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第一章 離島生活

22話 縁

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 男たちが海中に転んだ私を捉えようと手を伸ばす。

「捕まえたぞ!」
「あきらめるんだな!!!」

 しかし、私は彼ら二人にどや顔で振り返る。


「この未来は読了済みです」
「何?」
「どういうことだ? ってうわあああああ」


 突如、男たちの手足に何かがまきついた。
 ねっとりもっちりとした粘液の滴る何か。それは海から突然現れた。

 その発生源は何やら視覚で捉えることができない何か。


「なんだこれは!?」
「なんかの舌だ!!」
「こいつはぁ……海カメレオンじゃねえか!!!」


 そう、彼らの手足にまきついているのは離島近辺に生息している海の爬虫類、海カメレオン。肉食動物である。

 海カメレオンが真っ先に狙ったのは肉の多い男たち。私はさきほど以上に水を吸って重くなった修道服のまま陸に向かって走り始めました。もう限界、足も動かない。

 でも、男たち二人は聖女候補生を誰も攫えませんでした。これでいい。たとえここで私も海カメレオンの餌食になったとしても、今日誰も攫われることもなく、聖女の力が悪用されることもない。

 そして私がいなくなって教会の警備はもっと強まります。自由時間が減ってしまうかもしれませんが、みんなが安全に離島生活を送れるなら、私はそれでいい。
 本当は明日からも楽しい毎日が続くことを私は知っていました。でも、この道を選んだのは、その楽しいはずの毎日にサーシャさんの姿がないことを知っていたから。
 私はその未来を選べなかった。だから今ここで踏ん張っている。
 みんながまたこの島で朝日を浴びれるように。

 私の手足めがけて海カメレオンの舌が伸びる。どうやら私もここまでのようです。あまりの恐怖に目をつむる。

 瞼の裏に映るのは、藍色の髪の騎士の姿でした。これは……夢?

 夢?

 いいえ、これは…………


「クリスチナ嬢!」
「ヴィンセント様!!」


 私が見ていたのはまぎれもない数秒先の未来。夢なんかじゃない未来視でした。

 海に飛び込む前に見つけた私の未来視では、海カメレオンに襲われる男二人と私。そこまでしか視ていませんでした。だから、こんな風に助けてもらえるなんて夢にも思いませんでした。

 ヴィンセント様は伸びる舌を叩き切り、ヴィンセント様以外にも数名の騎士たちが駆け込んで来ては海カメレオンの討伐を始めました。
 私と一緒に襲われていた男二人も騎士たちによって捕縛されました。


「遅くなってすまなかった」
「いえ…………助かるだなんて……夢にも思いませんでしたので」


 私は視線をそらす。聖女候補生だというのに、危険な場所に黙って出歩いてしまったことが彼にばれてしまった。悪い子だと思われてしまうのではないか。

 そんな人から見れば小さな心配が、私の頭の中をかき乱します。嫌われたくない。失望されたくない。受け入れられない現実が来るのではないか。
 数秒先に知りたくない未来があるのではないか。そう思うと目を閉じることもできなかった。


「クリスチナ嬢」
「は、はい」


 彼が何かを言おうとしている。私はその言葉をじっと待った。激しい心拍音で胸が痛みを訴え始める。呼吸も苦しい。そして彼が言葉を続けた。


「無事でよかった」
「あ……はい」


 彼の言葉はただ私を心配する言葉。内心がどうだかは何も伝わらない。それでも、嫌われていないことだけはわかる。彼から伝わる感情は暖かいものでした。

 彼に抱きしめられる時に必ず鳴る鎖帷子の擦れる音は、あまり心地の良いものではありませんが、すぐそばに彼がいると思わせてくれる音でした。

 ヴィンセント様に連れられながら宿舎に戻ります。びしょびしょに濡れた私の服は吸い込んだ水分の分だけ重い。今の私はいつもより重く感じられているに違いない。
 そう思うと先ほどとは違う心配が私の頭の中を駆け巡りました。


「何か言いたいことでもあるのか?」
「どうして私が一人で歩いていたことを気にしないのですか?」


 体重を気にしているなんて言えずに、違う疑問を彼にぶつける。


「一人の聖女候補生が君の危険を案じてね。でもどうやら君もそれを理解した上で行動しているらしいと報告を受けたよ。だから何人かの聖女候補生の力を使って君を探し出した」


 そういわれて宿舎にたどり着くと数名の聖女候補生が私を待っていました。

 そこにいたのはヴィーちゃん、フランさん、ステフお姉ちゃん、モニカお姉ちゃん、サラさん、リナちゃん、ディちゃん。

 みんながどう力を合わせて私を探し出したのかまではわかりませんが、どうやら彼女たちの協力によって発見されたようです。

 皆さんはともかく、サラさんとリナちゃんはどうやって私の捜索に役立ったのか疑問でしたがすぐに解決。
 私を捕まえようとした人攫い二人が収容された部屋にサラさんとリナちゃんが向かっていきました。
 あの二人は魅了と悪感情の浄化ですから、事後処理として待機していたのでしょう。

 でも、どうして人災とわかったのでしょうか。単純に人災である可能性を考慮して待機してもらっていたということでしょうか。


「あの二人がいた理由が気になるか?」
「ええ、まあ……人災だなんて情報がどこから来たのかなと」
「あの二人はな。特に理由なく待機していたよ……何かの縁だと思えばいい」
「縁…………ですか」


 その言葉は、ヴィンセント様とはまた違った方向性で温かい言葉でした。

 あの後私はシスター・タチアナに呼びだされ、一晩中のお説教が始まりました。

 それでも、誰もかけることなく迎えた朝日を、私は誇らしげに眺めていました。あ、すごく眠たい。

 私はふらふらした足取りで自室に向かうと、泥のように眠ってしまい、未来視すら見れないほどの深い眠りについてしまいました。あとで聞いた話ですが、私は本当に幸せそうに眠っていたそうです。

 私はゆっくり目を覚ます。自室にはなんと水色の髪の女性、サーシャさんが眠る私の隣に座っていました。
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