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学園1年生編
エリゼの喜び
しおりを挟むボク、エリゼ・ラブレーがセレスタン・ラサーニュと出会ったのは、学園…アカデミーでの入学式の事。
入学時から、彼は目立っていた。まあ彼というより…その妹のほうが、だが。
双子の妹だというシャルロット・ラサーニュ。彼女は入学前より、社交会では話題の的であった。
真紅の髪は人目を引き、その容貌は非常に整っている。よくいる美しさだけが取り柄の令嬢と違い、幼少期より大人達の会話に混じり、時には意見を出していたと聞く。
あまり女性が男の仕事に口出しをすると口さがない者も出てくるのだが…彼女は堂々としていた。
あれだ、ルネ・ヴィヴィエ。ボクの同級生である公爵令嬢だが、彼女も美しく聡明であり、若干12歳でありながら女性の社会進出について語っている。
きっとこの2人、気が合うんじゃないかな?
話を戻すけど…そんなラサーニュ嬢には、当然ながら婚約話が大量に舞い込んでくるらしい。
だが娘を溺愛するという伯爵が、一切取り繕わないとかなんとか。相手の家格が上であろうとお構いなし、伯爵家は皇族からも覚えが良いからな、強気でいられるんだろう。
その伯爵自身は、ボクの大っ嫌いなタイプの人間だが。
ラサーニュ伯爵家の全盛期はすでに数代前。今は緩やかに衰退しているのだが…あの当主は過去の栄光に縋りついている。典型的な無能人間。
そしてその家には、もう1人子供がいるらしい。だがあまり表には出て来ず、たまに社交の場に出て来ても交流は殆どせず帰るとか。
完全に父親似なのだろう、もうあの家は終わりなのかもしれないな。ボクには関係ないけども。
ちなみにボクの親も、ラサーニュ嬢はどうかと聞いてきたことがある。我が家は魔術の名門で、ボク自身魔術においては同年代には負ける気がしない。
なにせ10歳の頃から魔術師団で特訓しているからな!それに勉強にだって自信はある。運動だけは人並みだが…まあ不向きなんだろう。無理にそっちを伸ばす気はない。
次第に周囲からは天才、魔術の申し子と呼ばれるようになった。悪い気はしないが、少しだけ…寂しくもあった。
話の合う友人が出来ないのだ。どいつもこいつも低脳で、一緒にいるメリットがまるで無い。確かにラサーニュ嬢ならボクと釣り合うかもしれないが…お断りだ。
どうせ伯爵に話を握り潰されるだけだし。まるでボクが振られたみたいで気分が悪い!!
ボクは女性の好みは特に無い…と思っている。ただし頭空っぽなのは勘弁。とにかく…互いに尊敬し合えるような女性がいいなあ。
まあとにかく、彼女とは学園で同級生となる。そこで良き学友となれるだろう。そう思っていた。
そして迎えた入学式。ラサーニュ嬢の隣にいる男…あれがセレスタン・ラサーニュか。
もっと父親そっくりの気色悪い人間だと思っていた。常に他人の顔色を伺い、付け入る隙を狙っているような。
彼からはそんな感じはしなかった。むしろホワホワしていて…無害な小動物、という感じか。
そしてやはりラサーニュ嬢は、学園でも目立っていた。
普段の授業からも分かるが、頭の回転が速く要領が良い。もしかしたら、成績で負けるかも…いや!ボクは天才だ。得意な事では負けないぞ!と勝手に一方的な対抗心を燃やしていた。
なにせ彼女は、ボクの事など気にも掛けていないのだから。常に笑顔で人と接しているが、その実誰にも心を許そうとしていないのが分かる。
ただし、ジスラン・ブラジリエ。騎士団長の息子で、彼自身の剣の腕も相当なものらしい。その反動か勉強はまるで駄目。自分の領地の特産品すら間違えるし、いつだったか…彼らが算術の勉強をしているのが聞こえてきたのだが。
「ここは3を代入するのよ」
「3はどこから出てきたんだ?」
「この公式を当てはめるのよ」
「こっちとこっちの違いが分からん!あとこの記号はなんと読む?」
「え、そこから???」
