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「さて、御屋形様のまことの存念は神(デウス)ならぬこの身では図りかねます」
「つまり、大内殿を鎮西から毛利を追い払うための“贄(にえ)”といたすこともありうると」
 了斎の厳しい物言いにアルメイダはまゆをひそめた。その顔は異国の、日本人とは大きく異なる顔立ちも加わって一瞬、物の怪の類がたたずんでいるようにも見える。
 わしは魑魅魍魎にたぶらかされておるのか、そんな皮肉さえ了斎の頭の片隅には浮かんだ。
「神(デウス)もまた、人を試すために贄を求めたことが御有りです」
「したが、神は子を捧げる意思を確かめたことで満足し、まことに子の命を奪うことはなかった。こたびとは違いましょう」
「されど、大内殿は危うさも承知の上でご出陣なさる」
「そうでござろうか」
「大内殿も大友の御屋形様のことは様々にご存知でしょう。その上で、承諾なされた。みずからを偽った上で屋形に返り咲きたいという“欲望”のために死地に向かう。ある意味、それは自業自得でしょう」
「されど、我らはそんな大内殿を使嗾いたした」
 急速に両者の間の雰囲気がとがったものに変貌している。入信以来、一度もなかった事態だ。
「大勢の伊留満(イルマン)を裏切るともうされるのか」
 刹那、アルメイダが一足飛びの言葉を持ち出す。
 そのせりふを耳にした瞬間、了斎は総身に真冬の川の水を行き渡らせたかのごとき寒気に襲われた。目の前が真っ暗になるが、アルメイダがこちらを見すえる眼光だけは消えることなくこちらをとらえている。
 口を開くが声が出てこなかった。
 忍びの頃に犯した罪を了斎は認めてしまっている。その上、今日は改めてそれを自覚した。その上で神(デウス)の教えを失うということは、世界から大地を照らす太陽が失われるのに等しい。
 しばらく無言でふたりは向かい合った。その末にアルメイダは肩をそびやかしため息をもらす。
「そんなことよりも差し迫った難題があります」
 彼がいっているのは“間者”についてだ。こたびのことといい、尼子に与力したときといい想定外の出来事が起こっている。
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