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憂鬱

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「おはよう、メイリア」
「…ご機嫌よう、レオナルド」
「今日は髪上げてるんだね」
「…ええそうね、最近暑くなってきたから」
「そうだね。もー、ほんとに夜が寝苦しいったらありゃしないよ。僕も髪切ろうかなー」

 朝、学園の校舎前でレオナルドと挨拶を交わす。
 それは見慣れた人ならば代わり映えのない光景だろう。だけど私からすれば違和感だらけの光景で。
 だけどそれを大っぴらにするわけにもいかないから、私は笑顔を貼り付ける。




 ──あの日から結構な日にちが経過しようとしている。
 何日経ったのかのかは曖昧で、覚えていない。あまりにも呆然としていて、そういう意識はしていなかったから。ただ、ぼんやりと過ごしていた。



 私とレオナルドの関係性の変わったところと言えば、いくつかある。
 まず、以前までならべったりだったぐらいのスキンシップが殆ど無くなった。四六時中一緒にいるなんてことも。
 それに私を口説くことをやめたこともだろうか。「好き」はもちろん、「可愛い」なんて褒めてくれることも無くなった。…それが嬉しかったのは、今更誰にも言えないけれど。

 そしてもうひとつ変わったといえば、レオナルドの一人称だろうか。
 以前は"俺"と言っていたのだけれど、こうなってしまってからは"僕"と言うようになった。"僕"という一人称は、レオナルドが猫を被っているときに使っていた一人称だ。
 高貴な方が相手ならば"私"、それ以外の人には"僕"、そして親しいものには"俺"。
 私には"俺"を使ってた。今になって、私には猫をかぶる必要がないくらい近かったのかと今になって少し悲しくなる。今は完全に遠く、ただの「友人」なってしまった。

 ──しばらく一緒にいたのだ。それくらい分かる。

 私は彼に甘えていたのだろう。
 だからこうなってしまって、余計に寂しくなる。これは私が引き起こしたことも同然なのだから、私が寂しいなんて言う資格はない。


「ねぇ、レオナルド。話したいことが─」
「あぁ…ごめんね、先生に用事があるんだ。また今度ね」

 こんなふうになにか話そうとしても、レオナルドははぐらかすだけ。二人きりにもなれなくなった。

 物理的な距離はそれほど変わらない。でも、心の距離が離れたまま。それが余計に辛い。

 心にぽっかり穴が空いたような感じのまま、ここ最近を過ごしている。



 そして今は支えてくれる友人さえいない。ミリアは少し前に家の用事でしばらく学園には来れないとのこと。せめて夏季休暇に会えないかと連絡したものの、手紙も途絶えてしまったし、私は今猛烈に寂しい。


 どうすれば良いのだろう。息が、詰まる。なのに涙は出ない。こんな辛いのはいつぶりだろうか。
 私は早く夏季休暇が来て欲しいと願うのだった。






 ───そして2週間後、やっと夏季休暇になったので、私はエイミーを連れて屋敷に帰ってきた。

「メイリア! よく帰ってきてくれたな!」
「うっ!? あ、暑苦しいですわ、お父様!」

 馬車をおりた途端、体格が大きいお父様が物凄い勢いで抱きついてきた。きつく抱きしめられて暑苦しい。
 呆れながらお父様に文句を言おうとするが、お父様の後ろから夏では考えられないほどの冷気が漂ってきた。

「……あなた? メイリアに迷惑かけてるんじゃあないでしょうね?」
「ヒィ!? メ、メアリ…?」

 情けない声を上げてお父様が勢いよく振り返ると、ちょうどお父様の図体に隠れていた後ろが見えてきた。そこに居たのは暗黒微笑のお母様。私も思わずヒヤリとする。

「…お母様、ただいま帰りました」
「ふふ、おかえりなさい、メイリア。待っていたわ!」

 私の手を取ったお母様が「行きましょ!」と歩き出す。…お父様は無視された。今世の自分の父ながら呆れてものも言えない。


「お母様、今回は一ヶ月ほど過ごすことになりますわ」

 お母様と会話をしながら屋敷へに入る。久しぶりの我が家は、何も変わっていなくて安心した。

「そうなの? 一ヶ月だけなのは寂しいけれど……仕方ないわね。沢山お話しましょうね、メイリア」
「ええ、お母様」

 荷物を部屋に置くためにお母様と別れ、久しぶりの自室に行くことになった。
 そこにいたのは懐かしい顔ぶれ。侍女のリアやレア達に久しぶりに会えたことが嬉しくて、胸が暖かくなった。

