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第17章 どうやら魔王は兄妹のようです。
神は死んだ!!
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俺の鍵の獲得候補権を渡せば、黒に世界の半分を渡すと妖魔王は言った。
おそらく、これは表向きは交渉だがYESと言えば負けてしまうイベント的なものだろう。
もちろん、俺ならばかっこいい台詞と一緒に断ってしまう。
だが、妖魔王が選択を指定してきたのは黒。
彼女がそんなイベントだということを理解するほど賢い女ではないことくらい俺は知っていた。
彼女に選択させてはまずいのだ。
「おい、黒?」
先程から無言で悩んでいる黒が心配だ。
こいつ、妖魔王の要求に二つ返事でOKを出しそうな気がする。
彼女の強欲な性格は世界を我が物にしてしまうほど、底の深いものではないことを祈るしかない。
「世界の半分ですって?
──────いらないわよ」
その返答に妖魔王は疑問を持った。
「「なぜだよ。何故いらないのさ!?」」
「世界の半分なんて手に入れても、私は半分どころか全部私のだもん」
強欲だ。
その感情がどこから沸いて出てきたのか分からないくらい強欲だ。
俺が想像していた彼女の欲をずば抜けて、彼女は強欲であった。
「「お前…………アハッ。アハハハハハハハハハ!!!!!
いいな。いいよ。いいね。いいよな。いいともー!!
面白い。面白い。面白い!!!
ならば、我(妾)らに示してくれよ。
その世界を牛耳る実力、楽しみだよ本当にね!!!!」」
妖魔王が黒を嘲笑いながら、力を解放していく。
その力は金剛の時よりもさらに何倍も邪悪で明るいオーラを発している。
そのオーラに圧倒されて戦意を喪失しそうになるが。
俺が……俺たちがこんな所で退くわけにはいかないのだ。
「それよりも、聞かせてもらうわ!!!」
すると、黒が大笑いしている妖魔王に向かって問いただす。
「「なにを?」」
「あなたの目的よ。何故あなたは鍵の獲得候補者でもないのに鍵を求めるの!?
信者でもないあなたが!!!」
まぁ、俺も信者ではないんだけどな。
どうやら、黒からは信者認定されているらしい。
この戦いが終わったら、徹底的に信者ではないことを教えてやらねばならない。
などと俺が考えていると、妖魔王はあわれみを向けるような目で俺たちを眺めてくる。
「「そうか。そうだね。君たちは金剛に伝えていたからね。我(妾)らも言わなきゃ不平等だ。
我(妾)らの願望…………世界を定める目的はただ1つ。
かつて、エデンの時から人間が背負いし原罪…………いや、神からの解放が我(妾)らの目的なのさ!!!」」
妖魔王が創造する世界。魔王による真の目的の告白。
それは予想以上に規模が大きい願望であり、壮大すぎる目的であった。
金知恵の樹の実。禁断の果実。
それは旧約聖書に書かれている物である。
それを食べたアダムとイブは原罪を背負うことになり、エデンの園を追放された。
神への裏切り。善悪の知識。
人類が背負うことになった原罪。
また、この実を食べたことによって、人間は死ぬことになったと言われている。
これは本来覆ることのない神話であり、それこそ覆そうとすれば、神からの罰が下されるだろう。
だが、妖魔王はそこに目をつけた。
この世界、いや、すべての世界でこの法則が定められているのなら、新しい世界を作り変えればいい。
この神話が届かない世界。新しい平行世界。
原罪からの解放。ゆくゆくは人類を生命の木と善悪の知識の木……両方の実を人類が喰らうように世界を造るというのだ。
いわゆる、それは神との同等化。新人類だけの世界。
それは平行世界であっても神を脅かすことになる。
「「我らはやり直す。今度はあの神を越える。神を落とす。人間は進まなければならない!!!
さらに上へ。神のその先へ!!
