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 煙幕を突き抜けた勢いのままに駆け、まっすぐに住処を目指し現在に至っている。
「兼松のやつめ仕損じおったか」
 そんな彼を、庭にたたずんでいた人影が出迎えた。
 とわと出会ったときに対峙した清峰忍群の頭らしき男だ。飛び道具は通じないと最初から切り捨て、背中の大刀を無駄のない動きで抜く。
「前よりもましな顔をしているな、貴様」
 一刻も早く妹のもとに駆けつけたい、そんな焦りに宗左衛門は襲われているが目の前の男を倒さない限りそれは許されそうになかった。
 宗左衛門はしかたなしに相手と戦うことを決める。
 捨て身の無刀取りの構えとなった。前傾姿勢で前に重心を置いた、右足を浮かせ踏み出すことしか頭にない立ち居。
 対する忍び者の頭は本覚の構えをとる。肩の高さあたりに両腕をあげ、刀身を地面と水平にした形でこちらに向けた。相手の刃は宗左衛門には点にしか見えない。
 父から話には聞いていたが、これは……――肌に粟が生じる。小野派一刀流『本覚の構え』。思っていた以上に厄介な構えだ。おそらくは“後の先”を狙う太刀。剣を手の内ではじく、手の内だけで小手を斬るといったところか。
 宗左衛門は素手だから、剣をはじかれる、切り落としを心配する必要はない。
 動いている状態の剣はどちらにしろ触れてはならないのだ。
 しかし、手の内での攻撃となると、脇構えから送られる斬撃よりかなり動きは小さくなる。当然、その前兆もかすかなものとなるはずだ。
 おそろしいという点では、宗左衛門にとってこれ以上の太刀はない。
 が、それ以上の分析は相手が許してくれなかった。
 着目していた敵の動体に近い部分、ひじ、肩、ひざ、股関節、そこに動きがあったのだ。
 南無三――長らく祈っていなかった神仏への祈りをささげ宗左衛門は身を投げるようにして相手へ肉薄する。
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