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番外編 そして、これから
しおりを挟む「おい、さっさと動け!」
薄暗い、牢獄のような部屋の中で私たち犯罪者を監視している男の声が響く。
その声を聞くと、皆ゾロゾロと動き出す。
1人は嫌そうに顔を歪め、1人は眠そうに目を擦り、そして1人は目を虚ろにして。
私ものそりと立ち上がり、彼らの後ろを歩く。
すきま風で自然と閉まり、ガチャンと扉が閉まる音が洞窟の中に響き渡った。
──ここは犯罪者が来る、もうひとつの場所。
私が入れられていた王宮の牢獄ではないここは、犯罪者が罪を償うために、国のために、強制的に働かせられる場所だ。
日が昇る頃に起こされて、夜遅くまで働かせられる。休憩は昼食の時のたった数分。そしてその1日に3回、朝昼晩と配られる食事は、野菜クズが少し浮かんだだけのスープと硬いパン。
文句を言う人も多いが、貰えるだけまだいい方だろう。公爵邸で働いていた時は劣るけれど、毎日3回も食事できるなんてあの時だったら想像できないから。
それに、ここで頑張って監視者の目がかかるようなことをすれば、部屋も食事もいいものに変わる。そうすればここから出ることも早くなるから、割と頑張る人は多い。
けどそれは私には到底できない事だ。
沢山の人を殺したのに、ここから出られるのだろうか。
それに、ここから出たって…その先は?
あんなに国自体を恨んだのに、国のために働くなんて……死んでも嫌だ。…でも、ここに来たのはあのまま牢獄で終わりたくなかったから。
外の眩しさに目が眩むも、外の集合場所に足を止めた。
それぞれの仕事場に別れ、それから数時間後。ようやく休憩時間となった。
看守の声で皆ぞろぞろと昼食の配給場所へと向かう。
そこで私は必ず声をかけられる人がいる。
「ニーナさん! ようやく会えましたね!」
「……ウルヴァさん」
ニコニコと話しかけてきたのはウルヴァという青年。人当たりの良いいい人なのだろうが、なぜか私に突っかかってくる。
「こんにちは、あとウルでいいですよ。僕の方が年下ですし」
「……私は貴方と馴れ合う気はない。だからこれでいいのよ」
「そんなつれない事言わないでくださいよ~」
「…………」
どうして私なのだろうか。
私の方が年上で、少し先にここに入ったから先輩後輩という立場にはなる。だが、それだけだ。
世話好きでもない、気の利いたことも言えない、話すことも嫌いな私になぜ突っかかってくるのだろうか。
でもそれを聞くとまた厄介な事になりそうだから決して口には出さないが。
ウルヴァの話を横に流しながら食事を受け取る。
「今日も美味しいですね!」
良くもまぁそんなことが言えたものだ。正直言ってこのご飯は味が全然しなくて美味しいなんて言えない。ただ食べるものがないから食べてるだけなのだが、この男はニコニコと言っている。それが不思議でならない。
「今日はどうでしたか?」
食事の時には、必ず雑談しようと話を振ってくる。
「別になんとも」
今日は、なんて言っても代わり映えしない毎日だ。
「ふふ、僕はねー、今日ノルマ以上に仕事が出来たんです!だから看守に褒められましたよ!」
「……………そう」
本当にウザったい。誰とも話したくないのに、どうして話しかけてくる?今日は少しイライラしてしまっていて、つい口に出てしまった。
「…どうして、話しかけてくるの?」
「えっ?」
ウルヴァはキョトンとした顔になった。
「そんなの決まってますよ!僕、ニーナさんを笑顔にしたいんです!」
「……は?」
思わぬ回答に間抜けな返事が零れた。それこそどうして、だ。私以外にも笑顔じゃない人はここにごまんといるだろうに。
「…ニーナさんなのは、あと1つ理由があります。──実はニーナさん、僕のタイプなんですよ」
「……………………」
それこそ呆れてものも言えない。そんなんで話しかけられて迷惑しているこっちの身にもなって欲しいところだ。
「あっ、引かないでください!」
そう言っているウルヴァを置いてさっさと食器を片付ける。そしてまだ騒いでいるウルヴァを横目に、時間よりも少し早くに仕事場へと戻った。
仕事が終わり、夕食を食べて就寝して一日が終わる。
そしてまた看守の声で目が覚めた。
いつも通り午前中の仕事をして、昼食を取りに向かう。
