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「それで、兄上が他出した夜に何事か起こっておらぬかおたずねしたいのです」
「兄が夜鷹でも買ったのかと疑っておるのか」
 あきの言葉に菊次郎が少し意地の悪い笑みを浮かべた。
 それに対し、彼女は自分のことでないというのに恥ずかしさを感じて目をふせる。
「あやつの場合、夜鷹を買ったと申すなら赤飯を炊いて祝ってもよいくらいだ。身のうちに“支え”となるものを持たぬから踏ん張りが効かぬ」
 冗談にしみじみとしたひびきがにじんだ。
「さような話は聞いておりませぬ」「おう、そうであったな」
 あきの抗弁に菊次郎はとぼけた口調で応じる。
「昨夜か、そういえば」
 彼はやや遠い目になって記憶をさかのぼるようすを見せた。
 伯父は老齢になるまでは、徒目付の務めの一環として、諸大名の所領を渡り歩いてその内情を調べていた。今はさすがにその任は後進の者に譲っているが、なおも様々な事情に通じていた。
 だから、兄とともに現われた娘が口にしたような事件が起きていたなら菊次郎の耳に入っていてもおかしくないと思い、こうしてたずねたのだ。
「誰ぞが呼子笛を鳴らしたゆえ、木戸番の者がようすを見に行っていたところ、怪しい装をした者が倒れておったという話があるな」
「まことでござまいすか」
 今度はあきが声を高くする番だった。事実だとすれば、兄が危うい目に遭ったことになる。そう思うと、総身に寒気をおぼえた。もしかすると、自分は“独りきり”になっていたのかもしれないのだ。
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