上 下
109 / 163

109

しおりを挟む
 家を出てからここにいたるまで、とわは一言も発していない。うつむきがちになって思い悩んでいるようすだ。歩いている間は横並びになっていたわけではないからなんとか耐えられたが、向かい合わせに腰をおろして“これ”はつらい。
 思わず話題はと考え、まっさきに浮かんだ事柄を反射的に口にする。
「そういえば、あと半月ほどで石川五右衛門一族が京都三条河原で釜茹の刑に処された日でござるな」
 なにゆえに拙者はかような話を選んだのだッ、いってしまってから宗左衛門は胸のうちで悲鳴に近い声をあげた。だが、とわもまたとわだ。
「そうね」深く懊悩しているせいか、こちらの言葉の内容を吟味したようすがなく相づちを打つ。
 なんとか少しでも憂いを払いたい、なにか話さねばと宗左衛門は焦った。
「石川五右衛門といえば伊賀の百地三太夫(ももちさんだゆう)に仕えたとか」
「そうね」
 焦慮のせいで石川五右衛門の話をひろげてしまい、無味乾燥な返辞が返ってくる。それでさらに宗左衛門は空回りした。
「当家はもとは忍び者の家系で、服部半蔵殿のごとく士分として徳川家に陪臣として仕えたのが武士としての始まり。どこか縁を感じます」
 冷静に考えれば、盗みを働いたすえ釜茹の刑で世を去った石川五右衛門と縁があるのはまずいのだがそんなことにさえ今の宗左衛門は思いいたらない。しかも、
「そうね」
 三度目の反応も同じとあってはさすがに沈黙せざるをえなかった。
 父が世を去ってはじめて口にした食事に負けず劣らずの不味さを煮売り酒屋の料理に対して宗左衛門は感じた。

 宗左衛門は敗北感に近い心持ちで帰宅することとなった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

ヴィクトリアンメイドは夕陽に素肌を晒す

矢木羽研
歴史・時代
カメラが普及し始めたヴィクトリア朝のイギリスにて。 はじめて写真のモデルになるメイドが、主人の言葉で次第に脱がされていき…… メイドと主の織りなす官能の世界です。

♡ちょっとエッチなアンソロジー〜おしっこ編〜♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショートの詰め合わせ♡

6年生になっても

ryo
大衆娯楽
おもらしが治らない女の子が集団生活に苦戦するお話です。

♡ちょっとエッチなアンソロジー〜おっぱい編〜♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート詰め合わせ♡

♡ちょっとエッチなアンソロジー〜下着編〜♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショートつめ合わせ♡

処理中です...