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第三章 過去編

真十一話「問と答え」

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 アルビオンは尋ねる。

「国トハ何デスカ?」

 ネシアは答える。

「うーん難しく言うなら、国家の権利及び義務に関する条約」に基づいた、主に大きさと独立性、統治機構や担税力などを備えた国家・独立国かな?」
「簡単ニ言ウナラ?」
「人間が国ごとのルールを守りながら過ごす場所……ちょっと違うかもしれないけどね」

 ネシアは少し笑う。

 ――成程。

 アルビオンは尋ねる。

「国を作るには何が必要ですか?」

 ネシアは答える。

「勿論人間だよ。人間が生活する為のいわばその場所で安全に暮らすための組織みたいなものさ」

 ――人間、それが暮らすための組織が国。

 アルビオンは尋ねる。

「人間ハドウスレバ作レマスカ?」

 ネシアは答える。

「人間を作る事はできないよ、人間は生まれるものだからね」

 アルビオンはよくわからなかった。
 ネシアはアルビオンの状態を表すモニターを眺めていた。
 『エラー』と表示されているモニターを見て、またかとため息をつく。

 数秒間エラーを出していたモニターは通常状態に戻り、再びアルビオンがネシアに質問する。
 ゼノと別れてからの半年間、ネシアはこの繰り返しを永遠に続けている。
 アルビオンからの質問に答える。
 その答えが理解できたなら次の質問に、理解できなかったら数秒間エラーを出し、その後また質問を出す。
 ネシアは永遠に繰り返されるそれに飽き飽きしていた。

(ゼノはどうしているだろうか、リリーは目を覚ましたのだろうか)

 アルビオンの質問に答えながら、そんな事を考える日々だった。
 アルビオンも飽きないのか次々とネシアに問いかけ続ける。
 しかし、ネシアの答えの半分以上は理解できずエラーを吐く。

 アルビオンは完全に壊れていた。
 壊れていたからこそアンドロイドの操作権だけは放棄しなかった。
 ネシアは常に逃げる隙を探しているが、その考えを見透かすようにネシアの傍には複数のアンドロイドが常駐している。

(逃げるのは無理か……)

 ネシアが諦めかけていた時に外から物音がする。
 地下にいたネシアにまで響いたその音はかなり大きい筈、アルビオンも物音には気づいていた。
 直ちにアンドロイドを外へと向かわせるアルビオン。
 これは好機と逃げ出そうとするネシアだったが、アルビオンに逃げたらゼノの命の保証は無いと釘を刺され、おとなしくなる。

---

 数分後外に出ていたアンドロイドが帰ってきた。
 手荷物と言わんばかりに物体を地面に投げつける。
 かなりの重量を持っていたのか、大きい音を立てながら落ちるそれの近くまで移動する。
 ネシアは意外なそれの正体に驚く。

「アンドロイド?」

 どういう事だ、アルビオンが操っている筈のアンドロイドが何故こんな形で……。
 エデンで破壊された内の一体か?
 いや、あの時破壊されたアンドロイドは爆発に巻き込まれバラバラになっていた筈。
 このアンドロイドは五体満足のまま、少し顔面のパーツが故障している程度で綺麗な物だった。

「アルビオン、このアンドロイドは?」
「ピーピー所属不明、現在ノリストノ中ニ確認出来マセン」

(リストに無いアンドロイド?そんな馬鹿な!?)

 ネシアはアンドロイドの右腕を確認する。
 アンドロイドの右腕には、その形式や型、製造年数を彫ってある。

『P-2001-type-O』

(P?プロトタイプだと? 2000年前に初めて製造された型番じゃないか! そんな古代の物体が何でこんなところに? しかもこんな綺麗な状態で!)

