僕たちは正義の味方

八洲博士

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 いつもよりクールな対応をして相手を言い負かし、相手が言い出した団体戦という試合方式を勝ち抜き戦に書き換えた香川先生。椅子に座り腕を組んだまま相手チームを見据える表情に目立った変化はないものの、普段の先生を知る、
私たちからすればどうにも反応が鈍い。まるで精神力が燃え尽きて、真っ白な灰になったかのようだ。
さほど的外れな見立てではないかもしれない。向こう側が勝手に決めた試合の段取りをこれだけの観衆の前で撤回させたのだから。
 こちらに戻ってくる時、いかにも、やりきったという晴れやかな顔をしていたし。私は先鋒なのでのんびりとはしていられない。そろそろ気持ちを切り替えていかないと。
 やっぱりそうだ。相手チームに藤山という名前の人は一人しかいないけど先鋒として目の前にいるのはさっきまで香川先生とやり合っていた、部長らしき人物だ。うーん、てっきり後ろの方で控えていると思ったのに。どういう風の吹き回しだろう。まあ、香川先生を中心に皆で江口先生を問い詰めた時に情報は仕入れている。
 試合開始の合図と共に、突撃してくる敵の先鋒。雄叫びを上げ突っ込んでくる様は面でも籠手でもない、ただの体当たりだ。相手の体勢を崩すぶちかましの後なんだろうな、面とか籠手とかは。身長はともかく、体格も腕の太さもこちらが負けているので勢いを付けてぶつかり合う。竹刀を叩き付ける大きな音に続いてミシミシと竹刀が軋む音がする。遠目には分かりづらいお互いの表情もこの距離だとよく見える。・・・のだけれど。
 相手の顔が凄い事になっていた。
 これまで押し負けたことのない自慢の突撃を私のような普通の体形の相手に止められたからか、驚いたように目を見開き、怒りにすぼめた唇は斜め上に吊り上がっている。そう、お祭りの屋台で売っているお面。ひょっとこの顔になっていた。
 「(な、何て顔してるのよ。まるでひょっとこのお面じゃない)」
 思わず吹き出しそうになるところをなんとか堪える私。ああもう、ほっぺたが
パンパンだよ。剣道の試合の真っ最中に、なんでにらめっこ対決が始まるかな。
 アハハハ・・・と笑い出すことのないよう、慎重に息を吐きながら、考える。

 変顔を見て笑い出す。
    ↓
 笑ったせいで脱力して、押し負ける。
    ↓
 体勢を相手に崩されたところで面か籠手の一本を取られる。

 笑った理由なんて対戦した同士しか分からないし、そんな説明を美央さんに
するわけにもいかない。小狡いというか小賢しいというか。それが真実かどうかは分からないけど、可能性は否定できない。
 鍔迫り合いを続けたまま全身に力を込めて押し返す。体格では負けていても身長はこちらが上だ。無理に踏み止まっても、体が反ってしまえばバランスが狂うだろう。力は出せない。お互いの持つ運動エネルギーがゼロになったからこその力技だ。
 そのまま相手を押し出して、場外を、取った。いや、剣道の試合でどうかなとは思ったんだけどね。相手にすれば屈辱だろう。相撲の経験を生かしてきた者が
素人に押し負けたのだから。プライドがズタズタ、というやつだ。
 唖然としながらも開始線に戻る相手を見送りつつ、両手を膝に当てながら呼吸を荒げ、確認する。うん、まだまだ、やれる。相手からすれば私が全力を出し切ったように見えるかもしれないが、それは向こうの勝手な勘違いだ。
 開始線に戻って試合再開。相手は雄叫びを上げて突進してくる。一方私は変わった足捌きをしていた。袴の裾を跳ね上げながらも実は後ろに下がっていたのだ。前に進んでいるように見せかけて、後ろに下がる。昔、ダンスの得意な有名ミュージシャンが編み出した歩行法らしい。真横から見れば気が付くかもしれないけれど、頭に血が上った対戦相手はどうだろうか。
 そろそろ境界線というところで、面打ちを放ちつつ、左へ大きく体をかわす。
車は急に止まれない、人間も案外そうだ。私の脇を、ドタドタと駆け抜けた後
グリンと向きを変え、血走った目で私をにらむ彼女に審判の声が響く。
 「場外」
 判定を受けて尚構えを崩さない彼女に、審判が間に割って入る。それでようやく場外に気付いたのか、開始線に戻る彼女、藤山に味方からヤジが飛ぶ。

