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 しかも、とわに用意された部屋は隣室だ。就寝の刻限になって床を用意しても彼女が眠りにつけずにいるのが気配でつたわってくる。
“眠れない”辛さは世の誰よりも宗左衛門は承知していた。
 間延びする時の流れ、退屈、彼の場合はそこに早く眠らねばという焦りも加わる。しかも、起きている限り苦悩にみまわれていてもそれからのがれることはできない。
 ここのところ、人並みの起床就寝時間になっていたが、今宵ばかりはとわのことを考えて宗左衛門は眠れなくなっていた。
 それが深更と呼ばれる刻限までつづく。
 相変わらずとわの部屋の気配は消えず、宗左衛門も眠気を感じていなかった。
 こうなれば――そこで、彼は床を蹴る。そして隣室へと声をかけた。
「おとわ、起きておるか」
 一拍の間のあと、「ええ」と返辞がある。
「夜釣りに行かぬか」
「はぁ」
 宗左衛門の提案にとまどいといぶかしさの入り混じった声が返ってきた。
「眠れぬのであろう」「ええ」
 問いかけにとわは少し驚いたような声音で応じる。
「身体を動かすと眠気も訪れやすうなる。夜具の中でまんじりとしているよりは気が散じよう」
 そう告げて、彼はとわを外へと連れ出した。
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