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「修めた流儀の名は」
「真形影流(しんぎょうかげりゅう)兵法」
「学ばれたのは柔、刀法などで」
「いえ、護身のために柔と薙刀を。刀法もふくまれますが、わたしは学びませんでした」
 妙に詳細を気にするな、と怪訝に思いながらとわは応じた。
「して、いかなる仔細があってかような仕儀に。わたしを助けたのは偶然通りがかったから、というわけではないでしょう」
 この質問を発するために、話が変に回りくどかったのかととわは得心がいくと同時に弱った。
 宗左衛門はこちらの正体を明かしても余人にもらさないだろうという確信が持てたが、果たして妹のあきはどうか。それに、彼に自分の正体を告げたのは感情が昂ぶっていたこともある。
 だが、冷静な状況で軽はずみな選択はたやすくはできない。
「あの、犬を従えていた者。忍びでしょう」
 答えない彼女に対し、あきはさらに切り口を変えて言葉をかさねる。
 が、やはりとわは判断をくだしかね、口を少し開けたまま眉根を寄せた。
「いずかたの忍びです」
 しかし、その反応を“是”の意にとってあきは話を進める。こちらの困惑など意に介さない。
 その表情はどこか怒っているようにも思えた。
「わたしは忍びに襲われる心当たりはありませぬ。だとすれば、“宗左衛門”として狙われたことになりまする。されど、兄上も一御家人にしか過ぎませぬ。なにか事由があるとすれば、過日のこなたを助けた一件が怪しいことになりまする」
 女武辺の気配をただよわせながらも、あきは理路整然と理屈をのべる。
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