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「笹丸がかような物言いをするは、なによりもそちのためぞ。それを無下にするような真似をして厚顔無恥にも程があるわッ」
殴りかかるとも見える勢いに、次郎太が間に割って入った。こんなときにさえ、家司の息子である彼は主家の嫡子である久脩を気づかったのだ。単に父の死を責められるより、久脩は後ろ暗さをおぼえた。
これ以上、久脩は言葉をかさねることはできない。それこそが次郎太を苦しめることになる。
久脩は熱い物が目もとから溢れ息ができなくなった。
ゆっくりと久脩は目を開く。そこは確かに、記憶にある若狭の名田荘の屋敷と同じだ。
ただし、時は家司が理不尽にも殺された“あのとき”ではない。天正六年だ。刻限も朝方だった。春眠暁を覚えずというが、今日の久脩には当てはまらなかったようだ。寝間で褥に眠っていて夢を見たのだ、そのことに思い至る。
なつかしい夢だ――あの出来事は久脩の経験した出来事のなかでもその衝撃は最大のものだが、それでも時をかさねるうちに夢にあらわれることが少なくなっていた。久脩が薄情なのか、人とはそういうふうにできているのか。
せめて、名田荘を保てておることが又一郎への面目を果たすことになっておろうか――久脩は口のなかでつぶやいた。
この乱世、所領を保つどころか広げている者が星の数ほどいるというのになんという体たらく、そう思わなくもない。しかし、そういった欲が世に満ちているからこそ又一郎は犠牲となったのだ。そう考えると、世の者がさようにふるまうからといって右に倣うことが正しいとは思えなかった。
「これでよいのだろうか、父上、又一郎」
久脩は返事がないことを承知でふたりにたずねる。
彼の歳はまだ十代の域を出ていない、まだまだ人生先が長かった。だが、乱世の常で平穏には過ぎてくれない。
いつの間にか、褥の側らに人影があった。
声を失いながらも、久脩はとっさに枕元の短刀に手を伸ばそうとする。凍りつくような感覚をみぞおちが訴えた。
殴りかかるとも見える勢いに、次郎太が間に割って入った。こんなときにさえ、家司の息子である彼は主家の嫡子である久脩を気づかったのだ。単に父の死を責められるより、久脩は後ろ暗さをおぼえた。
これ以上、久脩は言葉をかさねることはできない。それこそが次郎太を苦しめることになる。
久脩は熱い物が目もとから溢れ息ができなくなった。
ゆっくりと久脩は目を開く。そこは確かに、記憶にある若狭の名田荘の屋敷と同じだ。
ただし、時は家司が理不尽にも殺された“あのとき”ではない。天正六年だ。刻限も朝方だった。春眠暁を覚えずというが、今日の久脩には当てはまらなかったようだ。寝間で褥に眠っていて夢を見たのだ、そのことに思い至る。
なつかしい夢だ――あの出来事は久脩の経験した出来事のなかでもその衝撃は最大のものだが、それでも時をかさねるうちに夢にあらわれることが少なくなっていた。久脩が薄情なのか、人とはそういうふうにできているのか。
せめて、名田荘を保てておることが又一郎への面目を果たすことになっておろうか――久脩は口のなかでつぶやいた。
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彼の歳はまだ十代の域を出ていない、まだまだ人生先が長かった。だが、乱世の常で平穏には過ぎてくれない。
いつの間にか、褥の側らに人影があった。
声を失いながらも、久脩はとっさに枕元の短刀に手を伸ばそうとする。凍りつくような感覚をみぞおちが訴えた。
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