上 下
210 / 294
第13章 どうやら犯人は八虐の不道のようです。

さようならシュオルの町

しおりを挟む
 先程、紅葉が能力で作っていた刃物。
俺はその刃物で自分の腹に切腹を行った。
刃物を刺した俺の腹からは当たり前のように血が出てくる。
腹部からの出血。
スポンジの能力には水分を取られて、更に血液まで失いかけている。
腹から来る激しい悶えたくなるほどの痛み。
その刃物は腸の上の方にまで及んでいた。
だが、俺はその痛みを死ぬ気で耐え忍ぶ。
そして、俺はヌメヌメと生暖かい血と肉の間に手をいれる。
自分の腹に手をいれるなんて気持ちが悪い。
苦しい。
痛い。
死にたい。
痛い
苦しい。
しかし、俺は切り裂いた腹内の手を漁り続ける。
人間はいったい切腹を行ってもどのくらい耐えれるのだろう。
どのくらいの痛みに耐え続けなければならないのだろう。
それを本当に心から知っているのは今は俺しかいない。
クソ苦しく痛い…以上なのは確かである。



 しばらくの間、腹を漁っていると腸の上の方で何かが俺の指に当たる。
生暖かい生き血でヌメヌメとして完全に正体は分からないが、それは少しずつ大きくなっていた。
俺の血液を大量に吸いながら大きくなっている。
おそらく、今俺の指先にあるこれこそがスポンジ。
俺は焦らず冷静にその物体を掴む。
血液で指が滑りやすいが、必死に物体を掴んで俺は自らの腹から手を抜こうと試みる。
腹から腕を抜くと激痛が全身を走り、苦しさが増すが仕方がない。

「ウ゛オ゛ォ゛ォ゛オ゛ォ゛ォ゛ォ゛ッ゛ッ゛ッ゛ッ゛!!!」

体内にある物体を離さないように掴む。
ここで離してしまえばもう腹を切った意味がない。
この切腹で死ぬかもしれないが、俺はこの行動に意味があると信じる。



 痛み苦痛痛み苦痛痛み苦痛痛み苦痛痛み苦痛痛み苦痛。普通は死んでしまう。俺の腹から出てきた物体は、外に飛び出してもなお表面についた血液を吸い上げて膨張を続けている。

「バカな。なんて奴だ」

犯人は顔色を真っ青に染め上げて俺を見る。
お互いに血だらけの死にそうな2人。

「お前を倒せばスポンジの能力は消えるんだろ?
でも、お前を倒すよりスポンジで破裂する方が早い。だから、時間を作るためにスポンジを取り除いたんだ」

お互いにふらつく足取りで歩く2人。
1人は逃れようと歩き、1人は捕らえようと歩く。
これはもはやどちらの気力か体力が尽きるのが速いかの勝負である。
どちらが先に倒れてもおかしくはない。
だが、勝敗の流れは間違いなく俺の方へと来てくれていた。

「俺はもう数分で死ぬ。だが、黒の回復魔法で傷を塞いでくれれば助かる。これは賭けだ。俺の命は仲間に賭ける!!」

仲間を信じる心が今の俺を突き動かしてくれる。



 ここまで本当に長かった。
沢山の犠牲者の想いを無念を晴らせるチャンスは訪れたのだ。
犯人によって山上のように家族を殺されたり友人を殺された人もいるだろう。
簀巻が正体を教えてくれた。
紅葉が犯人を弱らせてくれた。
山上がサポートをしてくれた。
妙義が覚悟を決めてくれた。
みんなの活躍がこうしてこの刻を運んできてくれたのだ。
だから、俺はこの瞬間までに努力してきてくれた全てのみんなの為にこの技を使おう。
この命が尽きてしまおうとも……。

