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第16章 どうやら金剛は八虐の謀反のようです。

正義

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 仲間を失いながらも戦い。
たった1人で虚悪を滅ぼし。
男は英雄になった。
平和な世界の中で彼の持つ正義はピカピカに輝き。
彼はこの世界を救った英雄になった。

「あれが英雄…………」
「あの人こそこの世界の主役よ~」
「平穏をありがとう~平和をありがとう~」
「「ありがとう~ありがとう~ありがとう~ありがとう~ありがとう~ありがとう~ありがとう~ありがとう~」」

国中の民衆から祝福されて歓喜された。
彼のためのパレードが開かれ、何千人もの民衆が彼に感謝の意を述べるために集まった。
町中の窓という窓から雨のように大量の紙吹雪。
それは暖かな太陽の光を反射して、星のように幻想的な風景だった。
周囲から聞こえる感謝の声。
彼を祝うために歌い演奏される楽器たち。
平和に包まれたその町中を彼は手を降りながら、ただ馬車で運ばれる。
嬉しかった。
自分が世界の中心…………主人公であるかのように感じた。
いや、実際にその光景から見ても、彼がこの世界の主役であることは間違いない。
民衆のすべてが彼に感謝し、崇めてくれる。
彼はとても幸せな気分を味わった。



 その後もやまないたくさんの依頼。
世界を救った英雄に舞い込んでくるたくさんの依頼と感謝の手紙。
彼の正義を必要とする弱き者からの願い。
彼の信用はうなぎ登りの大人気。
すべての人に求められ、すべての人に愛された。
彼が届いた依頼を断ることはなく。
その正義のために働いた。
侵略者を殺し。
敵国を砕き。
戦地に加担し。
悪を滅する。
求められれば飛んでいき。
その圧倒的な力で悪を殺し、「ありがとう」殺し、「ありがとう」殺し、「ありがとう」殺し、「ありがとう」殺し、「ありがとう」殺し、「ありがとう」殺し、「ありがとう」殺し、「ありがとう」殺し、「ありがとう」殺し、「ありがとう」殺し、「ありがとう」殺す。
その度に依頼主に感謝され、国に誉められ、民衆に歓喜される。
彼が悪を殺す度、彼の正義は賞賛される。
そんな自分がいつの間にか。彼は好きになっていた。彼は正義に酔っていた。
そのため、戦地では無慈悲な冷徹。
敵国、敵組織、侵略者……あらゆる者に慈悲は不要だった。
彼が加担した国は勝利し、彼が敵対した国は滅ぶ。
彼に救いを依頼した者は救助され、彼に出会った悪は死ぬ。
彼は依頼が来れば何でも殺した。
戦地では魔王であり、国では勇者。
その相反する側面が彼の中では蠢いていた。
そして、その正義はだんだんだんだんゆっくりゆっくりと暴走していくのである。



 あらゆる敵を殺した。
あらゆる人を救った。
数えきれない命のやり取りの中………その日は訪れた。
国中に麻薬が広まったのである。
それを一度でも吸引した者は狂い、悶え、生きる気力さえ失った。
正義に守られていた住民は悪に染まり、暴走していった。
殺人、強盗、虐待、放棄、暴行、恐喝、人食、強姦。
人々はそれを獲るために犯罪を繰り返し、欲望のままに生きていた。
それを吸引しなかった者は被害を受けて弱者になった。
麻薬を得るために奴隷として売られた子。
支払いで金を失くし、強盗を繰り返す者。
金で得た購入者から殺して麻薬を奪う者。
この国は混沌の時代に呑み込まれて行ったのである。
そんな中でいつも通りに依頼を受けた彼は麻薬豪商の1人である男の隠れ家に潜入し、歯向かう者を皆殺しにしていった。
すべては麻薬で涙した者への悲しみ。
すべては麻薬で幸福を得た者への怒り。
数々の想いを背負って虐殺を繰り返す。
だが、麻薬豪商の1人との対面の際に、彼の心は激しく音を経てて崩れ落ちた。
その顔を見た瞬間に彼の中で何かが壊れた。
その顔はかつて依頼を受けた際に救出したうちの1人であったのだ。



