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家を出てからここにいたるまで、とわは一言も発していない。うつむきがちになって思い悩んでいるようすだ。歩いている間は横並びになっていたわけではないからなんとか耐えられたが、向かい合わせに腰をおろして“これ”はつらい。
思わず話題はと考え、まっさきに浮かんだ事柄を反射的に口にする。
「そういえば、あと半月ほどで石川五右衛門一族が京都三条河原で釜茹の刑に処された日でござるな」
なにゆえに拙者はかような話を選んだのだッ、いってしまってから宗左衛門は胸のうちで悲鳴に近い声をあげた。だが、とわもまたとわだ。
「そうね」深く懊悩しているせいか、こちらの言葉の内容を吟味したようすがなく相づちを打つ。
なんとか少しでも憂いを払いたい、なにか話さねばと宗左衛門は焦った。
「石川五右衛門といえば伊賀の百地三太夫(ももちさんだゆう)に仕えたとか」
「そうね」
焦慮のせいで石川五右衛門の話をひろげてしまい、無味乾燥な返辞が返ってくる。それでさらに宗左衛門は空回りした。
「当家はもとは忍び者の家系で、服部半蔵殿のごとく士分として徳川家に陪臣として仕えたのが武士としての始まり。どこか縁を感じます」
冷静に考えれば、盗みを働いたすえ釜茹の刑で世を去った石川五右衛門と縁があるのはまずいのだがそんなことにさえ今の宗左衛門は思いいたらない。しかも、
「そうね」
三度目の反応も同じとあってはさすがに沈黙せざるをえなかった。
父が世を去ってはじめて口にした食事に負けず劣らずの不味さを煮売り酒屋の料理に対して宗左衛門は感じた。
宗左衛門は敗北感に近い心持ちで帰宅することとなった。
思わず話題はと考え、まっさきに浮かんだ事柄を反射的に口にする。
「そういえば、あと半月ほどで石川五右衛門一族が京都三条河原で釜茹の刑に処された日でござるな」
なにゆえに拙者はかような話を選んだのだッ、いってしまってから宗左衛門は胸のうちで悲鳴に近い声をあげた。だが、とわもまたとわだ。
「そうね」深く懊悩しているせいか、こちらの言葉の内容を吟味したようすがなく相づちを打つ。
なんとか少しでも憂いを払いたい、なにか話さねばと宗左衛門は焦った。
「石川五右衛門といえば伊賀の百地三太夫(ももちさんだゆう)に仕えたとか」
「そうね」
焦慮のせいで石川五右衛門の話をひろげてしまい、無味乾燥な返辞が返ってくる。それでさらに宗左衛門は空回りした。
「当家はもとは忍び者の家系で、服部半蔵殿のごとく士分として徳川家に陪臣として仕えたのが武士としての始まり。どこか縁を感じます」
冷静に考えれば、盗みを働いたすえ釜茹の刑で世を去った石川五右衛門と縁があるのはまずいのだがそんなことにさえ今の宗左衛門は思いいたらない。しかも、
「そうね」
三度目の反応も同じとあってはさすがに沈黙せざるをえなかった。
父が世を去ってはじめて口にした食事に負けず劣らずの不味さを煮売り酒屋の料理に対して宗左衛門は感じた。
宗左衛門は敗北感に近い心持ちで帰宅することとなった。
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