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「信じられぬなら殴ってみよ」
必死に心を押し殺すむめに、老人は思ってもみなかったことを告げる。ただ、からかっているわけではないのは明白だった。彼の瞳に浮かぶのは真摯な色だ。
「わしはお前さんがいくら殴ろうと、やり返したりはせぬ」
彼のまなざしが、むめにはとてつもなく恐ろしく思える。
光明がさしているというのに、足もとが崩れて奈落に落ちようとしているような感覚に彼女は襲われた。
だから“虚偽”を老人から剥ぎ取るために、相手の嘘を証明するために、むめの手は自然と動いた。
破裂するような音。
躊躇も容赦もない一撃。
たとえ、幼児の拳といっても痛かったに違いない。
だが。老人は笑った。何事もなかったように満面の笑みを浮かべた。
「気の済むまで叩くがよい」
とたん、背筋が凍りつくような恐怖がむめの心を支配する。
総身の力をふりしぼるようにして絶叫し、老人にがむしゃらに殴りかかった。
二度、三度、四度、五度、六、七、八九十。とにかく、息のつづく限り、手の動く限り。
そうして、ついに限界を迎える。
むめは息を切らしてその場にかがみこんだ。
すると、今までじっとされるがままになっていた老人が動き出す気配がする。
刹那、無我夢中だったむめは自分が今までなにをしていたのかと思い出し青くなった。
だが、心のすみでは“そう、これこそが世の道理”と矛盾するようだが報復を受けることを受け入れている。
しかし、彼女が感じたのは拳の硬い感触ではなく、やわらかな抱擁だ。
次いで背中をさすられる。
「つらかったな、悲しかったな、恐ろしかったな」
やさしい声が耳朶を打った。
転瞬、むめは声をあげて泣き出す。
生まれたばかりの赤子のごとく力の限り声をあげた。そして、溺れる者のように老人に渾身の力で抱きつく。
必死に心を押し殺すむめに、老人は思ってもみなかったことを告げる。ただ、からかっているわけではないのは明白だった。彼の瞳に浮かぶのは真摯な色だ。
「わしはお前さんがいくら殴ろうと、やり返したりはせぬ」
彼のまなざしが、むめにはとてつもなく恐ろしく思える。
光明がさしているというのに、足もとが崩れて奈落に落ちようとしているような感覚に彼女は襲われた。
だから“虚偽”を老人から剥ぎ取るために、相手の嘘を証明するために、むめの手は自然と動いた。
破裂するような音。
躊躇も容赦もない一撃。
たとえ、幼児の拳といっても痛かったに違いない。
だが。老人は笑った。何事もなかったように満面の笑みを浮かべた。
「気の済むまで叩くがよい」
とたん、背筋が凍りつくような恐怖がむめの心を支配する。
総身の力をふりしぼるようにして絶叫し、老人にがむしゃらに殴りかかった。
二度、三度、四度、五度、六、七、八九十。とにかく、息のつづく限り、手の動く限り。
そうして、ついに限界を迎える。
むめは息を切らしてその場にかがみこんだ。
すると、今までじっとされるがままになっていた老人が動き出す気配がする。
刹那、無我夢中だったむめは自分が今までなにをしていたのかと思い出し青くなった。
だが、心のすみでは“そう、これこそが世の道理”と矛盾するようだが報復を受けることを受け入れている。
しかし、彼女が感じたのは拳の硬い感触ではなく、やわらかな抱擁だ。
次いで背中をさすられる。
「つらかったな、悲しかったな、恐ろしかったな」
やさしい声が耳朶を打った。
転瞬、むめは声をあげて泣き出す。
生まれたばかりの赤子のごとく力の限り声をあげた。そして、溺れる者のように老人に渾身の力で抱きつく。
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