私の可愛い悪役令嬢様

雨野

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学園

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 11年前の、皇宮にある玉座の間。ほぼ現在と変わらず、カーテンが違うくらい。なので過去を見ている実感は薄いが…明らかに異質な状況である事はすぐに分かった。


「な…なんだ、この人達は?」

 恐らく帝国側の誰かの呟き。部屋の中央に後ろ手を縛られて、膝を突く人々が集められていた。中には老人、10歳にも満たない子供もいる。ざっと30人はいるだろうか。まるで…罪人の扱いだ。
 そんな彼らを囲って見下ろすのは…騎士が5人、偉そうなおっさん1人。そして玉座に座る陛下、隣に立つ皇婿殿下。
 …現在の陛下と殿下が過去の2人に重なって分かりづらい。似たような服を着ているから尚更。


「…皆様。ただ今ご覧いただいておりますのは、実際に過去にあった現象。触れる事も、言葉を交わす事も叶いません。真実をこの目にする為にもどうか壁に寄り、ご静聴に願います。」

 私の言葉に、ほぼ全員素直に従った。中には「ほぉ~…」とか言いながら、騎士に触れようとしてスカスカ手を振り、幻を面白がっている人もいる。
 が…ここでも陛下は邪魔をする。幻の人々を蹴散らそうと、中央で叫びながら両手を振り回す。ああ…その姿はまるで、癇癪を起こす子供のようだ…。

「やめろ…見るなっ!!!お前達命令だ、今すぐ目を閉じ耳を塞げっ!!!」

「……お父様、お願い。」

「任せて。」

「むぐっ!!?」

 お父様がパチンと指を鳴らせば、陛下は口を閉ざされて壁に吸い込まれるように張り付いた。殿下は慌てて側に寄る。その様子を見た者は全員、自主的に閉口した。


 これでよし。ただこの時点で私は…嫌な予感がして、心臓が嫌な音を立てている。けれど見届ける為にも、アシュレイに抱き着いて覚悟を決めた。
 彼も私の肩を抱く手に力を入れた、その時。



『……貴様らが私の子を拐かし、殺したという一族か。』


 過去の陛下が、全てを凍らせてしまいそうな程に、重く冷たい声を放った。膝を突く人々は、理解できないといった風に騒ついた。

『陛下!!決してそのような事はございません!!むしろ…私達は突然、生まれたばかりの息子を拐われたのです!!』

『そうです!!私達は何もしていません!!』

 集団の中で、最も陛下に近く位置するのは若い男女。夫婦だろうか、男性の方が声を上げた。それに同調する女性…だが陛下はどんな言葉も聞かず、「黙れ!!」と一蹴した。


『もう調べはついておる!!どうやったかは知らぬが、貴様らは自分の子が私のデメトリアスと同じ髪色だったのをいい事に、生まれて間も無い頃にすり替えたと!!』

『な…っ!?神に誓ってその様な事はございません!!』


 あ…そうか。今果敢にも陛下を睨み、言葉の応酬を繰り広げている男女は。デムの…本当のご両親なんだ…と悟った。よく見るとお母様はデムと雰囲気がそっくりで、お父様は目元がよく似ている。
 まさか、この状況は。集められた人達は…デムの親族…!?今度はお父様の後ろにいるお爺さんが声を上げた。

『陛下!どうかお鎮まりください。全て我々の身に覚えのない事です。お願いします、厳正な捜査を願います。何か誤解が生じて…』

『貴様らの言葉は何もかもが嘘ばかりだ!!!乳母が言っておったのだ。生後1ヶ月頃…その女が赤子の大きさ程の包みを持って、デメトリアスの部屋から出て来たのを見たと!!!』

『!?私は今この時まで、一度も皇宮に足を踏み入れた事などございません!!』

 陛下が指差したのはデムのお母様。一体、何を言っているのか。

『ただ乳母は…デメトリアスそっくりの子供が穏やかに眠っていた為、見間違いかと安堵したそうだ。』

 彼女の言葉は支離滅裂だ。完全に冷静さを失っている…どうして誰も諌めないの?


 一通り言い合いが済んだ後。陛下は左手で顔を覆い…大きくため息をつき、「もうよい」と呟いた。
 そして…スッと右手を挙げる。その直後。



 きゃああああっ!!!
 うわあああ!!

「……っ!」



 騎士が剣を振り下ろし、デムのご両親の、首が落とされた。力を無くした身体は、ぐらりと前のめりに倒れる。耳をつんざく悲鳴が響き渡り、私は反射的に肩が跳ねた。

 それを皮切りに…次々と、親族の処刑が始まった。騎士達は粛々と剣を振るのみ。いや…よく見ると手は震え、顔が青い。


「ぐ…!」
「なんだ、これは…!?」
「姫君!今すぐ魔法を解除し…う…っ!」

 傍観していた現代の皆も、顔面蒼白になり口元を手で覆っている。目の前で行われる虐殺に、吐き出してしまう者もいる。
 私はアシュレイにしがみ付き…彼もまた、震える腕で私を強く抱く。アシュレイが騎士に向かって魔法を放つも、当たる訳がない。すり抜けて向かいの壁に当たった。
 お父様だけは、冷静に…腕を組んで、全てを見ている。ただ…娘の私だから分かるけど。その目の奥に…激しい怒りを燃やしている。



