僕たちは正義の味方

八洲博士

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 呆れた話だ。はじめて話を聞いた感想はそれだった。マジで?大丈夫?などと大人達の頭の中を疑ってしまったのはしばらくたってからだ。
 生徒のためにと大学並みの施設を用意してくれたのはありがたいのだけど。当たり前な苦情はすぐに生徒の共通の意見となった。各施設が校舎から遠すぎる、と。
 駅から少し離れた台地に造られた界皇学園。隣接するのは工業団地になるのだが不景気のあおりで計画を凍結する企業もあり、今のうちにと広大な敷地の確保に成功していた。市としても用意した土地に空きが目立つのは避けたい話だったし学校法人なら相手に問題はない。二四時間稼働を考慮した工場は騒音にも気を使っていたし、学園側も冷暖房完備の防音校舎となれば難色を示す理由がなかった。
 当初計画の倍、通常の四倍もの敷地を確保した学園は将来の可能性に徹底的に対応していった。野球とサッカーは専用のグランドが整備され、校内集会にも対応した体育館に第二体育館が追加され、順次整備する図書室と保管閲覧用に図書棟が。指導要綱にある、柔道場剣道場も用意された。プールもシンクロナイズド、高飛び込みに対応した屋内プールと競泳用の屋外プール。運動部文化部の部室棟など。後から追加するよりも今、まとめて造ってしまおうというばかりに多様な施設を造りまくったのだ。
 自動車で建設経過を視察に来る大人達には問題がなかったが、校舎の更衣室で体操着に着替える生徒達はグランドへの移動に悲鳴を上げた。ハイペースで
駆けつけてギリギリ間に合うかどうかだった。授業を受けた後では走れる程の気力、体力は残っていない。
 はじめのうちこそ生徒の怠慢を疑った教師達も施設の欠陥を思い知る。
 早期に職員会議で問題提議がされたものの、移動距離の少ないサッカー用のグランドを活用して急場をしのぐことが決まった程度だった。
 今はまだ一学年しか生徒がいないが三学年の生徒が揃ったらしのぎ切れない。
根本的な解決策が求められた。なによりもせっかく用意したグランドを使えないという愚かさを認める訳にはいかないのだ。
 突貫工事で敷地の地下に開発中の交通システムが実験的に張り巡らされ、部外者の侵入を検知でき、生徒と識別できる端末が形にされた。
 表向きは実験、検証を兼ねた、生徒のための施策であるとして。

 「うわぁ、なんだかキモくない?」
 教師から渡された、見るからにゴツイ腕輪が。腕にはめた途端、勝手に厚みを薄くしながら手首に密着していく。いぶし銀のような表面には画面やら入力用のタッチパネルが浮かび上がったりして、右手の掌紋や指紋を丸ごと登録させられた。見た目の区別用に学年、クラスと出席番号が表示される。腕を振り回しても落とす心配がないくらい、隙間がないので見た目は銀色のサポーターに見えなくもない。これで校内のナビゲーションシステム、地下の交通システムや
普通にICカードとしても使えるらしいけど。どう考えてもウェアラブル・コンピュータだ。しかも変形機能付き。動力は何なんだろう。乾電池よりも薄っぺらいよ、これ。先生や事務員さんはもれなく目につくように装着しているけど。
こんな高価なものをテストさせないでほしい。
 みんなも気が散るかなと眺めてみるけど普通にはしゃいでいた。
 「あ、時間が出た」
 「学生食堂の決済もできるみたい」
 舞ちゃんや陽子ちゃんもこの端末に夢中になっているけど。
 タフだなぁ、みんな。

 特待生、私たちの場合はスポーツ特待生だけど。学生食堂の利用にお金がかからない。利用するその都度、生徒手帳を見せる必要があったんだけど。これからはこの端末をかざすだけで済むのかな。
 そんな事を考えたせいか急にお腹が空いてきた。
 ふと見ると、舞ちゃんや陽子ちゃんだけでなく。何人かが服の上からお腹をおさえている。多分、無意識に。
 「なんかお腹が空いたね」
 「へえ、舞ちゃんも?」
 普段からシンクロすることがある二人は特に気にした様子はないけど。
 「じきに昼休みだから教えておくけど。食堂のレジで電子マネーのチャージが出来るようになってるからな。バスにも乗れるし、コンビニで買い物もできる。
やっておくと便利だぞ。ただテスト運用の端末なのであまり見せびらかさないように」
 以上で先生の説明が終わり、昼休みに突入。いつも以上に混み合った食堂で、先輩たちと合流する。
 端末については初耳の先輩もグランドへの移動は不満が溜まっていたようで呆れながらも肯定的だった。
 食事をしながら情報交換もする。
 「竹刀や防具一式、道着は六人分申請済み。ものが揃うまではトレーニングが主体になります」
 いずれ正式に部室が割り当てられて、打ち合わせとかは部室での話になるんだろうけど。こういうのも、どこか楽しい。
 などと油断していたら、いきなり話が振られてきた。
 「榊次郎君の件はどうなっているのかな」
 みんなの視線が私に集まる。
 「私の受験勉強を手伝って、という名目で彼の学力を補強してました。暗記物を除いて理解の弱い所も復習しました。今後は受験勉強に付き合わせた恩返しとしての家庭教師を続けます。英単語や歴史の暗記の割合が増えそうですね。
彼のお母さんには界皇学園を受験するメリットは伝えてあるので、今後は彼自身に動機付けをしていきます」
 「後は今年の大会の個人戦に参加するように彼を誘導しないと。スポーツ特待生に相応しい実績を残してもらわないとね」
 傍から見れば、他人の人生を操る悪企みにも見えそうだけど。次郎ちゃん自身が剣道を好きなことは間違いがない。けれど彼が今、使っている防具が体に合わなくなった時に。新しい防具を用意できない彼が剣道を諦める可能性が高いことも、ほぼ、間違いない。
 ここにいる六人は彼の才能を認めて、その才能が家庭の事情などで埋もれることを惜しんでいる。次郎ちゃんがその才能を示すことができればこの界皇学園でなら十分なサポートを受けることができるのだ。
 うん、がんばろう、私。
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