と聞こえてきた。多分彼女は、教えるのが下手なんだと思う(生徒側にも問題はあるが)。その後ラサーニュが懇切丁寧に教えていたら、なんとか解けたようだ。
ラサーニュ嬢とブラジリエはよく一緒にいるから、2人が婚約関係にあると思う者も多いらしい。ただし観察していて分かったが…ブラジリエは、完全にラサーニュ嬢に支配されている。憐れな。
それと、バジル・リオ。彼は執事であり平民だが秀才で、常に彼女に付き従っている。彼に関してはよく知らないが…不快感は感じない。ラサーニュ嬢はこの2人のみ、側にいる事を許しているようだ。
そしてこの3人の中心にいつもいるのが、セレスタン・ラサーニュだった。
ラサーニュ嬢は常に兄しか見ていない。多分彼女の世界の中心は彼なんだろう。
ブラジリエも、常に彼らを守るように立ち振る舞っている。
リオも基本的にラサーニュ嬢付きだろうけど、よく兄のほうを気に掛けている。
そんなにラサーニュは素晴らしい人物なのか?と次第に思うようになり、姿を見掛けるとつい目で追ってしまうようになった。
だが…どうやらそれはボクの思い過ごしだったみたいだ。
あいつは3人に甘え、他人と関わろうとしない。言葉を発さず、自分から行動することはほぼ無く、他人に寄生して生きていく人間なんだろう。
ラサーニュ嬢とは少し交流してみたい気持ちはあったが…あれがくっ付いてくるとなると別だ。
しかし彼女は優秀だというのに、何故あんな男を慕うのか。趣味が悪いとしか言いようがない。
この頃からすでに、ボクは興味を失くしていたように思える。
ただあれは、いつだったかな…入学して3ヶ月くらいの頃か。学期末のテストが近付いていた辺り。
ボクはその日、気分が優れないので医務室に向かった。少し眠れば良くなるだろうと思って。
「…?おい、ゲルシェ教諭いないのか?」
ここの主は気まぐれなのか、たまに不在にしている。大体そういう時はメモが…あった。えーと?
『サボりが学長にバレたので叱られて来ます。もし先生の不在時に重症患者が医務室に現れ手遅れになったら、全責任は学長が負うのでそっちを訴えてください』と書かれていた。
そのメモをそっと戻し、勝手にベッドで休む事にした。だが…。
「…ラサーニュ?」
この日は先客がいたのだ。そいつはすやすやと寝息をたて、まるで起きる気配が無い。
しかし、折角休もうと思っていたのに…こいつが近くにいては気分が悪い。踵を返し医務室を出ようとしたのだが…急に好奇心が湧いた。
ボクは、こいつの素顔を見た事が無い。よほど酷い顔をしているのだろうか…少しだけ、気になった。
どうせ起きないだろう。そう思い…近くに寄ってみた。
すぅ………すぅ………
…なんか呼吸が浅すぎて、少し心配になる。それにボクも華奢だと言われる事もあるが…こいつはもっと細っこい。まるで女性のようだ、筋肉が付きにくい体質なのか?
それに手も小さい。彼の手を取って自分のと合わせてみるが、身長は同じくらいなのに関節1つ分くらい違う。こいつは身長伸びなそうだな、勝った!
…まあいい、とっとと顔を見て退散しよう。そっと手を伸ばし、前髪を上げてみたら…
「……な、なんだ…普通に綺麗な顔じゃないか」
一瞬だけ、呼吸が止まった気がした。どんな不細工かと思えば、妹に良く似た美しい造形をしている。隠す必要などあるのか?
ああ、もしかして。ボクと同じように女顔なのを気にしているのかもな。ボクは可愛いと言われるのが嫌いだ、馬鹿にされているようにしか思えないからな。隠さないけど。
しかし…窶れているというか、目の下の隈がすごい。寝ていないのか?なんで…。
気がつくと、その隈を指で擦っていた。そして魔術で消す。疲れが取れる訳ではないが、なんとなくな。
すぐに立ち去ろうと思ったのに、つい寝顔を観察してしまった。髪を撫でればサラサラで気持ちいい。ボクに弟がいたらこんな気分になるんだろうか?…なんてな。
「…………だれ……?」
「っっ!!いや、ボクは…っ!」
ラサーニュのその形の良い唇が僅かに動いたと思ったら、起こしてしまった!?まずい、今の状況なんて説明すれば…っ!