ふうん、味方をヤジるんだ。そう思いながら聞いていると。一番強いはずの部長が先鋒になったのは彼女自身の考えらしい。自分一人で私たち全員を打ち破って、勝ち抜き戦を提案したことをコケにするはずだったとか。
 そんな企みは木っ端微塵に打ち砕かないと。
 相変わらず、雄叫びを上げての突進を繰り返すので伸びきった胴に一本決めさせてもらった。伸びきった、天狗の鼻はへし折れたかな。
 あと一本取りたかったけど、惜しくも時間切れ。あと一本、或いは場外一回で
私の勝ちだったけど、贅沢は言わない。向こうはあと九人もいるのだ。私の体力がどこまで持つかもあるけれど、サクサクいくよー。
 そう言えば、一人も倒せずに敗退した、部長の人。竹刀片手に天井を睨んで、
「ふざけんなー、認めねえぞ、こんなのー」とか絶叫してたけど。いいんだろうかね。一応ビデオの記録に残るはず、だけど。フリーの記者のおじさんが渋い顔してたが。
 次の、二番手の人。名前が藤波・・・、なんか藤の字が続くね。チラリと対戦表を見ると、五人くらい藤の字が続く。まあどうでもいいけど。この人も突撃剣の使い手らしく、寸前で避けて、追撃すると面白いように一本が取れる。当然、
後ろから攻撃するような卑怯なことはしていない。相手が振り返るのをちゃんと待ってます。無理に場外を狙うよりも、この方が時間をムダにしないで済む。
 最強無敵と思い込んだ突撃剣(仮)が連敗したことで相手チームの戦意はがた落ちになった。三番手の、名前が藤川、になってから、ようやく突撃剣(仮)では敵と相性が悪いことに気付き、無謀な突撃を控えるようになった。とはいえ腰が引けて、へっぴり腰になってるため、胴こそ狙い難いものの、籠手も面も狙い放題だった。負けた面々が鬼女、とか鬼畜とか囁いてるけど、聞こえないふりをしておこう。それが大人の対応だ。
 しかしねえ、続く四番手、五番手が。えーっと、藤原に藤田、だっけ。揃って竹刀を構える様がへっぴり腰だとよけいな事まで考えてしまう。もしかして君達、それしか練習してないの?突撃剣(仮)を最強無敵と信じ込んでいたとしか、
この状況を説明できそうにないのだけれど。相手が突撃してきたら避けないのが礼儀、みたいな縛りで力比べをすれば、相撲部経験者が有利になるし、ぷよっとした体形が最適にはなるけれど。
 その恩恵で楽に勝ち進んだ私がいう事ではなのかな。
 残る五人は永井、松本、石森、高橋,浦沢。うん、ごく普通の名前だ。同じ字が続くとか変な法則はない。さて体力的にどこまでいけるかは不安だけど、私が独り占めしていいのかも問題だ。この夏皆で頑張ったのだからやっぱり戦ってみたいよね、皆も。とはいえ変に手を抜くと美央さんの反応が怖い。必ず、絶対バレるだろうし。
 結局対戦した五人とも練習が足りていませんでした。突撃剣(仮)至上主義者が力を持ってちゃねえ、仲間に恵まれなかったということか。せっかく試合に来てくれたのに、得る物もなく帰すのは可哀そうなので普通の剣道と普通でない剣道も披露しました。そう、相手の得物を狙う剣道も。
 なんだか弱い物いじめをしている気分になったのは鬼女とか鬼畜とか、負けた連中のヤジのボリュームが上がったせいだろう、こちらの気遣いも知らないで。ったく。
 結果として私一人で相手チームを勝ち抜いてしまった。美央さんが怖かっただけで、意趣返しに拘った訳ではないので。そこ、誤解しないように。
 取材に来たおじさんはあろうことか後半の撮影を放置、カメラに背を向けたまま頭を掻きむしっていたという。筋書きが狂ったとかのたうち回っていたようだけど。私たちからすれば、そんなの知らんがな、の話である。
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