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最終章 どうやらヘレシーは【道徳否定】のようです。

ヘレシー(道徳否定)・エルタ

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 巨大な漁船が投げ込まれたことにより、橋は半壊。音を経てて崩れ落ちていく橋。もう一方の橋はまだ崩れることなく立っている。
俺は橋の上から落ちそうになりながら、片腕だけで橋にしがみついていた。
エルタによって投げ飛ばされた漁船が橋にぶつかり、半壊したのである。
いや、実際には漁船によって橋が崩れるよりも早くすでに橋は半壊していたのかもしれない。
漁船に押し潰されそうになるよりも速く、殴られたような衝撃が襲ってきたのだ。
そのせいで逃げ遅れてしまったのだから……。
それは、橋が崩れ、上から漁船ごと落とされるような感覚であった。
幸いにも、なんとか漁船ごと落とされるようなことはなかったが、片手一本で体を支えているのは体力を使ってしまう。
なので、必死な思いで、橋の上へと上がる。
神化しているなら簡単に上れるだろうと思っていたが、さすがに筋肉は使った。
やっとの思いで、橋の上へとよじ登る。
そこにエルタは立っていた。俺がよじ登るのを待っていたかのように立っていた。

「うむ、物体的攻撃ならば、多少はうまくいくと思ったが。漁船の破片の1つも刺さらんとは……。うまくいかないものだな」

「────!!!!」

俺はただ静かに睨み付ける。もしも、あの漁船に人が乗ったままならば…と思う。
しかし、その心配を察したのだろう。
エルタはフッと少し鼻で笑いながら、言った。

「おいおい、怖い顔をするなよ?
安心しろ。人は乗っていなかったぞ?
だが、まぁ、騒ぎにはなるだろうな。まさか、町と町を結ぶ大事な橋が半壊しているんだ。報道されてもおかしくはない」

「確かにそうだが……。どういう意味だ?」

なぜ、報道という言葉を使ったのだろう?
なにか意味があるのか?

「ああ、あるとも……。
単に、この次元の支配者を知らしめるためだろうが?
もうじき騒ぎを聞き付けて確認しに来る者が現れるだろう。
そして、我々の存在を報道する。
別世界の神と悪魔が戦っているんだ。
いや、お前にとっては故郷かな?
さて、報道されたらこの世界はどうなる~?
世界は混乱するだろうよ。日常には戻らせないさ」

確かに、そんなものを見せつけられてしまえば、現実世界(俺の故郷)であるこの場所は大混乱に陥ってしまうだろう。
異世界があるなんて……それが認知されてしまえば、例え人間の時の俺でも、少なからず今まで通りの生活を送っていける気がしない。
一度、落ちてしまえばあとはズルズルと引っ張られていくだけだ。平穏なんて程遠い。そんな世界にされてしまうわけだ。

「くそっ……だったら!!」

だったら、急いで決着をつけなければならない。
この悪魔を倒すのにも時間が惜しいくらいなのに、さらに速く倒さねばならないというのは無理があるかもしれないが。
なんとかしなければならない。

「まぁまぁ、落ち着け落ち着け。いずれにしろ。勝敗はすぐに決まる」

「…………どういうことだよ?」

「気づかなかったのか?
ヘレシーとルイトボルトは相反する。
世界を作り変える。世界を壊し変える。
不死身。不死身ではない。
速攻と遅効。
貴様が神の力を消費するなら、我々は神の力を貰う。
お前の無駄な足掻きが、無駄になっていたことに気がつかなかったのか? 愚か者!!!
貴様にルイトボルトとしての特殊な能力があるのなら、我らにもそれがあるのだよ。
貴様はお金の付喪人+特殊な能力。
そして、我らは!!!
魔法を操る悪魔+“剥ぎ取り”の能力ということだ!!!」

俺がこの戦いで消費していた体力や神の力をあいつが吸収しているということだろうか。そういうことならば、もっと速く倒せるようにならなければいけなかったのか。俺が時間をかけて戦えば戦うほど、エルタは成長する。
だから、エルタは魔法も使わず、わざわざ体術で戦闘を行っていたのか。
だが、悪いことばかりではなかった。エルタの説明を聞けてよかった。相反するというのなら、俺たちは分かり合えない。同情もしない。
それに、不死身ではないと分かったのだ。エルタは殺せる……。



 「物を買う俺と物を盗むお前か。手にはいるという結果は同じだが。善悪が異なるな。まぁ、善悪がない世界の確定がお前の目的なのだから仕方がないか……ッッ!?」

しまった。油断していた。
エルタの話を熱心に聞きすぎてしまった。
先手必勝とでも言うように、エルタは油断しきっていた俺に向かって攻撃を仕掛けてきたのだ。結局再び始まった肉弾戦である。どちらが疲れて倒れてしまうか。俺は反応が遅れてしまったため、しばらくはエルタの攻撃を防ぐことしかできなかった。

「ハハハハハハハハッ!!!!
そうだな。その通りだな。分かりやすくまとめてくれたことは感謝しよう」

そんなことを口にしながらもエルタは殴ってくる。まったく、感謝されている気がしない。
6発ほど殴られた後、ようやく俺は体勢を立て直した。
そして、エルタの右フックを避けつつ、エルタの足に向かっておもいっきり蹴りをいれる。
ビリッと電流のような痛みのない衝撃が再びエルタの肉体を走った。

