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 視界から一瞬、正家の姿が消失したように見えたのだ。すぐに気配でその場にひざをついたのだと察したものの、相手の姿を確認した刹那、ふたたび体を硬直させることになる。
 胸もとに剣尖が突きつけられていた。下手に動けば刺突を喰らうのは明白だ。
 その場にかがみ込むという、兵法において忌まれる“居着く行為”、次の挙動に移るまでの間が生じてしまう姿勢をとられたことで完全に意表を突かれたのが助之進が現状に陥ったおもな要因だ。
 と、正家の顔が平素の暢気なものにもどる。そして木剣を引いて彼は立ち上がった。
「おぬしらの型稽古から“斬られる前に斬る”という理合はつかんでおったからな、間を外させてみたのだがうまくことが運んだ」
 照れるような表情で彼は手の内をさらす。
 一方、助之進は足もとが崩れ去ったような心地でいた。例の浪人だけでなく、目の前の少年にまで剣の腕で遅れを取ったのだ、矜持が音を立てて見る影もなく崩れている。
 脳裏に川辺での志乃とのやり取りがよみがえった。発すべき言葉を発しなかった、その後悔も思い出す。
「教えてほしい、それがしの剣はどこがまずい」
 すこしはなれた場所に立つ、助之進の剣への矜持を知る晴幸がそのせりふを耳にして目を見開いた。
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