僕たちは正義の味方

八洲博士

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 夏休みの間の一日。僕たちは武道館に来ていた。
 そう、有名なアーティスト達がコンサートをしたりする、あの武道館にだ。
 もちろん、僕たちは好きなアーティストのコンサートに来た訳ではない。
部活動で、剣道の中学生の全国大会。その決勝戦の会場が今回は武道館となった訳だ。大スターとかアイドルでもないのに、ここを使ってもいいのかなとは思うけどここが会場になっている以上逃げるわけにもいかない。
なんでも百年に一度と言われる程の強力な台風が度々来て、他の使えそうな会場候補に甚大な被害をもたらしたばかり、だとか。あるところでは建物が被害を受けて天井から水が漏ったり屋根が飛んだり、別なところでは最寄り駅の電車の線路が冠水して使えないなどの事情があったらしい。
まあ、有名歌手のコンサートに使うよりは普通な使い方なのかもしれない。
ここは武道、館なのだから。国技の相撲を始め、空手に柔道、剣道。これ皆、武道だもんね。

初めて参加する大会だから、これが普通かどうかが分からないが予選に比べると格段に記者というかカメラマンの数が多い。もしかして僕たちを取材にきたのかなんて考えてしまう。剣道部の活動予定は他の部と重ならないように調整してあるけど、それ以外はお互いに詳しくは知らない。活動日は予定を勝手に変えられないが時間帯なら融通が利く。去年のように午前中、というよりは朝練の時間に変更したのだ。温暖化の影響か昼間の気温が高すぎるので。剣道は大抵屋内で行われるので試合も大きな大会ほど空調が期待できる。なので無理に暑い気温に体を適応させる必要がない。
その辺、野球部とかはどうなんだろう。ドーム球場でもない限りエアコンなどの空調が使えるはずもなく。炎天下の試合に対応できるように練習も炎天下でということになるのだろうか。他人事ながら気になる話だ。
予選から本選までの間に色々と学校に取材にきた人達がいたようだけれど。練習は朝の九時には終わらせていたので毎日足を運んでもすれ違うことになる。野球部や吹奏楽部では定番の朝練というやつだ。夏は早い時間から空が明るいので早起きも苦ではなかったが授業中に居眠りをする理由がわかった気がする。
授業をする先生は納得してはくれないだろうけど。
練習時間の移動は臨時の変更なので当直の先生も知らないかもしれないし取材に来る人が知るはずもない。仕事とはいえ大変さがうかがえる。大人は本当に大変だと思う。

 大会本選、序盤こそ予選と同じ流れだったが、準々決勝、準決勝に出てくる学校は情報に強いのか対応力が強いのか。勝負が決まるまでに時間がかかるようになってきた。
 予選で戦った相手の選手はこちらの攻撃を防ぐために竹刀を振っていたのだろう。防ぐこともせず、避けることもしなければ相手の攻撃が決まり、一本を
取られてしまう。それが当たり前だった。
 ところが僕たちは積極的に対戦相手の竹刀を狙い、弾き飛ばした反動を使って一本を取りにいく。対抗戦で戦うのは先鋒同士、次鋒同士と一人だけだ。故に違和感を感じられる前に勝負が決まる。よほど注意深く観察しないと気付くのは難しいかもしれない。だからこそ予選で僕たちが勝ち進むほどに会場の空気が盛下がっていったのだけど。
 それでも本選ともなると勝ち進むことの難しさが分かっているのか、中々に盛り上がってきている。
 大会本選の常連校という強豪達に勝つという意味の大変さが皆分かっているということだ。打ち合わせる竹刀がひと際大きく弾かれた時にこちらの攻撃が決まる。このパターンはさすがにばれているようで。対策も取られ始めた。
 先ずは力負けをしないこと。自分の竹刀だけが弾き飛ばされるから隙ができ相手に攻め込まれる。ならば相手の竹刀も同じく弾き飛ばせば良い。そうなるね。
 結果、試合会場には竹刀を叩きつけ合う音が響きわたることになる。
 なんか鎧を着こんだ中世の騎士の戦い方になってきた。お互い鎧を着た騎士同士では相手を切る事が難しい。剣は相手を切るのではなく、叩き潰すために
重く頑丈に作られるようになる。だから剣と剣をぶつけ合えるのだろう。
 日本刀でそんな扱いをしたら遠からず刃こぼれするに違いない。命懸けの戦場では刃こぼれとか気にしていられないだろうけど。
 刀よりは断然軽い竹刀で互いに相手を弾き飛ばそうとするのだから当然普段よりも力を使う。体幹を鍛えたり、足腰の筋肉、下半身の強化が必要になってくるのだけど。それはわざわざ教えることでもないし、気づかないでいてくれた方が有り難い。
 「こうして戦う以上、手の内がばれるのは仕方ないか」
 独り言のつもりだったのだけど、隣の里紗ねぇから返事がくる。小声で。
 「まだまだ見た目の、上辺な話だと思う。初見で全てを見透かされることはないと思うよ。一番を狙うのには今回が最適かも」
 実は今回も場違いな所にいると僕は思うのだが。試合をする、区画線に囲まれた所から一段下がって選手たちが控えているのだけどさらに下がった所に顧問、
コーチ、補欠の里紗ねぇ。その隣がなぜか僕だった。同じ女子の一年生達が座ってもいいようにも思うのだが、さすがに十五人は無理なので皆は観客席にいる。
僕もそこでいいと思うけど、こんなところにいるわけで。僕の座る場所くらいで
もめるわけにもいかないし。これから戦う選手達からもここに座っていろと言われては、嫌な顔もできないよ。
 今日の予定は準決勝戦まで。明日は男子の試合があり、明後日に決勝戦と表彰
式、らしい。
 「今日も明後日も防具を持って武道館か。今日の内に決着をつけてくれたら、
残るは明後日の表彰式だけで。手ぶらで移動できる。身軽になれるのに」
 「それはゼイタクというか、地元ならではの話だね。遠い所の代表は多分近くのホテルに宿泊しているはずだから。防具の運搬なんて気にならないと思う」
 三年生の思い出作りを兼ねた大会参加だけど、初見殺しの天元流だけに今回がトップを狙える一番のチャンスなわけだ。道理でみんな頑張るはずだ。
 でも、ふと僕は考える。
 「今の三年生がいなくても里紗ねぇと志村さん帯刀さんの三人がいれば決勝進出は可能なんじゃないかな。五番勝負で三回勝てばいいのだから」
 「買いかぶりすぎだよ。でも来年の事はわからないけど、決勝進出出来たらいいね。会場どこになるんだろう」
 「え?武道館じゃないの?」
 「今回は特別だよ。前回は埼玉県だったかな」
 埼玉か。いや、千葉になっても試合前に移動するには遠すぎる。
 「来年も武道館でいいと思うけど」
 「百年に一度クラスの台風がふたつも来たからね。来年の武道館開催はないよ」
 「百年に一度の台風が今年ふたつも日本に上陸するって。何かおかしくない?」
 里紗ねぇの説明に頭を悩ませているうちに選手たちは準決勝を勝ち抜いてしまった。うん、マジでトップを狙えるな、これなら。
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