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 一度、手を染めればあとは転げ落ちるようなものだ。もはや、依頼主の動機などどうでもよく、金子を女郎を買ったり美味い物を食ったりするのに使ううちにすっかり後ろ暗さなど消し飛ぶ。
「まったく」やくざ者のほうが性質がいい、というのが利助の正直な思いだった。
 だが、今さら仲間を止めるとも言い出せない。そんなことをすれば命を狙われるのは火を見るより明らかだ。
 したが、得体の知れぬ忍びに襲われ、さらには御庭番にも追われ――。
 もはや、無宿忍び衆を抜けたところでさして変わらないのではないかとさえ思える。
 が、そこは忍びの性、冷静に状況を分析して『ひとりになれば余計に生きていられる公算はなくなる』と理解してもいた。
 嘆息しながら、利助はその場を移動し尾行がないことを確認した上で油紙を取り除いて文を確認する。そこには、例の村の連中が雇った忍びの動向が書かれているはずだ。単に、逃げるためなどに都合のいい、といった程度だったこの文の役割が今や彼らの命綱に変わっていた。

● ● ●

 仲間を見張りに立てた上で、鎖打棒の遣い手の弁造は浅い眠りのなかにいた。
 場所は古い、打ち捨てられた土豪の屋敷の跡だ。ほとんど朽ち果てていたが、母屋の一角が屋根の形を奇跡的に保っていたために雨露を防ぐために利用していた。また、土塀もほとんどが崩れているがないよりはましなため、ここを一夜のねぐらに決めた。
 無数の小藩が入り乱れる野州南部を離れ、約一〇里を北上、高原山に達している。濃い緑の中に躑躅の種類の多いこの山は、那須連山の南西に連なる火山で主峰は釈迦ヶ岳、元和三年に日光造営用材が伐り出されて以来、御立山となり一般の人々の入山が禁止されていた。だからこそ、弁造たちはここを逃げ場所に選んだのだ。
 そこに突如、くぐもった声が聞こえる。今の状況においては銃声に匹敵する不吉な予兆だ。弁造は総身に鳥肌が立つのを感じた。
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