上 下
56 / 85

56

しおりを挟む
 萎縮は強張りを呼び、強張りは速度の低下を招く。ふいに師匠が以前にいっていた言葉が脳裏によみがえった。
「助、おまえの業前はもはや十分なものだ」
「まさか」
 助之進はもちろん首を横にふる。事実、太平次には到底及ばないと自覚していた。
「本身の斬り合いにおいては、普段の稽古で発揮する力の数分の一も発揮できればよいほうだ」
 師は、まあ聞け、とばかりに返事を無視して言葉をつづける。
「おぬしに入用なのは胆力だ」
「手前に胆力が足りぬともうされますか」
 助之進の声がすこし不機嫌になった。誰よりも素振りをおこなっている自信があった、それだというのに精神力が不十分だと告げられたため矜持が傷ついたのだ。彼が持っているものといえば“これしかない”のだから、必死にもなろうというものだ。
しおりを挟む

処理中です...