が何をしたか分かっているか?」

「……分かりません、分からない!私は何かしましたか!?」

「お前の行いで、7人の命を危険に晒した」


 やっぱり、すんごい怒ってらっしゃる!!
 ルシアン殿下は、叩かれた左頬に手を当て呆然としている。どうやらルキウス殿下の言葉を理解していないらしい。
 その様子に憤ったのか、またもルキウス殿下が手を振り上げ…!

「お待ちください、皇太子殿下!!僕達も同罪です!」

「そうです、第三皇子殿下を危険に晒しました!ボク達の失態です!!」

「!!?…いや、お前達はよくやってくれた…」

 間一髪、セーフ。
 僕達が間に入ると同時に、ランドール先輩がルキウス殿下の腕を掴んで止めてくれた。殿下の顔はもう笑っていなくて、なんだか悲しそう…?


「兄上、ルシアン!それに君達も…大丈夫ですか?」

「あ…僕達は大丈夫です…で、でも…」


 僕達は、余計な事をしてしまっただろうか…?

 ただルシアン殿下に、外の世界を知ってもらいたかった、だけ…で…。
 結果的に、兄弟の溝を深めてしまった…?


 駄目だ、泣きそう。今泣いたら駄目だ…!!



「…兄上、僕はルシアンと共に帰ります。ラブレー君、ラサーニュ君のことをお願いしますね。
 行きますよ、ルシアン」

「………頼む」


 そうしてルクトル殿下はルシアン殿下と共に馬車に乗って帰り、ルキウス殿下とランドール先輩は生徒会室に戻って行った。
 ルキウス殿下は僕とエリゼの頭を撫でて「すまなかった…」と呟いていたが…。

 僕達じゃなくて、ルシアン殿下の頭を撫でてあげて…。




 エリゼが医務室まで連れて行ってくれた。多分寮まで僕が保たないと判断したんだろう。
 扉を閉めた瞬間…そこまで堪えていた涙が一気に溢れ出した。

「う…ううぅぅ…う"~~~~~…!!!」

「どうした?泣くな、ラサーニュ兄。ラブレー…何があった?」

「それが、説明すると長いんだが…」

 ゲルシェ先生には申し訳ないけど、ちょっと背中お借りします。
 先生の大きな背中にしがみ付き…僕はずっと泣いていたのであった…。




 ※※※




「「……………」」


 ルクトルとルシアンが乗る馬車の中。ルシアンはもうずっと家族と碌に口を利いていない為…車内は沈黙が降りていた。
 皇宮に着くまで続くかと思われたが、ルシアンが口を開く。


「……ルクトル兄上。先程のルキウス兄上の言葉…私には理解出来ません。
 なぜ兄上は憤慨していたのですか。私のせいで…7人の命を危険に晒した。とはどういう意味ですか…」


 ルシアンは、本当に理解出来なかった。普段から他人に「不敬だ!!」やら「罰してくれる!!」等言い放っているが…その言葉の本質を理解していなかった。
 精々ちょっと説教される、くらいの認識しかしていないのだ。


 そしてルクトルは簡単に答えを教えてしまっては意味がない、と考えたが…。


「(そもそも、根本から理解していないようですね…。はあ、今回だけですよ…)
 …まず。君達に絡んで来たという男3人。ルシアンに傷1つ付けようものなら、最悪首が飛びます」

「!?何故ですか!?」

「悪意を持って皇族を攻撃したからです。叛逆の徒とみなされ…処刑の対象となり得ます。
 これが偶然、事故であればいいのですが…事故でも怪我の度合いによっては罰せられます」

「その、罰とは…?」

「そうですね…例えば皇族を殺害してしまえば、その者は如何なる理由があろうと処刑です。
 大怪我でしたら鞭打ち、全財産没収、強制労働。加害者が責任能力の無い幼い子供であれば、親が罰を受けます。
 …もしも悪意で皇族を殺害すれば、本人だけでなく一族郎党処刑されます」

 ルクトルは指折り数えながら、淡々と答えた。
 その答えを聞いたルシアンは、徐々に顔色が悪くなる。


「そして次に…君の護衛として密かに付いていた騎士2人。
 彼らは職務を全う出来なかったとされ、懲罰の対象になります。
 今回は大事には至りませんでしたが…場合によって降格、減給、もしくは懲戒免職。
 そしてもちろん、君に何かあれば物理的に首が飛びます」


 ルシアンは俯き、口を結び膝の上で両手を握り締めた。
 そんな弟の姿を見てルクトルも心を痛ませているが…ここで厳しくしないと何も変わらない、と心を鬼にして言葉を続ける。


