引きこもり侍始末(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

１５７

　――ここまでの思考はほぼ一瞬裡になされている。
　とわの思考を途切れさせとうとするように、閃光が走った。
　弥市のふるった剣の刀身だ。
　今度は左の肩を狙われる。先ほどの二の舞いを避けるために大きく飛び退かざるをえなかった。
　それを追う目まぐるしい斬撃の連続。
　妹であるとわの命を奪う気はないらしく急所は避けていた。が、一度でも回避を失敗れば戦闘能力を奪われることは確実だ。
　からくりが見抜かれるのを避けるためか、例の伸びる一閃は来ていない。
　だが、念のためにとわは大きく躱さなければならなかった。
　お陰で呼吸が荒れる。
　単に動くだけならここまで疲労することはないが、命をかけてのやり取り、弥市が浴びせてくる剣気が精神的な部分でとわを急激に疲弊させていた。
「よさぬか、弥市」
　そこに雷声をあげて与助が割って入る。
　身体を竹とんぼのごとく回転させながら、蹴りで弥市の頭部を狙った。風が唸る。
　神への奉納の剣の舞いから生まれたという関東七流のごとく、神楽舞いから生じたという神楽舞い拳法が今宵も冴え渡っていた。
　弥市がうっとうしげな顔をして与助の攻撃を避ける。
　同時に斬撃を送るが、変則的な与助の動きのせいで目測を誤り空を斬った。
　電光の速度で与助が低い軌道の円をえがく軌道の蹴撃を放つ。
　そこで見ておれ――とわが合力する気配を見せたのを、養父が目で制した。
　瞬時に娘はその意図を察する。そして、兄を気迫をこめて注視した。
　しかし、それよりも早く弥市はななめに退いていた。銀光一閃、彼はすかさず反撃する。与助の首へ刃風のうなりがせまった。
　与助は側方へ身体を回転させながら飛び上がる。
　が、そこで弥市の剣が“伸び”を見せた。首から狙いがそれたものの、与助の腿を切り裂く。
「おっとお」
　とわは悲痛な声をあげながら先ほどの与助のように攻防に割り込んだ。