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「だが、富樫家は先の老中殿と反対派の暗闘に与したという話もあり、気になってな。巡見使のお役目にあったときの帳面を読み返してみたのだ。なにしろ、年でな。徒手空拳で思い出そうとしても、昔のことは思い出せぬ」
「それで、一体なにが“気にかかった”のです」
短くはあるが脱線をくり返すのに焦れてあきはたずねた。
「藩主に害意を抱いた藩士がそれを知った朋輩の口を封じ、さらにそやつの娘御を人質にして逐電したというのだ。真形影流という肥後清峰の地で広く学ばれているという兵法の達人だったという」
「真形影流!」
あきはその単語に思わず目をみはる。いかがした、とおどろく伯父に勢い込んでたずねた。
「娘御というのは当時、いくつだったのでしょうか」
「十年前の話で、あのころは五つか六つといったところか」
とまどいながらも菊次郎はぼんの首に手をやりながら少し遠い目をして答える。
一致する、とあきは胸のうちでつぶやいた。脳裏には、とわの姿が浮かんでいる。もしかすると、兄を難事に巻き込んだ疫病神か、と思っていたがどうも話がややこしくなった。
いや、しかし仮にとわが拐(かどわか)された過去があったとしても、それが兄の害にならないことの証左にはいっさいならない。むしろ、外道の子として育ったことで悪に染まっているかもしれないではないか。
やはり、兄ととわのことを放置するわけにはいかない。改めて、あきはそんな思いを抱いた。
「なあ、あき。すまぬが、白湯のいっぱいぐらいは出してくれないか」
「も、申し訳ありませぬ、伯父上」
喉が渇いたのか、菊次郎が少しなさけない顔で訴えた。我に返ったあきはあわてて立ち上がった。兄が“ああ”なために、なるべく親戚とも係わりを絶っていてすっかり来客の作法を忘れてしまっていたのだ。褒められたのとは別の意味で羞恥心をおぼえ、彼女はほおを熱くする。
「それで、一体なにが“気にかかった”のです」
短くはあるが脱線をくり返すのに焦れてあきはたずねた。
「藩主に害意を抱いた藩士がそれを知った朋輩の口を封じ、さらにそやつの娘御を人質にして逐電したというのだ。真形影流という肥後清峰の地で広く学ばれているという兵法の達人だったという」
「真形影流!」
あきはその単語に思わず目をみはる。いかがした、とおどろく伯父に勢い込んでたずねた。
「娘御というのは当時、いくつだったのでしょうか」
「十年前の話で、あのころは五つか六つといったところか」
とまどいながらも菊次郎はぼんの首に手をやりながら少し遠い目をして答える。
一致する、とあきは胸のうちでつぶやいた。脳裏には、とわの姿が浮かんでいる。もしかすると、兄を難事に巻き込んだ疫病神か、と思っていたがどうも話がややこしくなった。
いや、しかし仮にとわが拐(かどわか)された過去があったとしても、それが兄の害にならないことの証左にはいっさいならない。むしろ、外道の子として育ったことで悪に染まっているかもしれないではないか。
やはり、兄ととわのことを放置するわけにはいかない。改めて、あきはそんな思いを抱いた。
「なあ、あき。すまぬが、白湯のいっぱいぐらいは出してくれないか」
「も、申し訳ありませぬ、伯父上」
喉が渇いたのか、菊次郎が少しなさけない顔で訴えた。我に返ったあきはあわてて立ち上がった。兄が“ああ”なために、なるべく親戚とも係わりを絶っていてすっかり来客の作法を忘れてしまっていたのだ。褒められたのとは別の意味で羞恥心をおぼえ、彼女はほおを熱くする。
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