人類をその先へ誘うために我(妾)らは執行するのだよ」」
その世界の人類に神からの支配はない。
その世界の人類に死はない。
誰一人として神を見上げる者はいない。
それは天への叛逆。
人類が人類ではなく別の存在へと変わる世界である。
そこには現代の世界に起こるような問題が何一つない。
真の平等。真の幸福。真の平和。真の安全。
その世界に問題があるとすれば、それは現代人には考えられない新しい問題ではないか。
その考えになぜ妖魔王が至ったかは分からない。
こんなぶっ飛んだことを考える頭がどこにあるのだろう。
あんな普通の子供の兄妹に見える2人は、どうすればこんな願望が生まれるような状況に至るのだろう。
しかも、それは自らの支配のためではない。
人類を愛する愛ゆえである。
この歪みきった愛ゆえの願望である。
「「もちろん、それは君たちも例外ではない。もう別れを惜しむことも苦しむこともないんだ。我(妾)らもそれ以上はなにもしない。
我(妾)らはただそれを見守るだけさ」」
確かに永遠の命等を手にいれて、神を超える存在へと人類が到ってしまえば、もう悲しみはない。
死の別れも、辛い別れも、苦痛に満ちた苦しみも、何もない。
確かに、その世界は平和な世界である。
【皆の事を想った行動】をとった結果、人類が死から救われて、神を超えられる。
妖魔王の願望に個人的な私欲はない。
だが、その願望について俺は言い表せない感情に捕らわれた。
確かに【皆の事を想った行動】だ。俺の信念と同じ行動だ。
でも、けれども、その世界に俺は…………。
「ふざけるな!!!
神との同等化? それを超す?
空想論をペチャクチャと喋りやがって」
黒の怒りの抗議にハッと我に返る。
黒がここまで怒ったのを俺は始めてみた。
「あんたみたいな愚か者は初めてだ。人類をその先に進ませる?
誰が頼んだ。誰が望んだ。
確かに、あなたの願望とする世界は立派だよ。
でも、そんな空想を誰かが望んだか!!!」
「「望んだかだって? 望まないよ誰も……。
誰も空想論だと信じちゃくれなかった。不可能だと罵ってきた。でも、それがどうした?
どうせ、新しい世界では反論していたことさえ忘れているのだからね。
だが、平和な世界を求めてなにが悪い?
この世界に理想郷なんてない。犠牲者がでない土地なんてないんだよ。平和な世界は無いんだ。
この世の最悪を誰かに押し付け、集団で叩く。
思いやり、同情しても、悪を決めつけ片方を擁護する。
正しさ 間違い などと言う人間が決めただけの定義に呑まれ、個人の個性を潰す。
誰かのためと言いながら、誰かに頼まれもせずに自分の好き嫌いで物事を消す。
正しい決闘の仕方も忘れ、仮想内の集団で正義の裁きを下す。
個人より永く価値がある物を否定し、歴史的価値を知らず壊す。
幸せだけの人生を求めようとして、平穏を愛さない。
他者を信じない。愛さない。愛せない。
だが、我(妾)らはそれを肯定も否定もしない。
それが人間の特性だ。欲望に生きる獣の本能だ。
強欲な欲望を兼ね備えた獣の世界だ。
この数世紀人類の争いは終わらず、差別は終わらず、恐怖は消えなかった。
何事にも被害者と加害者が存在し、戦争で泣く子供も、戦争で甘い汁を吸う大人も存在する。
もう正式な方法じゃダメなんだ。人間ってのはそういう生き物なんだ。
命がある限りこの世の修行は終わらないというのに……。
善悪も定まらない。あれはただの集団心理だ。
しかし、神を超えれば、争いの元を断てば、人類は変わる。
生命の終わりも繁殖理由も神の支配もない。あの2つの実を手にいれさえしていれば真の平和が手にはいる。人類は生まれ変われる。
人類という種を概念から変革させることができる。
誰もが神を超える存在となり、永遠の命を得て、人類に不平等はなくなるのだ。
そして、新人類こそが本当の正解を探してくれる。
今の世に正解はない。もちろんこの願望も正解ではない。本来なら、選びたくなかったがね」」
壮大だ。
彼らは本当に人類という種を愛している。
俺にも分かる。こいつらは絶対的悪ではない。
悪なのかすら分からない。方法が強引なだけの平和を求める兄妹ではないか。
しかし、そんな人類を黒は認めようとはしていない。
ルイトボルト教の教えという物だろうか。
彼女の人柄故の感情であろうか。
「どうせ、それも建前なんでしょ!!!