「ドウカシマシタカ?」
「い、いやなんでもない」

 必死に平然を装う。

(アルビオンにばれてはいけない)

 兎に角ここから早く移動させないと。
 そう考えアルビオンに提案する。

「どうやらこのアンドロイドは機能停止している様だ、使い物になら無い様だし外に捨ててきたらどうだ?」

 完全に嘘だ。
 あのアンドロイドは旧式でありながらまだまだ動く。
 しかしアルビオンにはそれを伝えない。
 もしかしたらゼノの助けになるかもしれない。
 恐らくあのアンドロイドにはアルビオンの支配は届かない。
 ネシアは大きな賭けに出たのだ。

「……ワカリマシタ」

 アルビオンは少し考えたのか、ネシアの意見に賛成する。
 アンドロイドに指示を出し、プロトタイプアンドロイドを外へ運び出す。

「大丈夫か?私も手伝うよ」

 ネシアが椅子から立ち上がりアンドロイドに近づく。
 その際にばれないように10枚ほどの小さな板の様な物をプロトタイプアンドロイドに貼り付ける。

「オ構イナク、ネシア本部局長」
「ああ、そうかい?」

 そのまま椅子に座るネシア。

(私に出来るだけの事はした、どうにか届いてくれ)

 神頼みのネシアの思いは結果的にゼノに届くことになる。

---

 ゼノは16歳になっていた。
 完全に再現されたノースクを見てから暫くはアジトに篭りきりだったゼノは意を決して再びノースクを訪れる。

 前に訪れた時と変わらず巨大な樹があり、人々は盛んにその人生を全うしている。
 だがゼノはそれらが偽りの物だと知っている。

 改めて確認した後、ゼノは次にアーファルスへと足を運ぶ。
 アーファルスもノースクと同じ様に国が再現され、人間がそうする様にアンドロイド達が暮らしていた。
 完全にアンドロイド達によって世界が再現されている。

(ネシアはどうしているだろうか)

 今まで敢えて近づこうとしなかったエデン第二支部へと向かう。
 そして到着した時、いざ目の前にすると足がすくむ。
 どうしても中へ入る事が出来ない。

 諦めて帰ろうとした時、一体のアンドロイドが放置されているのに気づく。
 何故こんな所に?
 疑問を持ちながらも恐る恐る近く。

 だいぶ前から放置されていたのだろう。
 顔は半壊し、身体は錆ついている。

「一体なんなんだ……」

 まともにアンドロイドに触れる機会が無かったゼノは好奇心からアンドロイドを近くで眺める。
 腕、足、顔、顔だけが半壊しているだけで、特に目立った傷は無い。

(顔だけならパーツを取り替えて再び使い回しそうなんだがな)

 よく見てみると身体に何か張り付いている。
 小さい板の様な物を手に取ると、ハッとなりネシアがこれを仕込んだのだと確信する。

(きっとネシアだ!)

 ネシアからのメッセージだと気づいたゼノはアンドロイドもアジトへと連れ帰る。

「重いっ」

 これは大変だ、帰るまで長丁場になるぞ。
 そんな事を考えながらも一筋の希望が見えたゼノの表情は約五年振りに笑顔だった。

---

「よいしょっと」

 アジトに帰るや否やアンドロイドに貼り付いていたものを詳しく見る。
 直径5cm程の大きさの板の様な物。

「これは何だ?」

 そういえば、ネシアがここにはいろいろ資料があると言っていたな。
 ゼノはアジトの一階、二階へと進む。

 二階の一室に、アンドロイドについてのデータが保管されているのを発見する。
 幸い、まだ機械は動くようだ。

「これか?」

 データライブラリを隈なく探しているとそれらしきものを見つける。
 見るとこの板の様な物はアンドロイドの『メモリーチップ』の様だ。
 アンドロイドの記憶領域を司る場所、人間でいうと脳を司る場所になる。

 どうやらモニター近くにある機械で中身を確認出来る様だ。
 メモリーチップは全部で十枚。一枚一枚確認していく。

「全部だめか……」

 どうやら全て新品みたいなので、特にデータは入っていなかった。
 どういう意図でこれを仕込んだのかわからないが、きっと何か意味があるのだろう。

 そういえば、あのアンドロイドにもメモリーチップが入っているのだろうか。
 一階に横たわるアンドロイドの場所まで戻る。

「何処を動かせば出るんだ?」

 適当にアンドロイドを弄っていると、頭の左側で少しだけ窪んでいる場所を押してみる。

 ――プシュッ。

 空気が噴き出す音を出しながら、ケースの様な物が頭部から射出される。
 中には同じように一枚のメモリーチップがあった。
 やはりな。とそのメモリーチップを取りながら再び二階へと足を運ぶ。
 同じように機械にメモリーチップを通す。