「ニーナさん、こんにちは!」
「…………」
「今日も絶賛無視ですね!でもそんな所も好きですよ!」
こんな私の好きな所なんてあるのかと、逆に感心してしまった。しかしそれよりも前に顔が歪んでしまった訳だが。
「…食べ終わったなら早く戻ったら?」
ウルヴァの皿はもう既に空っぽだ。硬いパンも欠片さえ残っていない。
「でも、ニーナさんと話せるのはこの昼食の時だけですから。もう少しこの時間を楽しみたいんです」
「…そう」
そう言ってウルヴァの少しだけ悲しそうな微笑みに、びくりとする。
きっと、この胸のつっかえは気のせいだ。
「そう言えば聞いてなかったんですけど、ニーナさんはどうしてここに?」
「…………」
「あっ、言いたくないのなら別に良いですよっ?」
「…………人を、殺したから」
言ってはいけないことを言ってしまった、と慌てるウルヴァだが、きっとこう言えば幻滅するだろう。そう思って言ってみたのだが、ちらりとウルヴァを見ると、少し驚いた顔をしているだけだった。
「そうなんですね」
「……それだけなの?」
「それだけって?」
「……人を殺したのよ。それもひとりじゃなくて、何人も、何十人も。…それだけじゃない。誘拐も、盗みも────」
何ともないような顔をしてるウルヴァに、追い打ちをかけるように私の罪を告白していく。こんなの、本来は必要ない。けれど言いたくなるのはウルヴァが私のことを嫌って離れていって欲しいから、だろうか。
「なのに、なんで? 普通、最低だって罵ったり、どうして殺したか聞いてくるものでしょ」
「だって、理由があったんでしょ?理由なしにそんなことするようには見えないし、僕と同じようなもんじゃないですか。僕は気にしませんよ」
「っ………」
「…じゃあ、今度は僕の番ですね。僕はここには盗みを働いたのでここに来ました。4、5件くらい。それから、その前には自分の住んでいた家や村を全焼させてしまいましたね」
いつと変わらない表情と声色で、さらりと話す。
「え……」
きっと些細なことだろう、なんて考えていたから余計に驚いた。
「その火事で死者、負傷者いっぱい出しちゃって。それから冬だったんで蓄えていた食糧とか家畜とかも燃えちゃったんです。で、全部の責任を負わされてここに来たんです」
「…責任を負わされたってことは、あなたが火事を起こした訳では無いの?」
「うーん、それはなんて言うか…実はその日は祭りがあって、火を使う場面があったんです。火事はその時に不注意で…燃え広がって。僕はそれを手伝ってて。で、盗みを働いていた僕を追い出すために全責任を負わされたってところですかね」
「…そう」
「あれ、今度は質問しないんですか?」
「あなたは私に対して質問しなかったでしょ。だから…」
「うーん、なら僕から1つニーナさんに質問します。これでおあいこです」
「そう」
ニコリと笑ったウルヴァに目を合わせないまま、素っ気ない返事をした。
「ニーナさんがここに来るまでに──1番幸せだって感じたことはなんですか?」
────幸せ。
その言葉にびくりと方を震わせる。同時に、あの言葉を思い出す。昔、誰かが言っていた「幸せになってみたい」という言葉。
──でも。
「分からない」
「分からない?」
「幸せだって感じたこと、思い出せない」
思い浮かぶのは幸せとは正反対の言葉。辛かった。嫌だった。死にたかった。あの頃の記憶が蘇ってくる。
「…そう、なんですね。…あ、それなら──幸せじゃなくても嬉しいって思ったこと、なんてのはどうです?」
「………」
「些細なことでいいんです。例えば、その日の昼食が豪華だったとか」
──嬉しいこと。そんなの思いつくわけない。
そう思っていたはずなのに。思い出したのは──
『ニーナ、ほら、ニーナも一緒に食べましょう?』
そう言っていたあの人のこと。いいや、正確にはあの人達。
記憶の中で長い金髪が揺れる。そして振り返って、笑顔のセレナが。それから、クレアが。
「……っ!」
震える肩を抱いて唇を噛み締める。
なんであの人たちが出てくるのだろう。嫌いなはず、憎いはずなのに。それなのに、なんで。
『ね、ほら、これ旦那さまから頂いたの。一緒に食べましょ!』
記憶を無くしていた頃のクレアが言っていた。親子揃って同じこと言うなんてと思ったあの時の記憶。
私はこんなのが嬉しいと思ったの?
