上 下
159 / 163

159

しおりを挟む
 もらしたのは、気絶したかと思われた兄だ。彼は身体をよろめかせながらもすばやく立ち上がるや矢の前に身をさらした。一応、大刀をふるっていたが、とわの一撃が効いていたせいで攻撃を防ぐにはいたらない。むしろ、瞬時に立ち上がれるだけでもたいしたものだ。彼は脱力して仰向けに倒れた。その胸に矢が深々と刺さっている。どう見ても致命傷だ。
「おのれ」
 怒鳴り、与助が不規則な軌道をえがいて母屋の一角へと駆けていく。
 負傷のせいで精彩を欠いているが、それでも機敏な動きで放たれる矢を避けた。放っているのは、闇に紛れる形で地面に片ひざをついていた忍び者だ。
 ふたりいたが、与助の怒涛の攻撃を受けてすぐに沈黙する。
 しかし、とわはなかばその光景が視界に入っていなかった。呆然と兄の側に両膝をついて座り込みひさかたぶりに兄の顔を間近に見下ろす。
 死相が浮かぶその顔に弥市は笑みを浮かべていた。
「おぬしのために死ねるのなら、それもよい」
「兄上」
 おだやかな声に対し、とわは甲高い声音で応じる。そして、
「とわ」
 弥市が満足げにもらした言葉で、兄妹のやり取りに幕がおりた。
 そこに与助が悲しげな目をしてもどってくる。
「すまない。わしが油断を」
 その言葉は、首を左右にふりながら抱きついたとわによってさえぎられた。

       ● ● ●

 幾度目かの斬撃を宗左衛門は避けた。
しおりを挟む

処理中です...