だが、開かれたその目は焦点が合っていない。金色の瞳を少しだけ覗かせたかと思いきや、すぐに閉じてしまった。
……びっくりした…!心臓が強く脈打っている、もう出よう。念の為髪を戻して…っと。
そうして扉に手を掛けたが、いきなり開いた。どうやら外側から誰か開けたらしいが…相手はラサーニュ嬢だった。
「あら、ラブレー様ご機嫌よう。…こちらにお兄様、いますよね?」
彼女はいつも微笑みを絶やさないのだが、今一瞬…鋭い視線で刺された気がする…!よく見ると目が笑っていない…!
今ここで選択を間違えたら死ぬ。ボクの本能がそう囁く、脳をフル回転して一瞬で最善の答えを弾き出せボク!!!
「そ、そうなのか。ボクは机の上のメモを見て、先生が不在のようだから教室に戻ろうと思ってな。
誰か寝ているとは気付かなかったな」
「……私、寝ているとは言っておりませんわ?」
ひいいいいぃぃぃぃ!!!!!間違えたか!!?彼女の背後で死神が大鎌をもたげてボクを見下ろしている!!!
「い、いや…ここに姿が見えないという事は…奥で休んでいるのかと思って、ね。そんなに広い部屋でもないし…」
今ボクは、首筋に鎌を突きつけられている感覚に襲われている。頼むから納得してくれ…!!
「……なんだ、そうだったのですね。わかりましたわ、お気を付けてお戻りくださいね」
なんとか説得出来たようで、彼女はいつもの笑顔に戻った。ただしボクは今後…彼女を今までと同じ目で見られないだろうな…。早足で医務室を出て、ダッシュでその場から離れた。
ブラジリエがなんでああなったのか、分かった気がする。
この数週間後ボクはフェニックスと対峙することになるのだが…正直に言って、この時のラサーニュ嬢のほうが威圧感凄かった。
ただフェニックスと向き合うラサーニュが…ボクを抱き締め震えながらも凛とした彼が、とても美しく見えた。彼のお陰で、威圧感が減少していた気がする。
そしてその時、風で巻き上げられた彼の緋色の髪が炎のようで、とても神秘的で見惚れてしまったんだ。
彼はその後気を失ってしまったが、ブラジリエが医務室に連れて行った。おい、ボクは!?
まあボクは魔力切れで動けないだけだったので、暫くすれば歩けるようになったけど。
ただお祖父様が来ると聞いて…全力でその場から逃げた。逃げる場所など無いのは百も承知だったが、じっとしていられるか!!!
「ほう…逃げるという事は、己が何をしでかしたのか…自覚があるという事であるな?」
「げえっっ!!お祖父様!!?いえこれは、その…!」
転移の魔術でボクの目の前に、いきなりお祖父様が現れた!!!そのまま首根っこを掴まれ、共に転移させられた。
「その性根、叩き直してくれるわっっ!!!」
「ご、ご、ごめんなさい~~~!!!!」
その後ボクがどんな目に遭ったか…思い出したくもない……。
そういえば、生徒会室に呼ばれた日。実はボクにランドール先輩が接触して来た。
セレスの刻印については誰にも言ってはいけない。あの5人だけの秘密だ。例え親兄弟だろうと、皇帝陛下であろうと言わないように!と強く強く念を押された。
危なかった…ボクはお祖父様に相談する気満々だったからな!セレスにもよーく言い聞かせた。「わかった!」と言っていたが、心配だ。こいつはこう、ポロッと溢してしまいそうな危うさがある。
※※※
そしてなんやかんやあり、セレスとボクは友人となった。
話してみると、意外と面白い奴だ。ボクとは違う視点を持ち、しっかりしていると思えば抜けている。全く、ボクが引っ張ってやらないとな!
その流れでシャルロット、ジスラン、バジルとも親しくなった。友人が出来るのは初めてだが、中々良いものだな!ただし、シャルロットは相変わらず怖い。
必要以上にセレスに近付くと、またあの死神が見えるのだ。ジスランは幼少期からあの恐怖と戦い続けているという。称賛を送る他あるまい。
そのセレスだが、思い切って聞いてみた。何故顔を隠すのか、と。
「え?うーん…(女であるとバレる可能性を下げるため…とは言えないよぅ)実は父上の指示で…(という事にしておこう。あながち間違ってないし!)」
なんだそれ!?全く…律儀に守る必要も無いだろうが!!