「最後に…ラサーニュ君とラブレー君。彼らは君を街に連れ出し、危険に晒したと罰を受けます。これで7人、理解出来ましたか?」

「!?どうしてですか!!?彼らを連れ出したのは私のほうです、何故彼らが罰を受けるのですか!?」

「……君は常々、「皇族は特別な存在だ」と言っているそうですね?
 その通りです。何かあれば…被害を受けるのは君ではありません、周囲の人間です」

「そんな……」


 そんな事、考えてもいなかったのだろう。
 皇族は特別だ、何をしても許される。彼は本当にそう思っていたが…

 その積もり積もった負の部分を背負わされる人間がいる事まで、考えていなかった。



 彼もしっかりと、教育を受けたはずなのだ。皇族という立場の影響力を。
 だというのに「大袈裟すぎる」と真面目に捉えていなかったのだ。

 数百年前の何処かの国では、王族の靴を汚したというだけの理由で。十数人が斬首されたという記録も残されている。



「…ラサーニュ君達に感謝しなさい。彼らが争いを避けて逃げたお陰で…全員無事にいられるのですから」


 ルシアンは兄の言葉に返事をしなかったが…僅かに頷いたのであった。






 ※※※





 次の日。ルシアン殿下は学園を休んだ。大丈夫かな、皇宮に帰ってからお説教でもされたかな?
 僕もまだ引きずってるけど、いつまでもクヨクヨしていても仕方ない。
 殿下に昨日のことを謝罪して、彼が望むなら…もう二度と近付かないつもりだった。

 なのにお休みか…ルキウス殿下に話を聞きに行ってみようかな?でも、ちょっと気まずい…。




 結局ルシアン殿下が登校したのは、3日後のこと。しかも、放課後になって姿を現した。


 その日は朝から雨だったので、僕はジスランとパスカルと、3人道場で鍛錬をしていた。
 エリゼもいるが、見学のみ。剣術の授業が始まる4年生になるまでは逃げ回るつもりらしい。
 パスカルは剣術大会に参加するつもりらしく、彼のほうから混ぜて欲しいと言って来たのだ。
 明日は休日ということもあり、道場には僕達しかいない。そのため落ち着いて特訓出来ていいね。


「はあ、はあ…!セレスタン…お前、その細腕のどこに、そんな力が…?」

 ふう…。いや、僕はスピードでゴリ押ししてるだけだから…。
 でも、ちょっと自信ついた!なんせ僕、パスカルには全戦全勝なのだ!!


 休憩を挟みながら続けていると…ふと、視線を感じた。



「…あ!殿下!!」


 いつの間にか、ルシアン殿下が道場の出入り口に立っていた。でも…なんか顔が怖い。
 僕は中断し、エリゼと共に彼に駆け寄った。


「…殿下、先日は…」


「……何故だ?」


 ……はい?



「お前は、剣術も得意なのか。何故だ」

「…?ええと…仰っている意味が分かりませんが…?」


 彼はエリゼでなく、僕のことを見ている。僕に言葉をかけているようだが、まるで意味が分からない。
 それに殿下の表情は、どこか悔しさを滲ませているような…?



「…お前は!!優秀な妹と比べられて来たのだろう!?
 妹の出涸らしだと、蔑まれ続けて来たのだろう!?

 だがどうだ、剣術ではブラジリエと渡り合い!!学業でも10位以内に潜り込み!!
 元凶の妹とは仲睦まじく!!

 全然噂と違うじゃないか!!!お前は、お前は…!!



 どうしてこんなにも、恵まれているんだよ!!!?」

「…………」





 殿下の言葉を聞いた瞬間。僕の中で何かが弾けた。





「殿下!いきなり何を仰って…!」

「ルシアン!!!謝罪すると言ったのは嘘だったのか!!?」

「ええ!?ルキウス殿下にルクトル殿下、ランドール先輩まで!?」

「すみません、皆さん…弟がちゃんと謝れるか心配で…つい」

「あ、いやボク達は別に。なあ?」

「はい。ですがどういう状況でしょうか…?」

「すまないな、マクロン、ブラジリエ。……セレスタン…?」



 皆が僕に注目している。


 でもそんな事どうでもいい。



 僕は持っていた木剣を握り締め、ルシアン殿下の目の前で振りかざし——…。



「!!?おい、セレス…!!」


 制止するエリゼの言葉も。慌てる他の人達も無視して。



 ヒュッ——ガァン!!!!



 思いっきり、道場の床に突き刺した。




「抜け」


「は……?」


「抜け」



 いきなり目の前に剣を突き立てられた殿下は…間抜け面で僕と剣を見比べる。

「お前、誰に向かってそんな口の利き方を…。
 いや、それ以前に…これ、木、だよな…?なんで、石の床に刺さって…」


「抜け」

「——!!わかった…。あ、あれ?」


 殿下は引っこ抜こうとしているが、一向に抜けない。


 …ああ、じれったい…。
 ほら、簡単に抜けるじゃないか。
 引っこ抜いた木剣を殿下に押し付け、僕は立ち尽くすパスカルの手から木剣を奪い…


「構えろ。ルシアン・グランツ」


 殿下に向けた。





 端的に言えば。



 僕はキレたのだった。



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