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戻りたい

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おまたせしました!




◇◇◇◇◇

 扉を開けてテラスへ出ると、生温い風が当たる。
 日本の夏より家は過ごしやすいけれど、それでもつい不快そうな顔になってしまうのは仕方のないことだ。

「この国は確かとても有名な演劇があるそうだね。メイリア嬢は観たことはあるかい?」

 殿下が言っているのは、アルテミス楽団というこの国トップの演劇のことだろう。その劇は素晴らしいものと数多くの人から絶賛され、隣国から観に来る人も大勢いる。
 私の母が父と共に観に行ったことがあるらしく、いつか行ってみたいと思っていた。
 そしてあわよくば、レオナルドと。

「いいえ…残念ながらまだ見たことがなくて。しかしとても素晴らしいものだと聞いております。いずれ友人と観に行こうと思っておりましたわ」
 ──だから遠回しに友人と観に行く、なんて言ってみた。
「そうか、それはよかった。もしよかったらメイリア嬢と見てみたいと思っていたんだ。メイリア嬢さえよけば、だけれど」
 ──のだけれど。

 本来なら殿下の頼みを断れるわけが無い。
 この皇太子を怒らせて帝国に喧嘩を売るなんて自殺行為、いや、国を滅ぼす可能性もある。
 けれど、どうしてそれを私が我慢しなければならないのか。
 だから私はニコリと笑って─

「…お断りしますわ、殿下」

 殿下は顔には出さないが、ぽかんとしているようだった。
 素直に私が受け入れると思っていたのならば、それは大違いだ。
 私はこの世界に転生してから、ゲームに囚われてから、ずっと自分らしく過ごしてきたのだから、これからも私は私の道を行く。
 王子だろうと王様だろうと、かかってこいの勢いでいく気だ。

「…くくくっ…」

 肩を震わせて笑いだした殿下に、なぜかレオナルドの姿が重なる。初めて会ったレオナルドもこんな感じだったから。
 レオナルドが少しだけ恋しくなる。
 あんなことがあってもレオナルドに会いたいというのは、恋をしているだからだろうか。

「メイリア嬢は面白いね」

 思わず、は?と漏れそうになった。
 私はレオナルドと似ている性格の人に好かれるのだろうか。
 でも浮気したやつと比べたらいい人そうな相手だ。私もなんだかレオナルドの相手をするような感覚で話すことができる。

 というかなぜ、王家主催でもないパーティに帝国の皇太子がいるのだ、と疑問が浮かぶ。普通は紹介するために王家が主催するはずだろう。
 こんなことになると知っていれば、夜会には参加しなかったのに。
 レオナルドとのすれ違いに、ミリアに連絡が取れないという深刻な悩みを持つ中、新たな悩みの種が出てきてしまい大変だ。そしてもしそれをマリカに知られたらと思うとなんだかゾッとする。


「メイリア嬢」
「はい、なんでしょうか?」
「君は婚約者がいないんだったよね?」
「はい、おりませんわ」
「そうか、ならば想い人は?」
「そ、れは……」

 想い人と言われて、胸がちくりと痛む。
 どうしてあんなヤツ好きになったのか、今でもよく分からない。でも、好きになった。今すぐにでも会いたいくらい。
 なのにレオナルドは距離を取るばかり。
 悔しいのに、何もできない自分にも腹が立つ。

「メイリア嬢…?」
「あっ…」

 俯いていると、殿下が心配そうに顔を除く。そのことに思わず驚いて。

「っ想い人もいませんわ…!」

 そしてつい、こんなことを言ってしまった。

「そうか、それなら…私にもチャンスがあるかな?」
「え?」

 驚いている私の手を取ると、クロム殿下は再び私の手を取り、嬉しそうな顔で口付けた。

「実は私、婚約者を探しに来たんだ。そして君の噂を聞いてね。ぜひ会ってみたかったんだ。だから君参加する夜会に私も参加することにしたんだけど…」
「は、はぁ…」
「…そしたら先程の君の返事…案の定、君のこと気に入った」
「っ…」

 戸惑う私を置いて、クロム殿下は話をしようとワインまで持ってこさせた。
 仕方ないのでワインを受け取り、ちびちびと飲みながら殿下のお話を聞く。
 話は本当に他愛もない話だった。殿下の側近の話だったり、帝国からこの国に来るまでの道中の話だったり、幼い頃の話など。
 私も話せる限りで学園での話をした。

 最初は警戒していたけど、クロム殿下とは話があって、ついついワインが進んでしまった。
 ワインの酔いが回ってきた頃、機嫌がよくなったクロム殿下は私を開放してくれた。酔っているせいか私も上機嫌になって、ルンルン気分でそのまま伯母様に挨拶をして会場を出た。

(飲みすぎたかなぁ?)