 雨が降っている。
返り血に染まった全身を雨が洗い流してくれる。
立ち去る屋敷は静かに音もなく彼を見送っている。
孤独な彼はただ1人。罪の意識を感じて道を歩いていく。
麻薬豪商を殺しても、他の麻薬豪商を殺さねば意味はない。
麻薬豪商を殺しても、麻薬に狂う前の世界は戻ってこない。
どんな方法を行っても償うことのできない失態なのだ。
あの時……正義を判断しておけば。
あの時……求められる声を選択しておけば。
歩んでいた足はとまり、その場に立ち尽くして呆然と空を見上げる。

「……………」

彼が苦悩することになるなんて、いつか来ることだと分かっていた。
理解してはいた。
だから、その日までは無かったことのように耳を塞いでいた。
戦地に聞こえる助けを求める子供の声。
戦地に聞こえる親の帰りを待つ子供の声。
どうせ、自分の正義は腐っていると理解する日が来るのなら、その日まではと思っていた。
自分の正義が道を外れていくのは感じていた。
誰も彼を止めてはくれなかった。
誰も彼を止めるわけにはいかなかった。
彼らは彼を利用し、彼は彼らからの敬意に酔っていたからだ。
彼は求められる声に向かいすぎたのだ。
火に飛び込む夏の虫のように、その身を後悔に燃やしていた。
誰が予想できただろうか。
弱者の衣を被った邪悪がいるなど、誰が予知できるだろう。
形はどうであれ麻薬豪商を救い、野に放ったのは他でもない彼なのだ。
その事が彼の心を汚していく。
罪悪感があふれでてくる。
彼は自分の正義に酔っていた過去を呪った。悔やんだ。
そして、彼はこの世界を救った英雄を捨てた。
この世界の主人公ではない。ただの1人として滅び行く国を見棄てて立ち去っていった。
もう彼を求める声は彼には聞こえない。
もう叫んでも彼には届かない。
彼は自分の正義と自分の国を見棄てて、虚ろな目で姿を消したのだ。



 それでも、彼への責任はまとわりついてきた。
国が、責任を感じ孤独な余生を過ごそうと考えていた彼に麻薬の責任を押し付けようとしていたのだ。
かつての英雄は犯罪者として語られ。
そこで育った若者は謀反人として彼の事を教育された。
自分が倒した虚悪の根源に、今度は自分がなったのだ。
ただ1度の失敗が彼の栄光を粉々に打ち砕いたのである。
迫り来るのは、かつて自らが救った民の子孫たち。
迎え撃つのはただ1人。
命を救った民の子孫が彼の命を狙っている。
3万という若者や国民が彼の首を討ち取りにやって来たのだ。

「あれが魔王…………」
「あいつこそが元凶だ!!」
「奴を殺せ!!   復讐の時だ!!」
「殺せ!!   殺せ!!  殺せ!!   殺せ!!
殺せ!!  殺せ!!  殺せ!!  殺せ!!」

たくさんの人間から呪われて恨まれた。
彼を討つために軍が形成され、3万人の人が彼を討ち取るために集まった。
曇り曇った空から雨のように大量の矢。
それは1人を狙って、豪雨のように残酷的な光景だった。
周囲から聞こえる呪怨の声。
彼を討ち取るために放たれる魔法たち。
仲間の子孫がいたとしても、彼は何も言わずにただ耐える。
つらかった。
自分が世界の邪悪…………悪役であるかのように感じた。
いや、実際にその光景から見ても、彼がこの世界の悪役であることは間違いない。
民のすべてが彼を恨み、敗北を願っている。
彼はとても無価値な気分を味わった。
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