どうせ、そんな世界であなたは人類を監視する。
上の立場で支配する。そんなの神と変わらないじゃない」
彼女は疑う。しかし、妖魔王はその黒からの印象を聞いた瞬間に、声を張り上げてその印象を否定した。
「「それは違うぞ黒っ。我(妾)らは神という者を除外するのだよ。人類が先に進んだ世界に、我(妾)らは不要。我(妾)らは新人類に含まない。我(妾)らは旧世界の獲得者だ。
ルイトボルトも神なのだろう?
新人類が神を超える存在ならば、我(妾)らは神にはなれない。ルイトボルトは不死身でもないしね」
「えっ………?」
───なんだよ。なんだよそれ。
黒は妖魔王からの返答に一度固まってしまう。
きっと、その新しい世界では妖魔王の支配の元に運営される権力の世界と思っていた。
どうせ、そのような人間だと黒は思っていた。
結局は自分の願望を叶えたいだけの愛を語っていると思っていた。
しかし、実際はそこには邪な感情などはない。
妖魔王の目がその事を語っている。あの真実を述べるような2人の純粋な瞳がそれを物語っている。
それもそのはずだ。
妖魔王は本当に旧人類の最後として新人類の世界を創るつもりなのである。
その証拠に先程妖魔王は「我(妾)らはただそれを見守るだけだ」と言っていた。
ただ見守るだけ。
支配することも、君臨することもない。
ただ見守るだけ。
そこに欲などない。ただの慈悲である。
孤独な慈悲である。
彼ら以外はすべて新人類。
周囲としてだけではなく、種族としての孤独。
妖魔王には人類…………いや神さえもいなくなる。
その孤独が彼らが基礎を変えるために背負った罰。
彼らが【鍵】を手にいれても、彼ら自身がその結果を味わうことがない。
ここまで彼らが死ぬほどの苦労を経験してきたのに、自分は味わえない。
孤独に死に怯えながら、自らが創った新人類とは違う人生を生きなければならないのだ。
「「我(妾)らが指している世界はすべてだ。
人類の生きる平行世界すべてのことを指している。一括りという奴だね。
つまり、平行世界群には『妖魔王の理想の世界群』と『妖魔王の理想がかなわない』の2つしか残らない。
余った残りは自ら滅びを与えれば、人類は確定するのだからね。それが終われば役目は終わりさ。
我(妾)らは旧人類。いやルイトボルトとして最後まで罪を背負うつもりよ」」
「そっ…………それでも…………」
その声に黒の最初の威勢はすでになく。
絞り出したような小声で、妖魔王に訴える。
黒が目の前にしている妖魔王。
彼らの願望は凄まじいものであった。
共感されることもなく。
同情されることもなく。
そんなの辛い………なんて一言で片付けられるものじゃない。
孤独だ。自分だけが他者とは違う。置いていかれた旧人類。同じ人類に置いていかれた神。
なのに、彼らは自分の願望を涼しげな表情で語っている。
そんな世界になったらと誇らしげに語っている。
「「認めないかい…………。
それは何故だい? 黒。君は何故否定する?
神に従えているから……という理由だけではないのではないかい?
