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「そちの父上は、妻女とその腹の子を守るために京を、家を捨てすらしたのだ。その父をさような目に遭わせてそなたは胸が痛まぬのか」
「それも怪しいことよ。天文を学ぶために切支丹となった男だ、京で学べることもなくなり伴天連の御仁らのもとを目指したのやもしれぬ」
 言葉を継ぐメルショルの目には一片の迷いもなかった。怖いほどに澄んでいる。逆に澄み過ぎていた。人間として大事なものを切り捨てたがゆえの透明さ、そんなまなざしをしていた。
 凝(こご)っておる――戦から逃げた公家よりもなお悪い、思案というものを完全に止めているのだ。
 信じるということは諸刃の剣だ。当たり前と捉えることで疑問の余地をなくしてしまい、結果として陥穽に落ちることになりかねない。迷うということは必ずしも弱さではない、そのことを久脩はこれまでかかわってきた戦の中で知った。
 したが、メルショルの頭にはみじんもさような存念はない――。
 ひとつの考えに囚われること、宗門の恐ろしさを久脩は改めて思い知った。
「うぬのごとき所業を許すというなら、さような神こそ魔王と呼ぶにふさわしきものであろう」
 久脩が呻くように告げたとたん、メルショルの表情が掻き消える。
 だが、それは感情が凪いだことを示していないのは明白だ。激情が膨らみすぎて、顔があらわしきれないほどになっているのだろう。火事場の熱気のごとき剣気が久脩に押し寄せているのがその証左だ。
「騒擾(そうじょう)の陣、組めッ」
 刹那、久脩は機先を制して突破たちに下知を飛ばした。
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