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学園1年生編
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しおりを挟む「おにーちゃん」
「……ん?」
礼拝堂で長椅子に腰掛け、書類に目を通していたルキウス様の左腕をアーティがくいくい引っ張る。どうやらあれは彼女の癖らしいね。
当のルキウス様は、何故か固まっている?彼の右側に座っていたルクトル様とランドール先輩は、何事かと首を伸ばしている。
そんな彼らの様子は完全無視して、アーティは満面の笑みを見せた。
「あのねー、ごはんとおようふく、ありがとうね!」
「「「……どういたしまして…」」」
元気よくお礼を言うアーティと、ワンテンポ遅れて返事するトリオ。ルキウス様は目を擦っている、ゴミでも入った?
アーティはきゃー!と楽しそうに、少し離れて様子を見ていた僕の元に走ってきた。
「おねえちゃん、アーティちゃんとありがとう言えた!」
「そだねー、偉い偉い!それじゃあバジルお兄ちゃんと一緒に、ご飯食べておいで?」
「はーい!」
にこにこ笑顔で戻っていくアーティとバジル。その様子を見ていた他の子達も、ちょっと近付いたり僕の後ろからだったり次々お礼を言う。
「あり、あ、ありがとうっございます!」
「……いただきます」
「このご恩は忘れませぬ…」
「あいがとー」
うんうん、いい感じ?最後にセージ率いる4兄妹がトリオの前に立つ。
「えっと…ルキウス様、ルクトル様、ランドール様…今日はありがとうございました」
ふかぶかと礼をする4人に、ルキウス様は優しい声で顔を上げるように言った。
だが…その眉間の皺が深く刻まれているせいで、折角勇気を出した4人はまた震え上がってしまう。
わかる、僕も経験者だから!怖いよねあれ!怒らせた心当たりも無いから余計に戸惑うよね。
子供達(と言っても、多分セージはトリオと同年代)の様子がおかしい事に気付いたルクトル様が、横から手を伸ばし兄の皺をぐいぐい伸ばした。
「ごめんなさい!実はこの人、機嫌がいい時、困っている時、焦っている時にこうなってしまうんですよ。
不機嫌だったり怒っている時は、逆に笑顔になりますから。多分今は、さっきまで警戒していた君達がこうやって歩み寄ってくれて、喜んでいるんですよ」
「そうだ。この強面はこう見えて子供好きでな。だがこの顔のせいでいつも逃げられるんだ。
だからさっき女の子が笑ってくれた時、自分の目がおかしくなったのかと思っていたんだろうな」
へー、そうだったんだ!というかランドール先輩、殿下相手に容赦無いね?
そのルキウス様は2人にチョップを喰らわせた。そして咳払いをし、仕切り直す。
「そういう事だ、気にするな。今まで苦労してきたことだろう。
見たところお前が年長者のようだ。名は?」
「セージ、です。セレスタン…様につけてもらいました」
「セージか、いい名だ。お前達は?」
「グラス」
「ミントです…!」
「パッパパセリで、す」
ルキウス様は今までご苦労だった、と4人を労ってくれた。その言葉を受けたミントとパセリは僕にくっついて泣いてしまい、セージは俯いた。
ただ…グラスだけは、複雑な表情だ。涙を堪えているようにも見えるし、怒りを堪えているようにも見える。彼だけは、最初からよく分からないな…。
※※※
「僕、ここに植えようと思うんだけど!」
「待ってください、坊っちゃん。どのくらい成長するか分かりませんから…もし巨木になったら、畑(予定地)に日が当たらなくなってしまいます」
あ。そっか…いい場所だと思ったんだけどなあ…。
あの後お腹いっぱいになった子供達は、新しい服に着替えて騎士様達にもお礼を言った。
堅物な騎士様は「命じられた通りにこなしただけだ」と言っていたが、その頬は緩んでいた。
そろそろ伯爵家に帰ろうとなったが、僕が果実の種を植えたいと申し出た。
今日の記念…という訳でもないけど、殿下達と一緒に植えたいと思ったのだ。彼らも快諾してくれて、現在どこに植えるか話し合い中。
僕が予定していた場所は没になってしまったよ。方角は考えてたのに、何故日当たりを忘れる…。
「じゃあ、畑はもうちょっとズラして教会の側に植えよう」
「今度は教会に影が出来てしまいますよ?」
うぐ…バジル厳しい。
最終的に、教会の正面から左手側、北のほうに植える事に。
小さいスコップで穴を掘り、種を植える。
「これはなんの種なのだ?」
ルキウス様は、積極的に手伝ってくださった。僕とルキウス様が並んでしゃがみ作業し、今土を被せている。他の皆は上から覗き込んでいる状態だ。
前もってノモさんが周辺を植物が育ちやすい土にしてくれたので、芽が出るといいなあ。トト◯の夢のように、おっきい木にならないかな!?
…ってルキウス様、知らずに手伝ってたんかい!!
「うーん、僕にも名前は分かりません。果実の形は林檎に近いけど真っ白で、甘くて栄養満点なんですよ!