「まあね…でも自室とかじゃ髪は上げてカチューシャで留めてるよ。邪魔だし」
なんだそれ!!見てみたい。だが大事だと公言する妹に対しても隠しているんだから…ボクにだけ見せて欲しいとは言えないな…。
いつか、セレスが本当の自分を曝け出せる日が来るといいな…いや、来なければ、ボクがその未来を作る!!
そしてボク達は休暇中も一緒に遊ぶ約束をした!ふ…最早只の友人枠ではあるまい。親友と言っても差し支えないんじゃないか!?
にしても彼は自己評価が極端に低い。なので4人で結託して、事あるごとに褒めまくった。少しずつでも彼が、自分を好きになってくれるように。
「お兄様のお肌はすべすべだわ、ずっとくっ付いていたいもの」
「セレスは勉強を教えるのが上手いな。俺でも理解出来るぞ!」
「坊ちゃん、また剣の腕を上げられたのではないですか?」
「以前勧められた店の菓子美味かったぞ。お前はセンスがいいな」
すると最初は顔を真っ赤にして否定していたが…次第に「えへへ…ありがとう」と笑ってくれるようになった。もう少しだ!
さあて、休暇中どこに行こうかな。
セレスの家にも遊びに行きたいし、ボクの家にも来て欲しい。シャルロットも十中八九ついてくるだろうけど…まあ、うん。
しかしジスランはテストで落第点を取ったせいで、勉強漬けの日々を送らされるらしい。ボクがセレスと遊ぶんだ!と自慢してやったら、血の涙を流していた。
ふ、悔しかったら冬は頑張る事だな!!
入学するまでは、休暇は丸々魔術の鍛錬に使おうと思っていたが。今はそれよりも遊びたい!セレスは領主の勉強もあるというので毎日は無理だが、それでいい。その日を鍛錬や勉強に充てるから。
あ、ちなみにボクは次男坊なので後継ぎとかは関係無い。なので将来は魔術師団に入団するつもりだ。
セレスは親友であり、ボクにとっては弟のようなもの。このままずっと…互いに大人になってもずっと、今のままでいられたらいいなと思うのであった。
あ、それと余談だが。セレスがシャルロットに菓子を贈った次の日、彼女がボクの元を訪ねてきた。
「エリゼ。あなたを魔術の天才と見込んでお願いするわ。このお菓子を永久保存する魔術はないかしら?」
「……はあ?」
わざわざ空き教室に呼び出されたかと思いきや…なんだそれ。彼女の後ろで、バジルが申し訳なさそうな表情をしている。
「だって、お兄様に頂いたお菓子なのよ!食べてしまって失うなんて勿体ない…!!」
赤らむ頬に両手を当て、身を捩る姿は可愛いのかもしれない。ボクは騙されんぞ。
「無理だ。せいぜい保たせて1ヶ月…」
「しかも私の事を、可愛い自慢の妹ですって!!
私こそお兄様は可愛くて優しくて勇敢で愛おしくて素敵な自慢のお兄様なのに!!」
まるで聞いちゃいない。きゃー!!とその勢いでバジルの背を叩き、彼は吹っ飛び机や椅子を巻き込んで豪快に転んだ。こわー…。
よろよろと起き上がるバジルに手を貸し大丈夫か?と聞くと、「鍛えていますので…」と返された。鍛える方向間違えてるよお前。
シャルロットに無理なものは無理!と言っても「なら新しい魔術を創って!」とか言うし!それが無理だと言っているんだ!!
その後なんとか時間をかけて、説得に成功した。
セレスはお前が美味しいって言ってくれるか心配してたんだぞ!なのに食べてすらいないと答えるつもりか!?
食べ物をもらったら感謝して食べて、美味しかったと言ってやれ!!
と。すると彼女は納得してくれたようで、渋々帰っていった。
帰り際、バジルはボクの手を両手で握り「ありがとうございます、本っ当に…!!」と泣いていた。苦労してるな、お前…。
後日、バジルに菓子はどうなったか聞いてみた。
「お嬢様は1つ1つ味を噛み締めて、時には涙を流しながら召し上がっておりました。
そして包装紙は大事にファイリングして、お嬢様の『お兄様コレクション』の仲間入りを果たしました」
と笑顔で言っていた。いかん、こいつも毒されている。
今度セレスが妹に贈り物をすると言ったら…食料はやめておくように伝えよう、と決心したのであった。
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