──違う、嬉しいなんて思っていない。
そのはずなのに。
「…ニーナさん? 大丈夫ですか?」
「…憎いはず、なのにね……」
「え?」
私はクレアやセレナが嫌いだ。今も、これからも。
心に刻むように反復する。これを忘れたら私じゃなくなる、から。
「うーん、よく分かりませんが……嬉しいと思ったんなら、それは嬉しいことなんですよ。多分、人は辛いことよりも幸せなことを優先的に思い出すんじゃないですかね?」
「……………………そう、ね」
──……本当に、私は馬鹿ね。
嬉しいと思ったんだ。それはきっとセレナの、クレアの笑顔を見た時に感じたこと。
私は忘れてた。セレナに、優しくしてもらったことを。優しくしてもらったことが悔しくて、それを思い出さないように記憶に蓋をしていた。
でもそれを今、ウルヴァの言葉で思い出したんだ。
「………ねぇ──」
「──昼食の時間は終わりだ!さっさと仕事場に戻れ!」
話しかけようとしたけど、時間が来て看守の大声にかき消されてしまった。慌てて仕事場に戻ろうとするウルヴァを引き止める。何事かと振り返ったウルヴァに私はこう言った。
「……ありがとう、ウルヴァ」
久しぶりだ。心の底からお礼を言ったのは。自然と、口角が上がる。きっとこれもウルヴァのおかげかもしれない。
「え──」
「じゃあね」
驚いた顔のウルヴァを置いて、仕事場へと戻る人の波に混ざった。
「…今、笑った!?笑いましたよね!?ねぇニーナさん!?」
後ろでウルヴァが何か言っている。そして、それを怒る看守の声も。謝っているウルヴァの声が聞こえて、つい笑ってしまった。
──ああ、きっとこれが嬉しいってことなんだ。
ここに来るきっかけをくれた公爵に、今なら感謝を言える気がする。それくらい、私はここが心地よいんだろう。
────そしてまた仕事して、終わって、夕食を食べて。
週に一回の水浴びをして、寒さに凍えながら眠りにつく。
それからまた看守の声で目覚めて、仕事をして。
食事中にウルヴァに話しかけられて、仕事に戻って。
────その繰り返し。
なんてつまらない日々なのだろうか。
──でも。
「あっ、ニーナさん!今日はどうでしたか?」
──そんな声が心地いいと思う日はそう遠くない。
******
これにて完全に完結です。今までお付き合い頂きありがとうございました。
次の作品など見ていただけると幸いです。
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すごく気になりますね🤨
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次の投稿楽しみにしてます(´˘`*)
余談なのですが...
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作者さんからは普通なんですかね🧐
もし良かったら教えてください; ;
感想ありがとうございます!
確認したところ、私の方にも何故か5話が3つありました😅
多分公開ボタンを連続タップしたせいかなと……ご指摘ありがとうございます
ニーナの方はちゃんと書きますので(視点もいれよかなと)……完結までもう少しですのでもうしばらくお待ちください!
例のやつは私めっちゃ元気です!しばらくは旦那さまを書き上げることに集中したいと思います