だからここで採れるようになったら、子供達がいつでも食べられると思って」
「白い果物…?まさか、トワの実?」
え?ルクトル様、何か知ってるの?
ねえ、ラナ。あれってトワの実って言うの?
「ふんふん…「人間がつけた名前は知らない、自分達は白の実と呼んでいる。精霊界から採って来た」…だそうです。あれっ、じゃあ人間界じゃ成長しない!?
あ、ちゃんと育つ?そりゃよかった」
植えた所に、アクアが水を撒いてくれた。そしてラナが魔力を与えてくれたので、きっと育ってくれるはず!
実は…植物の精霊、ドライアドを喚びたいなあと思ったんだが。ドライアドは最上級なので、あのフェニックスと同格。諦めた。
僕の精霊達も「やめとけ」って言うし。最上級は、人間の手に負える相手じゃなさそうだ。
そして、教会をバックにロッティのカメラで記念撮影をする事に。僕達、子供達、精霊達全員で!
本当は騎士様にも一緒に入って欲しかったんだけど、撮る人がいなくなるから…残念。
僕の右側にはロッティが。左手側にはルキウス様。僕の隣に誰が…と少し揉めたが、ロッティは強引に、ルキウス様もしれっと収まった。
まあ、僕はいいんだけど…そんなやり取りが楽しくて、自然と笑顔になった。
この後屋敷で話し合いもあるし、急ぎ帰る。子供達が総出でお見送りしてくれた。
その時…バジルとグラスが何か言葉を交わしているのが見える。帰り道に何を話してたの?と聞いたがバジルは教えてくれなかった。
もしかしたら…知り合いだったのかな。そうだとしてもおかしくないしね。彼が語りたくないと言うのなら、僕は何も見なかった事にしようっと。
そうして僕らは帰路に着く。
今度は殿下も何も言わず、皇家の馬車に乗った。だが。
「なんだかこっちに乗せてもらえと…追い出されました」
グストフ様も一緒である。ふーむ、内緒話でもしてんのかな?
まあ僕もロッティも歓迎するし、バジルも嬉しそうだし。
一体、なんの話をしてるのやら?
※
「見たか!!ついに私も名前で呼んでもらったぞ!!」
「ふん、どうせ今日だけだろうが!!俺はこれからも先輩だ!!」
「そうですね、僕も残念ですが…これからいくらでも機会はあると考えましょう」
こんな話をしていた。
しばらくこのような会話が続いた後、真面目な話題に入る。
彼らは一度脱線しないと、厳かな雰囲気になれないのである。
「それよりルクトル。トワの実って、あの伝説の?」
ランドールの問い掛けに、ルクトルは厳しい顔をした。
「育ってみないとなんとも。
ただ…人間界では数百年前に消え去った幻の果実。
人体に必要な栄養素は全て入っていて、毎日一口食べるだけで飢える事も病気になる事もない。1つの果実を巡って戦争が起きる代物です」
「しかし過剰摂取すると、人体に影響がある…だったか?」
「そうです、兄上…。ただ、その影響というのが具体的には伝わっていません」
「ふむ…じゃあ、芽が出ないほうがいいな…こっそり掘り返して、それこそ林檎の種でも植えておくか?」
「駄目ですよ。僕達じゃ教会に辿り着けませんし…いずれ、ラサーニュ君にだけ事情を説明しましょう」
「ならば帰りも同じ馬車に乗せれば良かったであろうが」
「そうしたらラサーニュ嬢もついて来るだろうが。考えろ阿呆」
「誰が阿呆か!!!」
真面目な時間は終了し、またいつものノリに戻る3人。そして3人共、同じ事を考えているのであった。
「「「(抜け駆けして、こっそり連絡を取ろう。ついでに朝日に輝くステンドグラスも見せてもらって、自慢してやろう!)」」」
※※※
その後伯爵邸。
伯爵も交えて話し合いとなったのだが、皇太子殿下に「今まで何をしていた!!」と叱責されていた。
彼は言い訳を繰り返していたが、もう皇家からの信用は薄いだろうな。
そもそもうちが皇族に一目置かれていたのは、三代前の当主…の妹、セレスティア様の功績によるものだ。
当時の皇帝陛下、革命王ルシュフォード。
彼は数百年に渡る世界戦争を終息させ近隣諸国を統一し、グランツ皇国を大国にしてみせたお方。
その革命王と共に戦場を駆け巡り数々の功績を挙げ、敵はおろか仲間からも恐れられていたセレスティア様。
彼女なくして統一は有り得なかったと言われるほど、偉大な人物だったそうだ。
だがそれ以降ラサーニュ家は大した功績もなく…むしろ現当主になってからは一気に衰退している。
僕にも、セレスティア様のような強さがあれば…と、何度思ったことか。
彼女は僕にとって、憧れの存在だ。力強く、周囲の声に惑わされず、我が道を行く…格好いい!!
とにかく。もう伯爵の信用は失われていることだろう。この後の話し合い、彼が口を挟む余裕は無かった。
何も知らないんだ、意見などあるものか。殿下達も全て僕達に意見を聞き、取り入れてくれた。
補助金は、僕に新しく口座を作りそこに振り込んでもらう事に。
伯爵は「まだ子供に大金を持たせるなど!」とほざいていたが、「貴様に口を挟む権利は無い!!」と一蹴されていた。学習しないな、この人。
ほんと僕、なんでこんな情けない人を恐れていたんだろう?