さぁ、その理由を我(妾)らに聞かせてくれよ」」
黒を見る。
妖魔王から質問を投げ掛けられた彼女を見る。
彼女は悩んでいた。いや、悩んでいるほど冷静ではなかった。
目を見開き、どうすればいいか分からない顔である。
「私は…………私は…………!!」
口が震えている。あの質問に答えようとはしない。しようとしてもできないようだ。
妖魔王…………あいつはなにかを知っているのか。知っていてわざと俺に話を聞かせるために煽っているのか。
あいつは「我(妾)らに聞かせてくれよ」と言っているが、実際は俺に聞かせるために煽っているのか。
しかし、無理をする必要はないはずだ。
「おい妖魔王。これ以上は俺が…………。」
「明山…………いいの。
私はもう言うことにしたわ。どうせ言わなきゃいけないけど。
────ここにきた瞬間の話はあなた、聞いていなかったのよね?」
前にもこんなことがあった。その時は、黒が俺にカミングアウトしようとしてくれた話を偶然にも聞き取れなかった。
この世界に来てすぐの話だ。
だが、もうこの距離なら彼女の秘密は確実に耳にはいる。誤魔化すことはできない。確実に記憶に残る。
それがなんだか俺には怖くなった。彼女の秘密を聞いてしまうのが怖いと感じてしまった。
黒が前にも発言しようとしていた時は、覚悟の目だった。
何を覚悟していたのか。それを俺に聞いても分からない。
ただ、あれほど真剣な儚い目をしていた彼女を見るのが初めてだったから。
俺にもその話を聞く覚悟がいるはずだ。
「………………ああ」
軽い深呼吸をして心を落ち着かせる。
彼女が秘密をしゃべるのだ。
その決意を再びしてくれたのだ。それを真剣に聞かない者がどこにいるだろうか。
「明山…………。私はね、嘘をついてたの。人間じゃないの。
前の鍵の獲得者であるルイトボルトなのよ!!!」
─────何を言っているんだ。
ただの文章のはずなのに、俺の頭がその言葉を聞き間違えたのか?
世界が色を失う。灰色になる。
自分の耳がおかしくないことはわかっている。
それでも、それでも、彼女の秘密を否定したがっている自分がそこにはいた。
おそらく、これは表向きは交渉だがYESと言えば負けてしまうイベント的なものだろう。
もちろん、俺ならばかっこいい台詞と一緒に断ってしまう。
だが、妖魔王が選択を指定してきたのは黒。
彼女がそんなイベントだということを理解するほど賢い女ではないことくらい俺は知っていた。
彼女に選択させてはまずいのだ。
「おい、黒?」
先程から無言で悩んでいる黒が心配だ。
こいつ、妖魔王の要求に二つ返事でOKを出しそうな気がする。
彼女の強欲な性格は世界を我が物にしてしまうほど、底の深いものではないことを祈るしかない。
「世界の半分ですって?
──────いらないわよ」
その返答に妖魔王は疑問を持った。
「「なぜだよ。何故いらないのさ!?」」
「世界の半分なんて手に入れても、私は半分どころか全部私のだもん」
強欲だ。
その感情がどこから沸いて出てきたのか分からないくらい強欲だ。
俺が想像していた彼女の欲をずば抜けて、彼女は強欲であった。
「「お前…………アハッ。アハハハハハハハハハ!!!!!
いいな。いいよ。いいね。いいよな。いいともー!!
面白い。面白い。面白い!!!
ならば、我(妾)らに示してくれよ。
その世界を牛耳る実力、楽しみだよ本当にね!!!!」」
妖魔王が黒を嘲笑いながら、力を解放していく。
その力は金剛の時よりもさらに何倍も邪悪で明るいオーラを発している。
そのオーラに圧倒されて戦意を喪失しそうになるが。
俺が……俺たちがこんな所で退くわけにはいかないのだ。
「それよりも、聞かせてもらうわ!!!」
すると、黒が大笑いしている妖魔王に向かって問いただす。
「「なにを?」」
「あなたの目的よ。何故あなたは鍵の獲得候補者でもないのに鍵を求めるの!?