「ぬ……!?
だが、これしき!!!」

しかし、エルタはバランスを崩すこともなく。すぐに後ろへと飛び退く。距離をとられた。
それもたった2歩。すぐにエルタはこちらへと向かってきて攻撃を再開する。
今度は宙を跳びながらの蹴り。
俺の頭に向かって放たれる回し蹴り。それを腕を盾のように犠牲にしながら防ぎつつ。俺はもう片方の拳でエルタの顔を殴る。
その後も、エルタは攻撃をやめない。肉弾戦が終わらない。
お互いに攻撃を防ぎつつ、攻撃を行う。それを永遠と繰り返す。
腕力と腕力のぶつかり合い。魔法を操っていたあの頃のエルタからは想像もできない武闘派な戦い方であると今更ながら驚かされる。
遠距離戦ではなかったことを素直に喜ぼうにも喜べないほど、決着が見えない。
もちろん、俺はエルタからの攻撃に血を吐き続ける。外傷が激しすぎて内部にまで激痛が走る。内臓が完璧に治るよりも速く傷ついていく。
エルタは全身をくまなく使いながら、攻撃をやめることはない。だが、そんな奴も俺の攻撃がまったく効いていないというわけではないらしい。何倍にもあげられた威力にエルタも苦しんでいる。攻撃を与えようとする一瞬の時間に見せる苦痛の顔がその証拠である。



 それでも、奴は高揚して笑いながら俺に向かって来る。

「フハハハハハハハハハッ!!!!!」

この戦いそのものを楽しんでいるように、エルタは飽きることなく攻撃を続けてくる。
単純に拳による攻撃が痛い。俺のからだの頑丈さでなんとか出来ているのだろうが。これが普通の体では4発も持つまい。
だからこそ、苦しむ。死ねない。ルイトボルトは死なないタイプの神だから。死以外なら効くが、死ねない。
必死に抵抗して反撃をくらわせるが、エルタの方が戦闘のプロらしく、俺の方が攻撃を受ける回数が多くなっている。エルタにもダメージはあるが、その差は大きく開いていた。

「グハッ……?」

痛い。神化しているというのに痛い。
それでも、俺は拳を収めない。
まだまだ、エルタには届いていない。攻撃が足りない。倒すにはまだまだ威力が足りない。
ジワジワと神の力が奪われていく。差ができはじめていく。俺の拳は弾かれて、その隙に攻撃を仕掛けられる。
打撃。打撃。打撃。打撃。打撃。
足を踏ん張り、気合いを込めて半数をくらわせようとする。9を受けて4を放とうとする。
しかし、エルタは俺の腹部をおもいっきり蹴りあげてきた。
俺の視界が逆転する。宙を蹴り飛ばされながら、俺は地面にグジャッと墜落してしまった。



 身体中が痛い。動けない。殴り合いの時間は計20分。横になったまま動けない。
こんなにも肉弾戦を行ったことがないくらい殴りあった。体の回復も遅い。完璧に治るよりも、チビチビと回復させる方に優先して戦っていたせいか。傷が治りきらず、余計に怪我が悪化したようだ。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

空を見上げながら、呼吸を整える。
少しでも再び動けるようにならないと……。俺はまだ諦めたくない。ここまで来れたんだ。もう少しで届くんだ。
…………エルタはまだ動ける。エルタがトドメを刺しに来る。
少し、目をエルタの方へと向ける。確認のために目を向ける。すると、やはり奴は俺に近づいてきていた。
這うことも、走ることもなく、エルタはゆっくりと歩いてこちらへと向かってきていた。

「─────もう終わりかルイトボルト。ならば、最後だ。貴様の権能を喰らって終わりにしよう……」

エルタは最後のトドメを刺そうとしている。俺に引導を渡そうとしている。
逃げたくても体が重い。痛い。
俺とエルタの距離はもう間合いに入っている。
エルタの口は耳まで裂け始める。その大きな口で肉体をむさぼり食うわけではないようだが、権能を喰らうと聞くと、この神の力を失いそうな気がする。

「フッ……これで最後だ!!!
ルイトボルト!!!!!!
……ゴホッ!?」

エルタが血をはいた。
俺に食いつこうとした瞬間に、エルタは口から片手にいっぱいの血をはいた。
あわてて、口を元の大きさに閉じ、エルタは口を拭う。
その動作を俺は見逃さなかった。
体を奮い立たせる。動こうとすると全身がまだ悲鳴をあげているが関係ない。
最後の力を振り絞って、俺は起き上がる。

「…………貴様、まだ……?」

だが、エルタは間に合わない。そこはすでに間合い。俺の腕はまだ届く距離である。

「オリャ!!!!!」
「─────────ウグッ……!?」

そして、エルタが対応できないような速度で、俺は本気の一撃をエルタにくらわせることができた。
エルタの体勢が崩れる。奴はふらついている。
その隙を俺が見逃すはずがない。

「『100円連続パンチ』!!!!」

エルタの反撃が来る前に、俺は拳を放つ。
一撃。
二撃。
三撃。
………………
何発当たったかは数えきれない。数える思考もない。殴る。殴る。殴る。殴る。
この隙をもう逃してはいけない。これ以上時間をかければ本当に奪い尽くされる。
少しでも、少しでも、エルタにダメージを与えなければならないのだ!!!

「オオオオオオぉおおおおおおおおおーーーーーーーーーー!!!!!!!」

気合いを入れろ。死ぬ気で殴り続けろ。
最後に、ギリギリの体力を残して、おもいっきりエルタを殴り飛ばした。



──────────次回最終回─────────────
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