「久しぶりね、皆!」
「お嬢様、エイミーさん、お久しぶりです!」
「一ヶ月ほどはここで過ごすことになるから、またよろしくね」
「はいっ」
「エイミーは少し休暇をあげるわ。久しぶりにゆっくりしてきてね」
「お嬢様…! ありがとうございます」
「エイミー、嬉しそうにしてない?」
「…そんなことはありませんよ? ではこれで失礼します。あとはリアたちに頼んでくださいね」
「あっ、エイミー、ちょっとまだよ!?」


 ──そんな感じで久しぶりにゆっくりと過ごしていた。

 心身ともに疲れていたので、本当にゆっくりできた。心はほんの少し少し寂しかったけれど。
 そして約1ヶ月が経って、あと1週間で夏季休暇が終わるという日。

「まぁ、メイリア!あなた、すごく綺麗よ」
「ふふ、ありがとうございます。お母様も素敵ですよ」

 久しぶりに侍女達にしっかりと着飾られ、馬車へと乗り込む。

 今日参加する夜会は、私の伯母が主催のパーティだ。強制参加という訳では無いので、息抜きに参加することにした──のだが、まさか息抜きに参加した夜会でこんなことになるとは一体誰が予想していたのだろう。






◇◇◇◇◇

「伯母様、お久しぶりです」
「まぁ…メイリア、きれいになったわねぇ!もう立派な淑女じゃない!」
「ふふ、伯母様には負けてしまいますわ」


 伯母さまと談笑していたとき、急に会場がざわついた。何事かと振り返れば、金髪にエメラルド色の瞳の青年がこちらに近づいているのが分かった。

「…伯母様、あちらのお方は─」

 伯母様の答えの前に、青年が「失礼」と声を掛けてきた。伯母様に許可を取り、なんでしょうかと青年に応じればするりと手を取られ、そのまま手の甲に軽く口付けされた。

「っ…!?」

 青年が唇を離して顔を上げる。それだけで至る所から黄色い悲鳴が聞こえてきて、中には卒倒している者もいた。

「初めまして、メイリア嬢。あなたにお会いできて光栄です。お噂通り美しいですね」
「…こちらこそ、お会いできて光栄ですわ、殿
「ああ、そんなに畏まらないで。貴女とはぜひとも仲良くなりたいのですから。そしてこの国に滞在する間、よろしければ貴女にこの国での案内を頼みたいのですが……どうでしょうか?」
「…ええ、わたくしで良ければ喜んで」

 ニコリと微笑んで了承する。
 彼は、一国の公爵令嬢が断れる相手ではない。それもそうだろう。目の前で微笑んでいる彼は、隣国の皇太子。
 そして、マリカが探していたクロムという男なのだから。

 どうして彼がクロムという皇太子だと分かったのか、よくわからない。しかし直感的にそう感じた。多分私は覚えてないだけでどこかで見たことがあったのだろう。

 それにどうして私を知っているのだろうかも分からない。婚約解消のことが知られたのだろうか。

「あっ……」

 なんとクロム殿下は考え込んでいる私の手を取りテラスへと出た。まずはこの国の城下町を散策したいだとか。
 ……ああ、私はいつまで攻略対象者に振り回されるのだろう。


 ついこの間まで、やっとゲームを忘れて夏季休暇を楽しんでいたはずなのに!
 ──そう叫びたくなるのを笑顔でぐっと堪え、心の中でため息を吐いた。


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