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第1章 何もできない公爵令嬢

8話 変態達の公爵令嬢捜索

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=== sideイサアーク ===

 何故だ何故だ何故だ何故だ。

「ルクレシアはまだ見つからないのか!」

 俺は執務机を強く叩く。公爵家が所有する騎士団の連中は、何度も頭を下げる。

 優秀にまで育て上げたこいつらが、小娘一人見つけられないはずがないのだ。

「何かからくりがあるはずだ。何か見落としがあるはずだ」

 三日間無駄にしてしまった。

 あの御者さえいなければ、今頃俺は彼女の綺麗な足を枕に眠れた。

 三日も拘束されていれば、彼女もこちらに従順になるだろう。

 そうすればゆっくり愛を育めたというものを。

 だが、あの御者一人しかいなかったおかげで、まだ我が公爵家の犯行だとばれていない。

 本当に今現在のルクレシア失踪まで公爵家の犯行なのかとなる決定的証拠もない。

 彼女が我々以外に見つからない限りの話だが。

 見つけられない理由としては、他の誰かが先に見つけて匿っているか。

 幽閉……最悪の事態は国外への売り飛ばしや殺害だろう。

「彼女を手に入れるのは、俺だ」

 馬車を追いかけていた時、確かにそこにルクレシアがいたはずだ。

 座席の温もりがそれを確信させたのだから。

 ならば彼女がすぐに隠れることができた場所は、あの茂みのはずだ。現場を見直そう。

 今度は俺自らが捜索してやる。馬鹿どもに任せていられるか。

「待っていてくれよ。俺のルクレシア。願わくは、その神が降りたような足にまだ傷一つないことを祈っているよ。しかし、こないだはまだ彼女の綺麗な足を見せてもらう前だったからね。ああ、焦らされるのは苦手だ。気が狂ってしまう。吐き気が催すんだぁ。浮気とわかっているがぁ、つまみ食いがしたくなってしまうなぁ。我慢できなくなってしまうよぉ。この際、多少粗末な足でも構わない。なぁ小隊長、確か君の娘はルクレシアとそう年は変わらなかったよね?」