怖い、嫌われたくないって…洗脳って怖いね。
まあ単に…ロッティ達や精霊達が僕の味方でいてくれる、それが心強いってのもある。
もう僕は、この人を恐れない。それでもまだ女である事を周囲にバラす気もないけど。
実際、次期当主っていう肩書きは役に立つ。
この国の女性の立場はまだまだ低い。それでもセレスティア様の活躍以前はもっと酷かったらしい、まさに男尊女卑。
現在はそこまでじゃないけど…今の立場のほうが発言権とかはあるしね。
他にも理由はいくつかあるけど、僕が本当の自分になれる時…その時は、僕が伯爵家から去る時だけだ。
※※※
それからは、恐るべきスピードで話は進んだ。
僕達が希望していた物は全部揃ったし、畑も作れた!エリゼやジスランも古着なんかをくれたし、設備も充実してきた。
今では、少ないけど午後のおやつもあるのだ!
うーん、やっぱお金は偉大ですね。家具は当初の予定通り、ドワーフ職人に作ってもらったのだが…ちょっと、ね?ズルじゃないけど…楽させていただきました。
家具屋にて。
「太一、五右衛門、七味。君達はベッド担当、この形よーく覚えて!
次郎、三助はテーブル担当。あの大きいの、見といてね。
よっちゃんは椅子、ろくろは棚!」
商品を実際にドワーフ職人に見せて、同じ物を作ってもらいましたー!!
ごめんなさい、いつか必ず買い物に来ますから…!とお店の人に心の中で謝罪し、また教会は豪華になる。
ただ1つ。職員問題だ。
自力で教会に辿り着けないようじゃ話にならず、結局…セージとミントが就職することに決まった!!もちろん、本人達の希望あってのことだが。
だが彼らだけじゃ回らない。ちびっ子達も協力してくれてるけど、特に食事面の改善が必要。
なので僕も休暇を返上し、料理を重点的に練習した。その甲斐あって、失敗することはあるものの本を見ながら色々作れるようになった!
そして生活も落ち着いてきた頃、僕は年長組皆で考えた院則を発表した。
やっぱり規律は必要だ。今はまだいいけど…いずれ問題になる。というかすでに悪ガキいるし。
自分より小さい子をいじめたり、割り込み、物を奪ったりする子供。その場で注意するだけじゃ、そろそろ効かなくなってきた。
院則はまず大前提として、暴力などの倫理的にアウトな物は除外してある。校則に「人を殺してはいけません」なんて書いてある学校ないっしょ?…あったらゴメン。
「まず!決められた当番は守ること!」
すでに掃除当番などは決まってる。それを守らない子は…
「今度からおやつ抜きです。それでも聞かないなら、夕飯抜きです」
僕がそう言うと、ブーイングがあがる。悪ガキからな。「ひいきだー!」とか言う声が聞こえるが…何を勘違いしている?
「当然でしょう?どうしてきちんと守っている子と、守れない子が同じだと思うの?
外の世界でもね、仕事しなきゃお金貰えないんだよ?お金が無けりゃ生活出来なくて、最悪どうなるか…分かるよね?」
最悪死ぬ。つい最近まで生死の境を彷徨っていた彼らなら…分かるはず。
現に、僕の言葉に怯んで次の言葉が出てきていない。この子らがいつか立派に社会に溶け込めるよう…心を鬼にして厳しくしなきゃ!!
「困った時は助け合い。手を貸してもらったら、ちゃんとお礼を言うように」
「喧嘩をするのはいいけれど、言葉の暴力禁止!!「馬鹿」くらいはいいけど、「死ね」とか「嫌い」はダメ」
「物資は皆で分け合う!行き渡った後まだ余っていたら、じゃんけんだ!」
じゃんけんはすでに、教会内に浸透している。教えたら皆これまたハマり、事あるごとにじゃんけんしているぞ。
こんな感じで決まりを作り、守れない子はちょっとしたペナルティを与える。少しずつでいいから、ルールというものを覚えて欲しいのだ。
もう最初の頃の貧しさはなく、子供達の笑顔も増えた。
でも、やっぱ子育て?って難しいね。世の中のお父さんお母さん尊敬するよ、本当。
欲しい物を強請られるままに与えちゃ駄目だし、欲しい物を口にしない子も読むのが難しい。
皆いい子で育ってほしいけど…グレる子も出てくるだろうな。そういう時の為に、やっぱ院長必要だよね…。今は僕が仮で院長してるけど、やっぱ大人探そう!
それと…まだお墓には手をつけていない。
あれは、補助金で解決しちゃいけない気がする。
いつか必ず立派なお墓を建てるから。僕が、自分で稼いだお金で。
だからもう少し…待っててね。
こうして僕の初の長期休暇は、孤児院問題に全て費やすこととなった。
そしてまた、学園生活が始まる。
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◆◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◆
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