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逃げるヒロイン、追い詰められた私

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「は…」



 レオナルドは私がいたことに驚いたのか、目を見開いて固まった。



「な、なんっ──んぐっ?」



 遠い目から慌てて戻って来て、なんで、と言いそうだったレオナルドの口を塞ぐ。マリカが来ていないのを確認して、しーっと人差し指を口に当て、静かにしてとジェスチャーすると、レオナルドは驚きながらも分かったと頷いた。



「………? レ、レオ様?」



 しかし、訝しんだマリカがこちらに近づいてくきた。

 やばい、修羅場になる。そう思った時、レオナルドが私の前に立った。まるで、私を隠すように。



「…いや、ここには何も無かったよ」



 近づいて来たマリカに振り返ったレオナルド。マリカはまだ怪訝な顔をしているがレオナルドがそういう以上何も聞けないと思ったのか諦めたようだった。



「で、いつまでここにいるつもり?」

「え…」

「よくもまぁ、あそこまで言われてもまだここに居られるんだね」

「っ、」



 真っ赤な顔で言葉につまるマリカ。レオナルドの言い草は酷いけれど、私だったらもう逃げ出しているこの場から逃げないのは凄い、と現実逃避する私。

 さっきはそこまで近くなかったけど、今は目の前で繰り広げられているこの場を今すごく離れたいのだから。



「…もう一度言わないと気が済まないかな?僕は君の手を取ることは一生無いよ。僕には好きな人が居るから。その女ひと以外の手を取ることしか考えてない。そんな僕じゃなくて他の人がいいんじゃない?」



 多分、私のことだろうなと赤面する。分かってても恥ずかしいものは恥ずかしいものだ。



「気が済んだなら早くここから立ち去って、」

「……まだよ、まだ終わらないわ! 私はレオの好感度を上げないといけないんだから!」

「はぁ…?」



 突然声を荒らげたマリカ。何が切羽詰まったような顔に眉を顰める。



「だってレオイベントをしなきゃ…クロムに会えないんだから…」

「クロム?」



 レオナルドが呆れながらも訊ねる。多分早く終わって欲しいのだろうが、こっちは新しい名前が出てきて困惑している。続編か何かがあったのだろうか?



「……そうよ。クロムに会うには1をクリアしないといけないの! だからさっさと私に告白しなさいよ!」



 その言葉にピキっと青筋が立つ。クロム? 1? クリア? 告白しろだ?

 そんなもの知ったことない。そろそろ足も疲れてきたし、常識が無いマリカにもイラついていたところだ。丁度いい。すぅっと息を吸う。







「……………関係ないわよ」



 ゆっくりと立ち上がる。そして、レオナルドの後ろから横に移動する。



「…っな、なんであなたがここに…」

「メイリア…」



 たじろぐマリカと、呆れたような顔をするレオナルド。困惑するのも無理はない。突然後ろから出てくるのだから。2人をちらりと見て、すぅっと息を吸い込む。



「ねぇ、マリカさん。あなたがクロムって人に会いたいのは分かったけれど、そのために他人を巻き込むのはダメよ。別に他の攻略対象者とどうなろうが構わないけど、今のままじゃ平穏な未来はないわよ。その人は、本当にここをクリアしないと会えないの?」



「あんたなんかに言われなくても! ふん、そんなの当たり前でしょ!2ツーのキャラなんだから」



「いいえ、私は違うと思うわ。だってここが本当にゲームなら、バグは修繕されるでしょう?バグは私だけじゃない。あなたも、レオナルドも、みんなバグったわ。…いいえ、バグでは無いわね。変わったのよ。ゲーム通りの決まったことしか言わない、つまらない日常から、より人間らしくね」



 (まぁ、変な人ばかりだけど)

 ちらりとレオナルドを見る。すると、レオナルドは嬉しそうに微笑んだ。それにドキリとしながらも、マリカに向き合う。



「…話を戻すわね。さっきレオナルドが言ったように、ここはゲームじゃない。レオナルドだって、クロムだって生きてるの。キャラじゃない。だからレオナルドは貴女の告白を嫌がった。そして、会いたい人には自分の足で会いに行けるのよ。驚かれたって、きっかけは後からいくらでも作れるわ。ゲームじゃないなら、エンディングを迎えてクリアしたって、あなたや会いたい人はこの世界に生きててるのだから、会いに行ける。でしょ?」



「っ、なんであんたなんかに言われなきゃいけないのよ!」



「なんで、ね……そんなことも言わなきゃ分からないのかしら。…ただ1つ言えるのは、私も変わったからよ」



 レオナルドと出会ったから。なんて心の中で思う。口に出したら、絶対レオナルドにからかわれるかもしれないけど、そんなのも悪くないかもしれないな、なんてことも思い浮かぶ。



「…メイリアの言う通りだね」

「レオナルド…?」



 レオナルドが私の腰に手を回し──私の縦ロールは最近悪役っぽさを和らぐために緩やかなウェーブにしている──髪を手に取り口付けた。



 目元を少しだけ赤く染めたレオナルドが微笑んだ。



「…俺も変わったんだ。メイリアと出会ってから」



 その微笑みにドキリと心臓が鳴った。身体がくっついていることもあり、どくんどくんと心臓が鳴り響く。



「…ちょっ、離しなさいよ…!」

「やだ」

「やだって、」



 心臓がドキドキしているのをバレたくなくて離れようとするけど、レオナルドがくっついて離さない。やだ、なんて言って意地悪そうな顔をするのにも余計にドキドキしてしまう。どうしたの、私の心臓は。



