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架向8

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けれど…今日の千葉さんはいつもと様子が違う。
父さんも何かを感じ取ったようで、じりじりと後ずさりをしている。一瞬だけど父さんの意識がそれた。その瞬間に千葉さんが父さんを投げ落とした。容赦無い技。間一髪で受け身を取ったけれど十分ではない。そのまま一切の手加減なく父さんを締め落とした。プロは2.3秒の絞め技で意識をおとせる。
「陸様……!」
 猪瀬さんの威圧が千葉さんに飛んだ。直撃でも無いのに俺はその気迫に息が出来なくなった。
「うぜぇんだよ!」
 千葉さんが反発するように威圧を返すけれど今の猪瀬さんには効果が無かった。威圧を垂れ流しながら父さんに駆け寄る。千葉さんのほうがαとしてのランクは上なのに、千葉さんが膝を折ってる。
 ……ランクの低い方が勝つケースもある。番(と認識した人)のピンチの時、αは序列に勝る事がある。火事場の馬鹿力、リミッターが外れるのだ。
 けど……父さんは親父の……。

 猪瀬さんに抱き上げられた父さんの腕を千葉さんが引っ張る。
「呆けてるんじゃねぇよ青島!」
 父さんが目を開けた瞬間に猪瀬さんの威圧が消滅した。跡形もなく。
「あれ?猪瀬?」
「…………はい。お運びしようと思ったのですが……」
「千葉さん、手加減無いからなあ。猪瀬、動けるから下ろしてくれ」
「…はい」
「青島、続けるぞ」
「千葉」
咎めるように猪瀬さんが呼ぶ。十分な受け身をとれなかった以上、父さんはそれなり痛みを感じているはずだ、顔には出してないだけで。
「青島。平和ボケしてんじゃねぇよ。お前の番はあの狂犬だ。」
……なんでここで親父の話?狂犬って…まぁ、狂犬だけどさ。
そして…父さんの顔に緊張が走る。
「…猪瀬、どいて」
「陸様」
「猪瀬」
渋々、本当に渋々猪瀬さんが父さんから離れる。

父さんは何度も何度も千葉さんに殴られ蹴られ投げられている。競技とは違う。止めてくれる人もいない。
猪瀬さんは…
歯を食いしばって二人を見ていた。千葉さんに威圧をふるうまいと耐えている。握りこぶしが…爪が食い込んでいることにも気が付いていないのだろう。

『俺と組もうよ』
そんな事、いえる状態じゃない。
けど…猪瀬さん、俺が隣にいるんだよ?俺にも……俺を見てよ…

ついに父さんが落ちた。
「陸様…!」
駆け寄った猪瀬さんに千葉さんがいう。
「今日はこれでおしまいだ。来週も来ると青島に伝えておけ。………お前のせいだぞ」
猪瀬さんの腕の中、ぐったりとした父さんをおいて千葉さんが道場を出ていく。
慌てて千葉さんを追った


「千葉さん、今日どうしたの?」
らしくない。
千葉さんは俺の顔をじっと見つめた
「……平和だったのになぁ。少しづつ壊れていってたんだろうなぁ…」
「……なにが?」
相当体は痛かったはずの父さんがそれでも千葉さんに教えを請うていた。それ程、何が切羽詰まっているのだろうか。
「お前はどっちに似ているんだろうな。青島か京極か……髪質は青島だな」
頭をクシャりとされた。
……猪瀬さんも俺によくそれをする。
「青島は…守ろうとするだろうな。悪夢再びだ…。菫になんていえばいいんだか…。じゃぁな」
独り言を言いながら去っていった。

……
なに?
項がチリチリする。嫌な予感。
道場を覗き込むと…猪瀬さんが父さんを抱きしめていた。
「陸様……!」

とっさに自分の口を覆った。
何?
俺は何を見た!?

違う、猪瀬さんは親父の大事な右腕だ。
親父が、あの親父が父さんに想いを寄せるものをそばにおくはずがない。
違う、違うはずだ。
主君の番だから守ろうとしているだけだ。

「陸様…」

親父の部下は父さんの事を番様と呼ぶ。
父さんの友人は、父さんの事を青島と呼ぶ。
…猪瀬さん、猪瀬さんだけだ、父さんを陸様と呼ぶのは。


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