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 三田の、大名の中屋敷、下屋敷があつまっている一角、行商人の装をした男の姿があった。小さな祠の前で休憩しているふぜいだがそうではない。
 徳兵衛と同じく小人目付のひとり、彦三だ。家伝の忍術のひとつ、七方出によって変装をし見張りについているのだ。目を向けているのはとある家中の上屋敷だ。
 そこがどういう場所なのか意識をすると、改めてうすら寒いものを感じる。
 藩というのはひとつの国だ。小さくとも一国がひとつの宗門の支配下に置かれている。戦国乱世の加賀ならいざしらず、東証大権現が江戸に大公儀を築いて百数十年、いまだかつて起き得なかった事態だ。あの、由井正雪の企みが実現するよりも恐ろしいことになる。
 と、そこへ、
「お前さん、見ない顔だが、どこの者だい」
 話しかけてくる者があった。
 殺気は――感じない。そもそも、近づいてくる気配を隠そうともしていなかった、それゆえに通行人と考え彦三は放置していたのだ。
「愛宕下のほうの者だ。いやぁ、なかなか商売がいかなくて河岸を変えてみたんだが」
「ははは、お武家様の屋敷は出入りの者が決まってるからね、品は何を商ってるんだい」
 声をかけてきたのは行商人の格好をした老爺だった。態度に人のよさがにじむ。
「炭だよ」
「そりゃあ、無理だ。菜でも売ったらどうだい、頃合を見計らえば新参者でも売れる余地がある」
「そうしようかねえ」
 言葉を交わしながらも彦三は相手を注視するがやはり怪しい気配はない。どうやら、本物の行商人が善意で声をかけてきたようだ。
「ところであそこの屋敷、少し変じゃあねえかい」
 彦三が指さしたほうを、老行商人は怪訝な目を向ける。
 どこの屋敷か気づいたとたん、相手の眉がひそめられるのを彦三は見逃さない。
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