 マリカはそんな私たちを睨みつけ、ギリギリと歯をかみ締めている。



「…悪役令嬢のくせに…ッ」



 真っ赤な顔に目を充血までさせ、ヒロインとは言い難い表情をするマリカ。

 そんなマリカから私の身を隠すように、レオナルドが1歩前に出た。



「…その言葉は聞き捨てならないなぁ。君はメイリアを悪役って言うけど君の方がよっぽど悪役なんじゃない?」

「は? どういう意味よ!」

「君の行為はさすがに目に余るよ。複数の男性と、しかも婚約者がいる令息まで手を出してさ。メイリアの忠告だって無視して、怒鳴り散らかすだけ。これじゃ、どっちが悪役か分からないね?」

「っ、私は、私がヒロインよ! 第一、悪役令嬢だってエドの婚約者なのにいつもレオと一緒にいるじゃない!」



「はぁっ?」



 思わず間抜けな声が漏れる。エドワードとは婚約解消したのだけれど?



「あの、マリカさん。誤解しているようだけど私は──」

「言い訳は結構よ!…っ、あんたなんかエドに頼めばすぐに断罪できるんだから!」

「え、ちょっ!?」



 途端、私がいちばん困る捨て台詞を吐いたマリカが走り出した。バタバタと私たちの横を走り過ぎていく。







「い、行っちゃった…」

「んー、まぁよかったね」

「よかったねって…」



 私としては誤解されたまま行かれたのがショックだった。あいつと婚約者だなんて死んでも嫌なんだが。呆然とマリカが立ち去った方をなんとなく眺めた。









◇◇◇◇







「ねぇ、メイリア」

「なに?」



 レオナルドに声をかけられ、振り返る。その顔は意地悪な顔をしていた。



「いつから聞いてたの?」



 ピシリと身体が固まる。そういえば隠れてたのをこっそり聞いてたんだった。ダラダラと冷や汗をかいてきた。やばい。



「…メイリア?」



 にこやかなレオナルドと目が合わせられない。



「怒らないからさ、ね?」

「…っ、さ、最初から…」

「ふーん、じゃあ全部聞いてたんだ」

「うっ、え、ええ…」

「そう…」



 レオナルドが口に手を当てたので、なんだと見てみれば、その目元は赤くなっていた。



「!」

「なんだか少し恥ずかしいなぁ」



 レオナルドも恥ずかしいと思うことなんてあるんだと、彼の弱味を知れたとニヤついてしまった。



「ふふ、レオナルドだって恥ずかしいと思うことあるのね。意外だわ」

「そう?俺だって恥ずかしいものは恥ずかしいって思うよ」

「ええ? あんまり想像できないわ」

「想像しなくてもいいよ。…恥ずかしいから」



 その言葉にまたクスっと笑ったら、レオナルドは嬉しそうに微笑んでいた。その笑顔に、落ち着いたと思った鼓動がどくどくと動き出した。



「ねぇ、メイリア」

「ん?」

「俺の事好きになった?」

「っ!」



 また、ドキリと心臓が跳ねた。顔が赤くなって、目も合わせられなくなって、これじゃまるで好きだと言っているようなものだ。



 …レオナルドのこと、本当は好きなのかもしれない、だけどまだ認めたくなかった。ただの意地っ張りなだけかもしれないけど、それだけは。



 だって、あの時前世の大嫌いな男たちのことを思い出してしまって、レオナルドのこと信じられなくなってしまうから。

 昔の男とレオナルドは違う。今のエドワード達とも違う。



 あの時は恋に恋していたかもしれないだけ。そして、盲目になっていただけだったのだろう。そんな昔の自分が嫌だ。そういえば、どうして結婚が夢だったのかしら。結局、騙されただけなのに。

 昔の嫌なことを思い出して、いやいやと頭を振る。昔は関係ない、関係ないから。



 ──なのに。





「………っ」

「…メイリア?」




 言い淀んでいる私を気遣うような声が、いつもより冷えていたことに気づかないまま、胸に手を当て握りしめた。

 ここで異変に気がついて、言うのをやめておけば良かったと後悔するのはもうちょっとあと。



「…わ、私…」

「………」

「…ごめんなさい、私、やっぱり…あなたのこと、」



 ──まだ信じられない。

 そう言おうとしたのだけど、いきなり肩を掴まれ、ドンッと壁に押し付けられた。同時に後頭部にも鈍い痛みが走る。



「きゃ!? な、なにし……て、」

「……………」



 言葉が止まった。驚いて見上げた先の、私を見つめるレオナルドの顔は無表情だったから。いつもニコニコしている人の無表情というのは怖くて、びくりと震えた。

 そしてその綺麗な碧の瞳は光を失い、氷のように冷たくなっていて。ぞくりと、悪寒が走る。



 その時初めて、レオナルドが怖いと思った。


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