『識別番号:P-2001-type-O
・状態:機能停止
・メモリーチップが破損しています。
・一部ロックの掛かっているものがあります。』

 モニターに表示されている文字を見てもいまいちピンとこない。

『メモリーチップを修復しますか?
・はい ・いいえ』

 更に表示された文字に手を止める。
 メモリーチップの修正。
 あのアンドロイドの修正をするかどうか聞かれているのと同じだ。

 ゼノは迷う。
 本当に修正してもいいのか?
 修正した途端襲い掛かってくるんじゃないのか?

(いや、大丈夫だ)

 メモリーチップを修正したとしても、アンドロイドの身体に戻さなければいい。
 ゼノはとりあえず、モニターに表示されている選択肢のはいを押す。

---

 ゼノにはここ二日間ずっと考えていた事がある。
 メモリーチップの事だ。
 ネシアが自分に向けて、これを託した事は明白だった。
 だからこそわからない。中身のないメモリーチップをどう生かせばいいのか。
 ゼノはアジト中のアンドロイドに関する資料を読み漁っている。
 その過程で分かった事がいくつかある。

 一つ目にアンドロイドの制作目的について。
 驚くことにこの制作目的は、2000年前、つまり初めて作られたプロトタイプアンドロイドの頃から一切変わっていない。
 目的はただ一つ、人間では困難な場所や作業量をこなす為の物になる。
 決して人間を襲う為の物では無い。
 これでアンドロイドは完全にアルビオンに操られていると確信する。

(しかしアルビオンの言っていた敵って……)

 敵から人間を守るためにアンドロイドを動かした。それならだけなら話は分かるが……
 リリーの方を見ながら思う。そのアルビオンが敵と判断したのがリリー、彼女も間違いなく人間だ。

 矛盾している。
 人間を守るために人間を殺そうとする。
 ゼノには理由がわからなかった。

 そして二つ目に、メモリーチップについて。
 人間でいう所の脳みそであるそれは、アンドロイド一体一体に左右されるわけでは無く、あくまでメモリーチップ一枚一枚に保存されているという事。
 つまりは、同じ身体でもメモリーチップが別の物なら、それは別人なのと一緒という事になる。

 最後に三つ目。実際にメモリーチップの入れ替えを行ってみた際の事だ。
 丁度一体アンドロイドが居る事もあり、新品のメモリーチップから一枚アンドロイドに入れてみる。

 ピー、ピピッ。
 耳に付く音を出しながら、久しぶりに聞く人間味の無い声でゼノに語りかける。

「初期設定ヲ開始シマス、管理者ヲ設定シテクダサイ」

 管理者……?
 ようは誰の命令を聞くようにするのかって事か?
 どうすればその管理者になれるのか手探りで探るがわからない。

「管理者ってどうすればいいんだよ……」
「管理者ノオ名前ヲ、オ聞カセクダサイ」
「成程ね……」

 管理者はゼノだ、そう一言言うだけで登録が完了したらしい。
 音声認識とやらで、自分の声を少しだけ聞かせると、それもすぐ終わる。
 こんな程度で大丈夫なのかと、少し不安になったが、どうやら大丈夫らしい。

「うまく行ったか」

 一旦腰を落ち着かせる。
 ゼノは更に新たな実験を試みる。

---

「数は……一体だけだな、よし!」

 ゆっくりと背後から忍び寄る。
 ある程度距離を詰めると一気に飛びかかる。

「な、何!?」

 まるで人間のようなリアクションを取るアンドロイドに少し恐れながらも、構わず頭の左側を殴りつける勢いで何度も叩く。

 ピピッと小さな音と同時に、メモリーチップが出てくる。
 そのままアンドロイドを引きづりながらアジトまで戻ったゼノは、新しいメモリーチップを入れる。

「初期設定ヲ開始シマス……」

 ゼノはアンドロイドの新たな管理者になる。
 そうして三体のアンドロイドを従えることに成功したゼノは、いよいよP-2001-type-O、プロトタイプアンドロイドのメモリーチップをその身体へと戻す。

