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 話を聞き終えたとたん、彼女は笑い声を弾けさせた。そして、
「命を奪われてはたまりませぬ。ほかに道はないではありませんか」
 と笑って告げた。
「されど、そちは身重の身」在昌は躊躇いをおぼえずにはいられなかったが、
「ちょうどよい契機です、参りましょう鎮西へ」
 ほのは自分こそ豊後へ行きたいのだとばかりにあかるい顔で応じたのだ。

 そして、現在にいたっている。
 女性であり身重であったが、それでも鎮西への旅路は妻であるほのにささえられた。
 だからこそ、在昌はひとつの思いを抱くようになっている。
 妻を幸せにしてやりたい――。
 今まで苦しい暮らしを強いてきた。だから、少しでももっとましな生活をさせてやりたかった。
 そのための手立ては、
 こちが大友家の軍配者となる――。
 ことだ。豊後にたどりつくまでは露ほどもそんなことを考えていなかったが、角隈石宗のあからさまな脅しを受けたことでかえってそんなことを思い立ってしまったのだ。まさに、石宗にとっては薮蛇だった。

   六

 後日、在昌は司祭(パードレ)の紹介で大友館に隣接する唐人町に足をはこんでいる。
 日の本の暦はもともと唐土から取り入れたもの。それゆえ、唐土の人間に色々と聞いてみたいと思い立ったのだ。
 たどりついた先に建っていたのは、その羽振りのよさをうかがわせる立派な屋敷だ。武家や豪商の屋敷は間口二、三間の町屋の民家の四、五倍の広さを持つが、目的の唐人の住処もそれに近い。羨ましい限りだ――よほど内証が豊かなのだろうと、京で貧乏公家として暮らしていた在昌は羨望をおぼえた。
 門前で訪(おとな)いを告げると、すぐに下男が現われて在昌を屋内へと案内した。
 居間らしき部屋で濡れ縁に籘(とう)の椅子に腰をおろすひとりの老爺の姿がある。居眠りしているようなおだやかな顔つきをした人物だ。
「貴殿が司祭(パードレ)のもうされていた御仁か」
 支那人の老人はこちらに目を向けると流暢な日本語でしゃべりこちらを手招きする。
 誘われるままに在昌は近寄った。刹那、老爺の総身が壮絶な気魄を帯びる。
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