信者でもないあなたが!!!」
まぁ、俺も信者ではないんだけどな。
どうやら、黒からは信者認定されているらしい。
この戦いが終わったら、徹底的に信者ではないことを教えてやらねばならない。
などと俺が考えていると、妖魔王はあわれみを向けるような目で俺たちを眺めてくる。
「「そうか。そうだね。君たちは金剛に伝えていたからね。我(妾)らも言わなきゃ不平等だ。
我(妾)らの願望…………世界を定める目的はただ1つ。
かつて、エデンの時から人間が背負いし原罪…………いや、神からの解放が我(妾)らの目的なのさ!!!」」
妖魔王が創造する世界。魔王による真の目的の告白。
それは予想以上に規模が大きい願望であり、壮大すぎる目的であった。
金知恵の樹の実。禁断の果実。
それは旧約聖書に書かれている物である。
それを食べたアダムとイブは原罪を背負うことになり、エデンの園を追放された。
神への裏切り。善悪の知識。
人類が背負うことになった原罪。
また、この実を食べたことによって、人間は死ぬことになったと言われている。
これは本来覆ることのない神話であり、それこそ覆そうとすれば、神からの罰が下されるだろう。
だが、妖魔王はそこに目をつけた。
この世界、いや、すべての世界でこの法則が定められているのなら、新しい世界を作り変えればいい。
この神話が届かない世界。新しい平行世界。
原罪からの解放。ゆくゆくは人類を生命の木と善悪の知識の木……両方の実を人類が喰らうように世界を造るというのだ。
いわゆる、それは神との同等化。新人類だけの世界。
それは平行世界であっても神を脅かすことになる。
「「我らはやり直す。今度はあの神を越える。神を落とす。人間は進まなければならない!!!
さらに上へ。神のその先へ!!
人類をその先へ誘うために我(妾)らは執行するのだよ」」
その世界の人類に神からの支配はない。
その世界の人類に死はない。
誰一人として神を見上げる者はいない。
それは天への叛逆。
人類が人類ではなく別の存在へと変わる世界である。
そこには現代の世界に起こるような問題が何一つない。
真の平等。真の幸福。真の平和。真の安全。
その世界に問題があるとすれば、それは現代人には考えられない新しい問題ではないか。
その考えになぜ妖魔王が至ったかは分からない。
こんなぶっ飛んだことを考える頭がどこにあるのだろう。
あんな普通の子供の兄妹に見える2人は、どうすればこんな願望が生まれるような状況に至るのだろう。
しかも、それは自らの支配のためではない。
人類を愛する愛ゆえである。
この歪みきった愛ゆえの願望である。
「「もちろん、それは君たちも例外ではない。もう別れを惜しむことも苦しむこともないんだ。我(妾)らもそれ以上はなにもしない。
我(妾)らはただそれを見守るだけさ」」
確かに永遠の命等を手にいれて、神を超える存在へと人類が到ってしまえば、もう悲しみはない。
死の別れも、辛い別れも、苦痛に満ちた苦しみも、何もない。
確かに、その世界は平和な世界である。
【皆の事を想った行動】をとった結果、人類が死から救われて、神を超えられる。
妖魔王の願望に個人的な私欲はない。
だが、その願望について俺は言い表せない感情に捕らわれた。
確かに【皆の事を想った行動】だ。俺の信念と同じ行動だ。
でも、けれども、その世界に俺は…………。
「ふざけるな!!!
神との同等化? それを超す?
空想論をペチャクチャと喋りやがって」
黒の怒りの抗議にハッと我に返る。
黒がここまで怒ったのを俺は始めてみた。
「あんたみたいな愚か者は初めてだ。人類をその先に進ませる?
誰が頼んだ。誰が望んだ。
確かに、あなたの願望とする世界は立派だよ。
でも、そんな空想を誰かが望んだか!!!」
「「望んだかだって? 望まないよ誰も……。
誰も空想論だと信じちゃくれなかった。不可能だと罵ってきた。でも、それがどうした?
どうせ、新しい世界では反論していたことさえ忘れているのだからね。
だが、平和な世界を求めてなにが悪い?