「──『100円連続パンチ』!!!!」

俺は100円玉を取り出すと、犯人の服を掴む。
そして、俺がきちんとした技名を口にすると、犯人は恐ろしそうに唾を飲み込む。



 震えが止まらない。
目の前に現れた死の恐怖。
犯人だって人間だ。
彼が今まで与える側だっただけのことで、今回はその逆。
人の死は清々しいいい気分になれるが自分の死は別だというなんと呆れた考え方であろうか。
命を取る側は取られる覚悟もしなければならないというのに……。
しかし、そんな彼を責めてはいけない。
彼には死が大きな口を開けて待っているのだ。
死の恐怖を感じ、冷や汗を流しながら、犯人は自分の妹である妙義の顔を助けを求めるような目で見る。

「今までありがとう兄さん。さようなら」

そんな彼の顔を妙義はとても憐れな者でも見るような目で、それでいて悲しそうに兄の最後の姿を眺めている。
もう犯人を助けてくれる者はこの場にはいない。
犯人は吐息を漏らしながら、俺の顔を睨み付けると……。

「こ……こ………このクソ野郎がァァァァァァ!!!!!」

その遺言を合図に俺は犯人の身体を宙に投げる。
だが、犯人は最後まで反抗せずに死を受け入れるつもりのようだ。
そして、妙義の憐れんだ涙が1滴瞳から落ちると同時に犯人へ俺の連続パンチが炸裂する。



 犯人の視界には既に1擊目の拳が向かってきているのが見えており、それがゆっくりと長い時間をかけて向かってきているように感じた。
スローモーションのようにゆっくりとゆっくりと……。
目の前に現れる拳の形。
ついに1擊目が来…………。

「オリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャ!!!
ウリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャ!!!!
オリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャ!!!!!
オリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャ……オ゛リ゛ャ゛ァ゛!!!!!!」

確実にパンチを当て続ける40秒。
1撃1撃に気合いを込めて拳を犯人にぶつける。
これまでの感謝。
過去までの断罪。
数百もの拳の嵐が1人の男へと繰り出されているのだ。

「──ヴァギアリャァァァァァァァ!?!?!?」

観光客の賑わうお祭り騒ぎの町中。
1人の殺人鬼が最後に叫び声をあげたのだが、その声は近くにいた者以外に聞き取られる事はない。

今年も変わらずシュオルのお祭りは盛り上がっている。
まるで何事もなかったかのように……。



────────────────

    全てが終わった。
恐怖を振り撒いてきた殺人鬼の彼が死んだことにより、被害者の止まった時間は動き始める。
復讐という道を失った者はいったいこれから何を目標に行き続けるのだろうか。
帰りを待つ者たちはこれからも犠牲者の帰りを待ち続けるのだろうか。
事情を知らない仲間たちは1人の大切な仲間を信じて帰りを待ち続けるのだろうか。
そんなことは今の俺にはまだ分からない。

ただ今言えることは2つある。
1つ目はこれはまだ戦いの途中であるということ。
鍵の獲得候補者という立場の俺を狙う者はまだいるのだ。
2つ目は犯人の死亡が確認された瞬間、妙義は涙を流しながら空を眺めていたということ。

その後すぐは俺もよく覚えていない。
切腹の傷が痛すぎて、気を失ってしまったのだ。
ただ、次にもし目が覚めるときがあるとすれば、俺は仲間を信じて正解だったということだ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

異世界の剣聖女子

みくもっち
ファンタジー
 (時代劇マニアということを除き)ごく普通の女子高生、羽鳴由佳は登校中、異世界に飛ばされる。  その世界に飛ばされた人間【願望者】は、現実世界での願望どうりの姿や能力を発揮させることができた。  ただし万能というわけではない。 心の奥で『こんなことあるわけない』という想いの力も同時に働くために、無限や無敵、不死身といったスキルは発動できない。  また、力を使いこなすにはその世界の住人に広く【認識】される必要がある。  異世界で他の【願望者】や魔物との戦いに巻き込まれながら由佳は剣をふるう。  時代劇の見よう見まね技と認識の力を駆使して。  バトル多め。ギャグあり、シリアスあり、パロディーもりだくさん。  テンポの早い、非テンプレ異世界ファンタジー! *素敵な表紙イラストは、朱シオさんからです。@akasiosio