「ひぃ!? お見逃しください! お願いします! 必ずルクレシア様を発見いたしますから! 娘だけは! 娘だけは勘弁してください!」

 小隊長の娘は、少し細身でルクレシアより背が低い。

 足の長さや細さが彼女と異なるのは間違いないだろう。

 足の形はかなり近いかもしれない。問題は肌の色だ。

 ルクレシアは日焼けしないようにとメイド達に扱われて育っているが、小隊長の娘は平民だ。

 きっと肌の質は劣るだろう。

 だが、代用品としてはやはりルクレシアのようにすらっと長い足に雪のような白い肌。

 柔らかそうなふくらはぎに一切ムダ毛のない滑らかな足。

 さすがに太腿までは一部しか見たことがないが、あの太腿の柔らかそうな雰囲気は最高だった。

 明かりに照らされた肌が、あんなにきらきら光るのは、ルクレシアの魅力の一つだ。

 あの日、転んだルクレシアを見て数人の貴族が彼女に縁談の話を持ち掛けたと聞いたくらいだ。

 あそこまで綺麗な足は他にいないだろう。

 彼女の足の代わりになれるものなどそれこそ彼女の娘しかいないだろう。

 できることなら正式な婚約でお相手したかった。

 彼女と同じベッドで眠り、できれば足の出ている格好で寝て貰おう。

 足を絡ませながら抱きしめて寝るのもいいだろう。

 さて、まだ得てもいないもののことをどう使うか考えるより、どのように得るか考えようか。

 俺は馬にまたがり、例の馬車が放置された場所にまで馬を走らせたのだった。


=== sideグレイ ===


 ルーが誘拐されて三日たった。

 話によるとロムニエイ公爵家からの帰路で、ルーの乗った馬車は何者かに襲われたらしい。

 ルーの捜索には、様々な家が名乗り出てくれた。

 公爵家に恩を売りたい貴族は少なくないということだろう。

 または、この間の夜会のおかげだろうか。

 一部貴族は、ルーのことを次期王妃として見ているようだ。

 ならば余計に恩を売って損はしない。

 だが、それだけじゃない。

 ルーが邪魔だと思っていると考えられる貴族も必死に捜索を開始し始めた。

 これは、善意なのかそれとも邪魔者をひっそり消す為なのかが不安だ。

 どこが敵となるかわからない今。

 できれば王家かベッケンシュタイン家が見つけられればいいのだが。

 善意で探してくれている貴族まで疑いたくないが、とにかく今は彼女が見つかることを願おう。

 それが例え王家やベッケンシュタイン家に媚を売りたいだけの貴族だとしても有難い。

 彼女は今間違いなく危ない立場だ。その原因の一端は僕なのだけどね。

「失敗してしまったのかな」

 彼女のことは本気で守るつもりだった。だが、夜会は少しやりすぎたようだ。

 本当は、彼女が兄にエスコートされている時だって嫉妬していた。

 自分がと名乗り出てしまったのは、焦る彼女を見たいいたずら心ではない。

 彼女をエスコートしたい一心で、つい名乗り出てしまったのだから。

 勿論、驚いたり焦ったりする彼女を見るのは楽しかったし、浮かれて調子に乗っていたかもしれない。

 もう一度調べなおそう。まずは彼女が襲われた現場に行こう。

 今まで忙しくて見に行くことができなかったが、これ以上僕が動かないなんて我慢できない。

 それにもしルーが僕と再会したらどんな表情をするか興味もあるしね。

 僕は王宮にある馬小屋に足を運び、愛馬であるアルフレッドに跨ると、現場に向かって馬を走らせるのだった。

 一刻も早く彼女を見つけよう。できれば僕が見つけてあげたい。

 一番初めに助かったという表情をしたルーの顔を観察したい。

 彼女への想いは誰にも負けないと考えているが、誘拐までする奴もいるくらいだ。

 邪魔者扱いの誘拐でなく、彼女に魅了された故の誘拐ということもある。

 僕はそこまでするつもりはない。

 権力を使って半年後無理やり結婚しようとしたことは、この際棚に上げておこう。

 馬を走らせていると、例の現場にたどり着いた。

 そこには、私より先にロムニエイ公爵家のイサアークが到着して茂みを捜索しようとしていたところであった。
 
「イサアーク! 君もルー……ベッケンシュタイン嬢捜索か?」

「殿下!? ……勿論です。ベッケンシュタイン嬢は、殿下だけでなく俺の幼馴染でもあります。それに我が家を出てすぐに襲われたのです。せめて護衛一人ということを少しでも不安に思い、我が家からも数人連れて行ってもらえばこんなことには! この辺りは俺に任せて貰おうことはできないでしょうか」

 イサアークもこのあたりを探すらしい。僕は別の場所を捜索すべきだろうか。

 だが、何故だろうか。このあたりにルーはいないような気がする。

「そういえば、ベッケンシュタイン嬢が乗っていた馬車は公爵家に戻されたのかい?」

「ああ、彼女の馬車ですか? そうですね。多分そうだと思いますよ。……馬車に何か秘密でも?」

「いや……彼女の家の馬車のことで僕が知っていることなんて…………外装くらいかな?」

「そうですか。あの馬車は私も一度調べましたが、なんのメッセージも残されていませんでしたよ」

「そうか、ではここは君に任せよう。私は湖の向こう側でも見てこようかな、もしかしたら人攫いはボートで向こう岸にルクレシアを運んだかもしれない」

「なるほど? では、そちらをお願いします」

 僕はアルフレッドに跨ると、さっそく湖の向こう側ではなく、ベッケンシュタイン公爵家に向かうのであった。

 まずは彼女の馬車を調べよう。

 後方を確認すると、イサアークは森の中に消えていくのが見えた。

 あの森はそこまで大きくない。

 ルーといえどもいつまでも潜伏するような真似はしないだろう。

 であれば、彼女は敵味方の判別ができずに隠れていない限り、その森に残り続けるなんてありえない。

 数分でベッケンシュタイン公爵家に到着すると、すぐに彼女の馬車のある場所に案内してもらえた。

 馬車の中に入ると、僕は迷わずカーペットをどかした。

 そして床下の収納スペースを開くと、そこには赤い液体で記された文字が書き込まれていたのであった。

「ISAAK……イサアーク。この下手な血文字は間違いなく彼女の文字だろう」

 そこに記されていた内容を読んで少し安心したのであった。彼女は無事だ。

 間違いないだろう。だが、ではなぜ彼女は未だに失踪しているのだろうか。

 この隠しスペースにイサアークの名前が残っているということは、イサアークにここは見つかっていないはずだ。

 つまり彼女は、イサアークの家から逃げ出して、馬車が追い付かれる状況に陥った。

 だからここに隠れ込んだのだろう。そして血文字でメッセージを残した。

 ここにいつまでも隠れていられるかわからないことと、万が一馬車がロムニエイ公爵家に戻された場合のことを考えて彼女は馬車から脱出したそうだ。

 血文字には、その続きがない。これ以上は書けなかったのか。書かなかったのか。

「馬車があった場所の左右は森と湖。ルーが泳げるといった話は聞いたことがないな」

 やはり森に隠れているというのか?

 そういえば、あの湖の水は道半ばの川から流出していたな。

 まさかそこに飛び込んだというのか?

 川は幅広く流れも速い。川の向こう岸に行くことはほぼ不可能だ。

 であればルクレシアは川下にいるということか?

 僕は馬車の中のことをベッケンシュタイン公爵閣下に話す。

 普段温和な公爵閣下の顔は、どんどん怒りに満ちてきたのがわかった。

「この件はなるべく内密に。ロムニエイ公爵家への断罪はご息女が発見されてからだ。大丈夫。先ほどご息女を捜索しているイサアークを見つけた。まだロムニエイ公爵家はご息女を見つけられていませんよ」

 公爵閣下はそれを聞いて安堵したような表情になったが、僕はまだ安心できない。

 ロムニエイ公爵家が見つけられていないということは、必ずしもルクレシアが安全ということではないからだ。

「公爵閣下。ご息女のことは任せてください」

「おお、お願いします王子殿下」

 僕はアルフレッドに跨り、湖から流れる川の下流に向かって走り出した。
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