この世界に理想郷なんてない。犠牲者がでない土地なんてないんだよ。平和な世界は無いんだ。
この世の最悪を誰かに押し付け、集団で叩く。
思いやり、同情しても、悪を決めつけ片方を擁護する。
正しさ 間違い などと言う人間が決めただけの定義に呑まれ、個人の個性を潰す。
誰かのためと言いながら、誰かに頼まれもせずに自分の好き嫌いで物事を消す。
正しい決闘の仕方も忘れ、仮想内の集団で正義の裁きを下す。
個人より永く価値がある物を否定し、歴史的価値を知らず壊す。
幸せだけの人生を求めようとして、平穏を愛さない。
他者を信じない。愛さない。愛せない。
だが、我(妾)らはそれを肯定も否定もしない。
それが人間の特性だ。欲望に生きる獣の本能だ。
強欲な欲望を兼ね備えた獣の世界だ。
この数世紀人類の争いは終わらず、差別は終わらず、恐怖は消えなかった。
何事にも被害者と加害者が存在し、戦争で泣く子供も、戦争で甘い汁を吸う大人も存在する。
もう正式な方法じゃダメなんだ。人間ってのはそういう生き物なんだ。
命がある限りこの世の修行は終わらないというのに……。
善悪も定まらない。あれはただの集団心理だ。
しかし、神を超えれば、争いの元を断てば、人類は変わる。
生命の終わりも繁殖理由も神の支配もない。あの2つの実を手にいれさえしていれば真の平和が手にはいる。人類は生まれ変われる。
人類という種を概念から変革させることができる。
誰もが神を超える存在となり、永遠の命を得て、人類に不平等はなくなるのだ。
そして、新人類こそが本当の正解を探してくれる。
今の世に正解はない。もちろんこの願望も正解ではない。本来なら、選びたくなかったがね」」
壮大だ。
彼らは本当に人類という種を愛している。
俺にも分かる。こいつらは絶対的悪ではない。
悪なのかすら分からない。方法が強引なだけの平和を求める兄妹ではないか。
しかし、そんな人類を黒は認めようとはしていない。
ルイトボルト教の教えという物だろうか。
彼女の人柄故の感情であろうか。
「どうせ、それも建前なんでしょ!!!
どうせ、そんな世界であなたは人類を監視する。
上の立場で支配する。そんなの神と変わらないじゃない」
彼女は疑う。しかし、妖魔王はその黒からの印象を聞いた瞬間に、声を張り上げてその印象を否定した。
「「それは違うぞ黒っ。我(妾)らは神という者を除外するのだよ。人類が先に進んだ世界に、我(妾)らは不要。我(妾)らは新人類に含まない。我(妾)らは旧世界の獲得者だ。
ルイトボルトも神なのだろう?
新人類が神を超える存在ならば、我(妾)らは神にはなれない。ルイトボルトは不死身でもないしね」
「えっ………?」
───なんだよ。なんだよそれ。
黒は妖魔王からの返答に一度固まってしまう。
きっと、その新しい世界では妖魔王の支配の元に運営される権力の世界と思っていた。
どうせ、そのような人間だと黒は思っていた。
結局は自分の願望を叶えたいだけの愛を語っていると思っていた。
しかし、実際はそこには邪な感情などはない。
妖魔王の目がその事を語っている。あの真実を述べるような2人の純粋な瞳がそれを物語っている。
それもそのはずだ。
妖魔王は本当に旧人類の最後として新人類の世界を創るつもりなのである。
その証拠に先程妖魔王は「我(妾)らはただそれを見守るだけだ」と言っていた。
ただ見守るだけ。
支配することも、君臨することもない。
ただ見守るだけ。
そこに欲などない。ただの慈悲である。
孤独な慈悲である。
彼ら以外はすべて新人類。
周囲としてだけではなく、種族としての孤独。
妖魔王には人類…………いや神さえもいなくなる。
その孤独が彼らが基礎を変えるために背負った罰。
彼らが【鍵】を手にいれても、彼ら自身がその結果を味わうことがない。
ここまで彼らが死ぬほどの苦労を経験してきたのに、自分は味わえない。
孤独に死に怯えながら、自らが創った新人類とは違う人生を生きなければならないのだ。
「「我(妾)らが指している世界はすべてだ。
人類の生きる平行世界すべてのことを指している。一括りという奴だね。
つまり、平行世界群には『妖魔王の理想の世界群』と『妖魔王の理想がかなわない』の2つしか残らない。
余った残りは自ら滅びを与えれば、人類は確定するのだからね。それが終われば役目は終わりさ。
我(妾)らは旧人類。いやルイトボルトとして最後まで罪を背負うつもりよ」」
「そっ…………それでも…………」
その声に黒の最初の威勢はすでになく。
絞り出したような小声で、妖魔王に訴える。
黒が目の前にしている妖魔王。
彼らの願望は凄まじいものであった。
共感されることもなく。
同情されることもなく。
そんなの辛い………なんて一言で片付けられるものじゃない。
孤独だ。自分だけが他者とは違う。置いていかれた旧人類。同じ人類に置いていかれた神。
なのに、彼らは自分の願望を涼しげな表情で語っている。
そんな世界になったらと誇らしげに語っている。
「「認めないかい…………。
それは何故だい? 黒。君は何故否定する?
