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「忍びがひとり、行方知れずになった?」
「さようにございまする」
 清峰藩上屋敷において。清峰藩江戸家老・古谷源左衛門の問いかけに権之助は厳めしい顔で応じた。胸中では、面倒をかけてくれる、と手下の失踪に舌打ちしたい気分を抱いている。彼の安否など心配していないし、深刻な事態だとも思っていない。
 といって、手下が生きていると信じているわけでもなかった。
 どうでもよいのだ。ただ、己が人の命を奪い無聊を慰める場があればそれだけでいい。
 もともと、源左衛門は前の、前の藩主の妾腹の子だ。相手が遊女であり、しかも源左衛門以外にすでに男子が四人生まれていた。これでは、彼が藩主になる機会などめぐってくるはずもない。それどころか、癇の気が強い正室のこともあり子を身ごもっても源左衛門の母は側室には迎えられず、かえって出産のおりに命を落としてしまった。
 孤児となった源左衛門は富樫家に引き取られる。だが、“子”としてではなかった。富樫家家中において闇の務めをになう清峰忍群の頭に据えるためだ。幼いころはそれが正しいと思って生きてきた。そもそも、それ以外に道もなかった。しかし、元服を迎える頃には己の哀れな立場を理解せざるをえない。
 そんな源左衛門の心を支配したのは虚無だ。
 怒りに任せて父を殺してなんになる。戦国の世ならいざしらず、太平の世にあっては忍び働きの機会などそうそうない。清峰藩の刺客に命を狙われながら、博徒などと組んで暮らすというのか。莫迦らしい。
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