 泣き叫ぶも逃げられない中、1人ずつ、殺されていく。
 お腹の大きい女がいた。せめて赤ちゃんは…!と言い切る前に、静かになった。
 腰の曲がった老人は。どうか若者だけでもお助けを…と懇願したが聞き入れられなかった。
 死にたくない!!自分は無関係なのに!!と叫ぶ青年も。
 神に祈りを捧げる女性も。次々と屠っていく…


 その様子を陛下は、一切の顔色を変えずに眺めていた。

 1人…また1人、と事切れていく。
 辺り一面は血の海となり、段々と静かになる。

 そして…ついに、最後。残ったのはまだ幼い少年。目の前で起きた惨劇に…静かに涙を流している…え?
 待って。あれは…あの子は…!

「ティモ…!?」

「えっ!?あ…本当だ!」

 騎士が背中を丸めて震えるティモに対して…「ごめんな」と小さく呟き。剣を振り上げようとしたら…



 ドンドンドンドンッ!!!

『陛下!!先程乳母が自決しました!この事件の元凶は自分だ、という遺言書を遺して!!!』

『………は…?』

 激しく扉を叩く音がして。聞こえてくる言葉に、騎士は腕を止めた。ずっと突っ立っていた偉そうなおじさんが、慌てて扉を開ける。すると、何か紙を握り締めたメイドが飛び込んできて…血の海に悲鳴を上げた。

『きゃ…キャアアアアッ!!?』

『どういう事だ!?乳母の遺言を寄越せ!!』

 陛下はメイドの心配よりも先に、遺言書を求めた。おじさんがメイドから受け取り、陛下に渡す。それを読んだ陛下は…座りながら、死体の山と遺言書を何度も見比べた。


『な…なんて…事を…!』

 何が書かれているんだろう…そう思っていたら。お父様が玉座の後ろに回り、陛下の手元を覗き込んだ。



「……『申し訳ございません。私は罪を犯しました。
 デメトリアス殿下を事故で死に追いやったのは私です。生後5ヶ月の頃、少し部屋を離れた隙に…寝返りを打たれて、戻った頃にはすでに呼吸が止まっておりました。
 ですが罪を暴かれるのを恐れた私は…どうにか隠滅を図りました。
 事件の数日前、偶然知り合いに「近所で皇子様と同じ髪色の男児が生まれた」と聞き、その子を無理やり拐い。出生届を破棄し、その家に子供は最初からいなかった事にして。皇子の亡骸は…秘密裏に火葬にし、遺骨は海に撒きました。
 その時は完璧に入れ替えができた、と安堵していましたが。5歳の儀式の事を思い出し…再び罪悪感と糾弾される恐怖に怯え暮らすようになりました。

 そして今回。怒り狂う陛下を前に私は…精々偽物の皇子の両親が処刑される程度だ、と高を括っていました。ならば申し訳ないが死んでもらおう、と罪を擦りつけたのです。
 それが…子供を含む一族全員を処刑するおつもりだ、と聞き。居ても立っても居られず…ですが「真犯人は私です」と名乗り出ては、私の一族が殺されてしまいます。
 どうか、これまで貴女に…この国に全てを捧げてきた私に免じて、この命だけでご容赦ください。

 今回貴女がお呼びになった一族は、デメトリアス殿下の殺害には一切関わっていません』……と書かれているね。」



 お父様が全て読み上げると。その場の全員の視線が…現代の陛下に集まった。
 陛下は何かを言いたそうに首を横に振っている。

「……陛下。貴女は…乳母の言葉だけを鵜呑みにして。無実の人々を…殺したのですか…?」

「……!!…、……!」

 私の問い掛けに…違う、誤解だ!と言っている…気がする。私は次に、帝国側の人に顔を向けた。

「貴方達も…ご存知だったのですか。陛下の、過ちを。」

「し…知らなかった!!本当だ、信じてください!!
 私達は本物のデメトリアス殿下の件を、「不幸な事件で失った。今いる偽物は国民を混乱させない為の影武者だ。時が来れば追い出す」と聞かされていました!!」

 全員が、その言葉に同調するように強く頷いた。数人は気絶しているが。


『わああああんっ!!!やだぁっ!!来るなあっ!!!』

 !子供の叫び声に、私達の意識は過去の風景に戻された。
 そこには…優しく手を差し伸べようとする騎士に対して、激しく拒絶するティモがいた。

『おかあさああん!!おとーさーーーん!!!やだあああああっ!!!』

 ティモはバシャバシャと、血溜まりの中を走り。首の無いご両親に縋って、叫び続けた。
 気付けば私の頬は濡れていて…同じく涙するアシュレイの手を払い、静かにティモに歩み寄る。触れる事は出来ないが…膝を突いて、ティモの小さな肩に手を添えた。


「ティモ……っ!?」

 これ以上は不要だ…と魔法を解いたのだが。ふいに視線を感じ…扉に目を遣ると。


『………なに、これ…?なんでみんな、あたまがないの…?』

「あ……。」


 そこには。幼いデメトリアスが…呆然と立っていた。
 同時に景色が揺れて、現代に戻って来たので。彼がどんな表情をしていたのか、ハッキリとは見る事ができなかった。


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