 馬車へ向かおうと階段を降りていたとき、ふわふわした気持ちになっていることに気がついて、流石に酔いを感じた。
 この身体はお酒が弱いのかもしれない。一回目はあまり酔わなかったから、こんな酔ったのは前世以来だ。
 視界がぐるぐると回ってきて、力が抜けて足がもつれて倒れ込んでしまいそうになった時、ぐいっと腕を引っ張られた。

「っ─何やってんの」
「えっ…?」

 後ろを振り向くと、そこにはなんとレオナルドが怒ったような、焦ったような顔で立っていた。

「レ、レオナルド…?な、なんでぇ…?…はっ、幻覚を見ているのかしら…」
「悪いけどこれは現実。僕もパーティーに参加してたんだよ。…気づかなかったの?」
「そうなの…?気が付かなかったみたい…」

 そこでまだレオナルドの腕に支えられていたことに気がついた。

「…あっ、ありがとう、支えてくれて…」

 まさか今ここで再開するとは思ってもなかったから、戸惑ってしまう。気まずくて目も合わせられないし、なんて話せばいいのかもわからない。

「……メイリア、酔ってるでしょ?」
「えぇ?酔ってないよ?」
「……そう。酔ってないなら僕はもう行くね」
「えっ…ま、待って、レオナルド…!」

 立ち去ろうとしたレオナルドの腕を掴んで止めてしまったけど、何を話したらいいのか分からなくて、振り返ったレオナルドの顔が見れない。
 あんなに会いたかったのに。離れたかったはずなのに、会いたくて仕方なかった。
 なのに、いざ会えたらなんて話していいの分からない。その悔しさに涙が滲む。

「…メイリア?」
「あ…えとね、その………よ、酔ってるわ!」
「え?」
「私、酔ってるみたい…ねぇ、馬車まで送ってくれないかしら?」

 先程レオナルドは「酔ってないなら僕はもう行くね」と言っていた。つまり、酔ってるなら行かないということだろう。ならば酔ったと言うべき。我ながらいい案だ。

「はぁ…いいよ」

 最初は怪訝そうな顔をしていたけど、ため息をつくと手を取ってくれた。
 そのことに内心ドキドキしながら階段を降りる。久しぶりに繋ぐレオナルドの手は温かった。

 階段を降りて扉をくぐったら、もう馬車は目前。
 私はなんて話せばいいか分からないし、レオナルドも終始無言だった。

「はい、ここまででいいよね?」
「う、うん…ありがと…レオナルド」
「じゃあ、僕はもう戻るね」

 するりと手が離れる。温もりが消えたことに悲しくなって、パーティーに戻ろうとするレオナルドの腕を掴んだ。

「…何?」
「そ、そのっ……少し、話せない?」
「……僕は何も話すことは無いよ」
「ある、でしょ…あるはずよ…!」

 つい声を荒らげてしまった。滲む涙が見えないように俯いた。
 なんでもいい。またからかったり、バカにしたっていい。お世辞でもいいから、今日のドレス姿を褒めてほしいだけなのに。

「…ああ…ごめんね」
「え…?」
「謝ってほしかったんでしょ?あの日のこと」
「なに、言って…」
「足りなかったら何かお詫びを用意するよ?何がいい?。……ああ、公爵令嬢にこんな態度は失礼でしたか?」

 ─違う。謝ってほしかったわけじゃない。

「…っ、バカ…」
「…え…?今、なんて…」

 よそよそしくて、何も本音を言ってくれないレオナルドに、なぜだか無性にムカついて。

「っ…バカ!レオナルドのバカって言ったのよ!!」
「は…」
「…私、すごく怒ってるんだから! 仲直りしたいのにずっとそんな態度で…!」
「………」
「ミリアとも会えないし、レオナルドとはしばらく距離置いたらいいのかなって思ったけど、会えなかったらそれはそれで寂しいし!」

 レオナルドに向けて、ずっと思ってたことをぶつける。
 何を言っても怒りは収まらず、レオナルドの胸辺りをありったけの力で殴る。けどレオナルドは何も言わないで、殴る私をただ見つめていた。

「会いたかった、会いたかったのに……!からかい合って、笑って、冗談みたいに口説いて………そんな前みたいな日々は、もう無理なの…?」
「……メイリア」
「あの日、たしかに怖かったわ。あなたが見せたことないような怖い顔して何されるか分からなかったから」
「それは…本当にごめん…」
「……でもね…!あれはレオナルドだったから許せたのよ。知らない人なら許してないわ。……言ってる意味わかる…?」

 だんだんと頭がふらふらしてきて、視界がぼやけてきた。これが涙なのか酔っているからなのかわからない。
 でも力も入らなくなってきて、がくんと足の力が抜けた。

「メイリア!」

 薄れゆく視界の中で、私が最後に見たのはレオナルドの焦った表情だった。
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