神に従えているから……という理由だけではないのではないかい?
さぁ、その理由を我(妾)らに聞かせてくれよ」」
黒を見る。
妖魔王から質問を投げ掛けられた彼女を見る。
彼女は悩んでいた。いや、悩んでいるほど冷静ではなかった。
目を見開き、どうすればいいか分からない顔である。
「私は…………私は…………!!」
口が震えている。あの質問に答えようとはしない。しようとしてもできないようだ。
妖魔王…………あいつはなにかを知っているのか。知っていてわざと俺に話を聞かせるために煽っているのか。
あいつは「我(妾)らに聞かせてくれよ」と言っているが、実際は俺に聞かせるために煽っているのか。
しかし、無理をする必要はないはずだ。
「おい妖魔王。これ以上は俺が…………。」
「明山…………いいの。
私はもう言うことにしたわ。どうせ言わなきゃいけないけど。
────ここにきた瞬間の話はあなた、聞いていなかったのよね?」
前にもこんなことがあった。その時は、黒が俺にカミングアウトしようとしてくれた話を偶然にも聞き取れなかった。
この世界に来てすぐの話だ。
だが、もうこの距離なら彼女の秘密は確実に耳にはいる。誤魔化すことはできない。確実に記憶に残る。
それがなんだか俺には怖くなった。彼女の秘密を聞いてしまうのが怖いと感じてしまった。
黒が前にも発言しようとしていた時は、覚悟の目だった。
何を覚悟していたのか。それを俺に聞いても分からない。
ただ、あれほど真剣な儚い目をしていた彼女を見るのが初めてだったから。
俺にもその話を聞く覚悟がいるはずだ。
「………………ああ」
軽い深呼吸をして心を落ち着かせる。
彼女が秘密をしゃべるのだ。
その決意を再びしてくれたのだ。それを真剣に聞かない者がどこにいるだろうか。
「明山…………。私はね、嘘をついてたの。人間じゃないの。
前の鍵の獲得者であるルイトボルトなのよ!!!」
─────何を言っているんだ。
ただの文章のはずなのに、俺の頭がその言葉を聞き間違えたのか?
世界が色を失う。灰色になる。
自分の耳がおかしくないことはわかっている。
それでも、それでも、彼女の秘密を否定したがっている自分がそこにはいた。
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しかし、そんな彼の行く手を阻むのは、山賊野盗に悪剣士、ルークに恋する女達。仇の片割れハーラ・グーロに、恩人の娘もルークを追う。
果たしてルークは、剣の腕を磨き、仇を討てるのだろうか。
時き継幻想フララジカ
日奈 うさぎ
ファンタジー
少年はひたすら逃げた。突如変わり果てた街で、死を振り撒く異形から。そして逃げた先に待っていたのは絶望では無く、一振りの希望――魔剣――だった。 逃げた先で出会った大男からその希望を託された時、特別ではなかった少年の運命は世界の命運を懸ける程に大きくなっていく。
なれば〝ヒト〟よ知れ、少年の掴む世界の運命を。
銘無き少年は今より、現想神話を紡ぐ英雄とならん。
時き継幻想(ときつげんそう)フララジカ―――世界は緩やかに混ざり合う。
【概要】
主人公・藤咲勇が少女・田中茶奈と出会い、更に多くの人々とも心を交わして成長し、世界を救うまでに至る現代ファンタジー群像劇です。
現代を舞台にしながらも出てくる新しい現象や文化を彼等の目を通してご覧ください。
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