「いいか、もし仮にこいつが襲い掛かってきたら全力で排除しろ」
「「「カシコマリマシタ」」」

 三体のアンドロイドはいわば保険だった。
 ゼノも剣を握りしめながらプロトタイプアンドロイドの起動を待つ。

「……ここは一体」

 開口一番疑問を口に出しながら起き上がるプロトタイプアンドロイドに警戒を強めるゼノ。

「おい、言葉はわかるな?」

 それが彼と、オーとの出会いだった。

---

 あのプロトタイプアンドロイドの名はオーだという。
 「更に言えば、人間で言うあだ名なんてものもついていた、メモリーチップにロックが掛かっているんで思い出せないがな」だそうだ。

 オーからは色々な事を聞けた。
 まずオーは予想通り1000年前に製造されたP型というアンドロイドになる。
 しかし、正確にはP型は、製造から200年程利用されており、次の型が出来るまで利用されていたらしい。
 昔ネシアに見せられたデータログと一緒だ。嘘は言っていないだろう。

「ではこのアンドロイド達はどの世代のアンドロイドなんだ?」

 後ろで待機している三体のアンドロイドを指す。

「右腕を見てみると良い、型番が記載されている筈だ」

 右腕には確かに型番が記載されていた。
 『N-0000』
 「すまない、知らない型だ……」オーの答えは当然だ。
 なんせ過去から来たのだから。

 オーからは型番の読み方も聞いていた。
 P-2001-type-O、これはつまり、

P:プロトタイプ
2001:2001年
type:Oタイプ

 という事らしい。
 それで言うならこのN-0000という型番は意味不明だ。ここではN型としよう。
 Nの部分はプロトタイプの後、そのプロトタイプのオーが知らなくても無理はない。
 しかし年代の部分、0000とはどういう事なのか。ましてやタイプ表示すらない。

「これはあくまで予想の範囲内でしかないのだが、ゼノの言うアルビオンという人口AIが作ったんじゃないのか?」
「アンドロイドを操ってか?」
「ああ」

 オーはN型に触れながら説明する。

「まずこのメモリーチップの部分ここがおかしい」
「何故?」
「考えても見ろ、アンドロイドにとってメモリーチップは脳と同じ。
それを守る、いわば頭蓋骨の部分がこんなに簡単に外れるのがおかしい」

 確かにそうだ。
 いくらなんでもガードが甘すぎる。

「更に言うならこのボディー部分も作りが甘すぎる」

 ほら見てみろと、手足を繋ぐ関節の部分の指差す。

「この部分もこの身体と大差ない」

 オーは自身のプロトタイプの身体を指す。

「このボディは2000年前の物だ、2000年前だぞ? ここの資料を少し読んだが、確かに技術レベルは落ちていた、だがそれを踏まえても余りにも進歩が無さすぎる! きっとアンドロイドのノウハウもまともにないまま作ったんだろう。じゃないとこうはならない……」

 オーから得られる情報はどれも新鮮で、役に立つものばかりだった。
 二人は主にアンドロイドの事について調べ始める。
 エデン内には莫大なデータライブラリが存在し、何年もたった今でも調べきる事は出来ていなかった。

---

  結局、新しい情報が得られたのは三か月後だった。

「ゼノこれを見てくれ」

 オーに言われ確認する情報にはプロトタイプ以降のアンドロイドの製造についてが纏められていたものだった。

「SにPにC……ねえ」

 自分が捕獲した三体のアンドロイドを見ながら言う。

「やはりNは無い様だな、予想通りアルビオンが……」

 ゼノの様子にオーが気づく。

「全部ハズレだな」
「ふっ……お前が言うのかよ」

 あははと笑いあう二人。

「せめてこの中の一体がこの三種類だったらなあ」

 ゼノは思わず天井を仰ぐ。
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