悠久の機甲歩兵

竹氏
ファンタジー
文明が崩壊してから800年。文化や技術がリセットされた世界に、その理由を知っている人間は居なくなっていた。 彼はその世界で目覚めた。綻びだらけの太古の文明の記憶と機甲歩兵マキナを操る技術を持って。 文明が崩壊し変わり果てた世界で彼は生きる。今は放浪者として。 ※現在毎日更新中

お気楽少女の異世界転移――チートな仲間と旅をする――

敬二 盤
ファンタジー
※なろう版との同時連載をしております ※表紙の実穂はpicrewのはなまめ様作ユル女子メーカーで作成した物です 最近投稿ペース死んだけど3日に一度は投稿したい! 第三章 完!! クラスの中のボス的な存在の市町の娘とその取り巻き数人にいじめられ続けた高校生「進和実穂」。 ある日異世界に召喚されてしまった。 そして召喚された城を追い出されるは指名手配されるはでとっても大変! でも突如であった仲間達と一緒に居れば怖くない!? チートな仲間達との愉快な冒険が今始まる!…寄り道しすぎだけどね。

【完結】失くし物屋の付喪神たち 京都に集う「物」の想い

ヲダツバサ
キャラ文芸
「これは、私達だけの秘密ね」 京都の料亭を継ぐ予定の兄を支えるため、召使いのように尽くしていた少女、こがね。 兄や家族にこき使われ、言いなりになって働く毎日だった。 しかし、青年の姿をした日本刀の付喪神「美雲丸」との出会いで全てが変わり始める。 女の子の姿をした招き猫の付喪神。 京都弁で喋る深鍋の付喪神。 神秘的な女性の姿をした提灯の付喪神。 彼らと、失くし物と持ち主を合わせるための店「失くし物屋」を通して、こがねは大切なものを見つける。 ●不安や恐怖で思っている事をハッキリ言えない女の子が成長していく物語です。 ●自分の持ち物にも付喪神が宿っているのかも…と想像しながら楽しんでください。 2024.03.12 完結しました。

少年剣士、剣豪になる。

アラビアータ
ファンタジー
 此処は架空の王国、クレムラート王国。木剣の音を聞くだけでも身の毛がよだつ程、武芸が嫌いな少年ルーク・ブランシュは、とある事件で恩人を喪ってしまう。恩人を葬った剣士、コジロウ・ミヤモトに一剣を見舞い、恩人の仇を討つため、一念発起、ルークは剣の修行に出る。  しかし、そんな彼の行く手を阻むのは、山賊野盗に悪剣士、ルークに恋する女達。仇の片割れハーラ・グーロに、恩人の娘もルークを追う。  果たしてルークは、剣の腕を磨き、仇を討てるのだろうか。

時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ
ファンタジー
少年はひたすら逃げた。突如変わり果てた街で、死を振り撒く異形から。そして逃げた先に待っていたのは絶望では無く、一振りの希望――魔剣――だった。 逃げた先で出会った大男からその希望を託された時、特別ではなかった少年の運命は世界の命運を懸ける程に大きくなっていく。 なれば〝ヒト〟よ知れ、少年の掴む世界の運命を。 銘無き少年は今より、現想神話を紡ぐ英雄とならん。 時き継幻想(ときつげんそう)フララジカ―――世界は緩やかに混ざり合う。 【概要】 主人公・藤咲勇が少女・田中茶奈と出会い、更に多くの人々とも心を交わして成長し、世界を救うまでに至る現代ファンタジー群像劇です。 現代を舞台にしながらも出てくる新しい現象や文化を彼等の目を通してご覧ください。

【完結】博士の実験

松竹梅
ファンタジー
研究者がとある実験を...

皇国の守護神・青の一族 ~混族という蔑称で呼ばれる男から始まる伝説~

網野ホウ
ファンタジー
異世界で危機に陥ったある国にまつわる物語。 生まれながらにして嫌われ者となったギュールス=ボールド。 魔物の大軍と皇国の戦乱。冒険者となった彼もまた、その戦に駆り出される。 捨て石として扱われ続けるうちに、皇族の一人と戦場で知り合いいいように扱われていくが、戦功も上げ続けていく。 その大戦の行く末に彼に待ち受けたものは……。

処理中です...