僕たちは正義の味方

八洲博士

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 女子剣道部の山下コーチと向かい合う。僕は男子剣道部なのに手合わせをしなければならないようで。まったく、なんでこんな目に合うのかな。まずは序盤、相手の出方は小手調べからだろうと思っていたら。そんなところが全然ない。
 里紗ねぇ達が相手をする時は、竹刀が相手の体まで届かないアウトレンジな位置で油断を誘っていた。竹刀の持ち方は力を込め過ぎず、当てる瞬間に竹刀を絞り込むように握るのが基本だ。相手の攻撃に対応しやすいようにと緩く構えた竹刀なんて彼女達なら容易く料理出来るだろう。
 相手の出方を見極める。山下コーチの戦い方を、そう判断した僕だったけど。予想は大ハズレだった。もう少し手順を踏んで欲しかったけど強引過ぎない?
 避けるのも難しい重そうな竹刀の攻撃が空を割く音が聞こえる。
 僕のことは二年生、三年生の練習相手になった時に、判定されていたのかも。
 その対応がコレということは、グレーを通り越してブラック判定でも出たのかな。
 仕方なしに僕も相手の竹刀を弾く戦法を取る。そうでもしなければこの剣戟はしのぎ切れない。数えるのも面倒なくらい、竹刀を弾き合っていい加減不安になってきた。体力的にはまだまだもつけど、いつまで続けるつもりなのかと。
山下コーチにも疲れた素振りが全く見えないのだ。
 いや待てよ。女子部員の練習相手をした分、僕の方が不利じゃないか?
 その分余計に体を動かしてるのは事実だ。けれど相手がそんな事を考えるのは自分の体力に自信がないから故の姑息な戦法とも言える。特に恐れる必要もない。
 もう一つの可能性があるとすれば相手がそんな事を気にしていない場合だ。
 相手の強さを計るとき基準になるのは自分の力だ。どれほど相手が強くてもその値が自分のそれを下回っていれば何の問題もない。
 むしろ山下コーチの感覚では、程よく体がほぐれただろうくらいの準備運動扱いなのかもしれない。
 これは困った。僕は盛大に考え違いをしていたかもしれない。
 強制参加の部活で、時間つぶしに竹刀を振っていた先輩なら、その強さは気にする程の事はないけれど。もし部活の時間も真面目に練習して、僕らみたいに剣道教室に通ったり個人でどこかの道場に通っている先輩がいるとしたら。その人に勝つのは容易ではないだろう。積み重ねた練習の時間が違うのだ。
 学生の僕たちは。勉強をするために学校へ通う。部活はその一部だ。これが大人なら勉強の割合を仕事に置き換えることができるだろう。仕事の後は道場に通うのも本人の趣味であり、自由だ。その辺は僕らと大差ない。
 だけど山下コーチのように勤め先が道場となると話が違ってくる。普通の人に比べて、剣道に没頭できる時間が圧倒的に多いということだ。純粋に稽古時間の総量の多さで強さが決まるなら、今この場では、山下コーチが最強かもしれない。多分間違いなく、そうなるだろう。
 そんなコーチに対して、全力でお相手しましょうなどと決意するなんて。自惚れるにも程がある。あまりにもバカバカし過ぎて笑えるほどだ。
 コーチとの年の差を考えると、生まれた直後から練習に励んでも勝ち目は無いことになってしまう。
 「また、何か、失礼な、事を、考えて、ますか」
 果てが無いような剣撃の弾き合いにも関わらず、低めの声で怒りのこもった問いを投げかけられる。
 そんな事は無い、こともないのかな。なんだろう、この人勘が鋭すぎる。特に
この手の思考については異常なレベルだ。防具越しで碌に表情も読み取れないはずなのに。
 これが剣豪の洞察力、というものか。
 だいたいよくも喋れるものである。こちらにそんな余力はないというのに。
まあ本来ならばあり得ない、格上な人との手合わせである。猫を被ってやり過ごすつもりが、見事に化けの皮を剥がされたわけだし。後はひたすら牙を剝くだけだ。技とは言い難い、最後の奥の手を試させてもらうとしよう。敢えて牙と呼ぶのなら最弱の、と但し書きがつきそうだけど。
 上段からの面打ちを迎撃する刹那、僅かに身をかわしつつ、右手を軸に竹刀で小さく弧を描く。
 互いの竹刀はぶつかり合うことなくすれ違い、勢いにつられて山下コーチの体が横に流れていくところに面打ちを放つ。
 決まった、と思った一撃は右腕だけで振るわれた竹刀に弾かれた。さらには空中で身を捻ると、体勢を立て直しつつ間合いの外に逃げられる。猫の着地を思わせる、人間離れした動きだった。
 そんなのアリか、と内心毒づく。避けられるはずがないのだが。あえて理由をつけるなら、女性の細身で体が柔らかいことが幸いしたのだろう。実際、避けて、逃げられているのだから。
 天元流の打ち合いは、相手の竹刀にぶつけた反動を次の攻撃に最大限利用している。そこに肩透かしを食らわせただけなのだが、やはり効果があったか。
 例えばトランポリンで高く飛ぶ時も落下の反動を利用している。どんな名人でも一回目で五メートルの高さには飛び上がれない。どうしても反動が必要だ。
 さらにいうなら、三段跳びの最後の踏切地点に落とし穴があるようなものだ。
競技者は間違いなくケガをするだろうし、いい記録なんて残せるはずもない。
元々は剣道教室で、里紗ねぇをからかうために考え出したギャグやコントめいた発想の技である。対象者はもちろん、天元流の使い手限定だ。
 
 「今のは、何?・・・何をしたの・・・」
 乱れた息づかいで、苦し気に問い質す山下コーチ。どこかの筋でも痛めたのだろうか。実際、まともな動きではなかった。人間離れにもほどがある。
 答えようとしてみたが、そんな余力はとっくに尽きている。咳き込むばかりで声出すのがつらい。会話はちょいムリだ。

 「ぷっ、うふふふ。あははは」
突然山下コーチが笑い出した。何だろう、きれいなおねえさんがこんなシーン
で笑い出すと何とも言えない恐怖を感じさせる。
 「(いきなり笑い出して。ナニ、この人?怖い、怖すぎる)」
 試合疲れも相まって、ただ立ちすくむだけの僕だった。
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