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しおりを挟むさぁて、どうしたもんかねえ。
現在、剣道部副顧問を務める香川先生には将来の女子剣道部顧問の可能性を匂わせて危機感を持ってもらうように誘導したし。後輩教師に激励だけ送って高みの見物を決め込むのは、あんまりなので自分でも山下コーチの指導を調べようなどと思ってみたが。合間を見て、一年生女子の三人組に話を聞こうかなどと校内を歩いてみると。妙に刺さるんだよねえ、視線が。特に女生徒から。
年頃の娘を持った先輩教師から、子供に毛嫌いされていると酒の席で泣き付かれたことを思い出す。話に聞いた目付きはちょうどこんな感じだったか。
いやいや、まてまて。そおいう年頃の娘を持った父親ならともかく。なんで
独身で血も繋がらない俺が女子生徒から父親の様に毛嫌いされねばならないの。
そこで脳裏によみがえったのは副顧問、香川の忠告だった。
『江口先生の視線は男子生徒にも気付かれているし問題にもなりますよ』と。
そばで見ている男子が気が付くくらいなら、視線を浴びる女子部員達は当然気が付くだろう。香川先生の忠告はこのような事態を警告したものだったのか。
ムリじゃね。昨日に話をされた時点でもう手遅れ寸前じゃないか。急いで事態の沈静化を図るべきだが、今、自分で動こうとするとやぶ蛇な気もする。
ここはもう、香川先生におまかせだー。一見、丸投げのようにも見えるけど、自分で動くと事態が悪化するんだから仕方ないじゃないか。少しばかり良心が痛むが、もうちょい香川先生を煽っておくとしよう。明日の為のその壱、である。
授業が終わった私たちは着替えを済ませて美央さんの到着を待っていると副顧問の香川先生から声をかけられた。気のせいか、表情が暗い。
「早見さん、それに貴方達にもお願いがあるのだけど・・・」
何か、頼みづらそうにしているけれど、用件は何だろう。今は部活の時間で、ここは体育館だ。備品庫からの荷物運びとかなら、もっと早くに声をかけて欲しかった。
「山下コーチの指導内容を簡単なものでいいから、記録に残しておいて欲しいのよ。来年度、新入部員が入ってきた時、後輩の指導にも役立つでしょう。貴女達は先輩になるんだから」
明らかに重たい空気を漂わせた香川先生に何事かと身構えた私たちは肩透かしを食った。秘密の重大任務を・・・的な雰囲気だったのに、いざ蓋を開けたら。
「はい、分かりました」と即答できるほどのある意味、当たり前なお願いだった。それが私たちの勘違いなどではない証拠に、男子部員は私たちを見捨てて声もかけずにランニングに出てしまったのだ。正に、触らぬ神に祟りなし、である。
隣で練習するバレー部の掛け声が響くが私たちが会話をするのに支障はなく。
逆に聞き耳を立てても盗み聞きのしづらい空間となり、香川先生の語りが止まらない。
「江口先生も気にはしているけれどこの先、女子部員が増えたら女子剣道部も独立するでしょう。そうしたら、なんにも知らない私が顧問になっちゃうのよ」
美央さんに任せきりの現状、何か心配があるのかなと思う私たち。
「山下コーチがいる間はいいけど。あの人は学校が雇っているわけじゃないからいつまでコーチを務めるかは山下さん次第なのよね。貴女達のために指導をしにきているのだから、貴女達が部活を引退すればそれまでになるし、山下さん自身がもう充分と納得してもそこで指導は打ち切りになると思うの」
今は楽しそうに私たちの練習に付き合ってくれているけど、もし美央さんが飽きたら、或いは満足してしまったらコーチの件もそれまで、という事らしい。
「他の先生方は昔嗜んで経験があるとか、知識があるクラブの顧問をされているけど。私の場合はそういった考慮が全然されてないの、ズルいと思わない。
頼りのコーチは来年三月に辞めてしまうかもしれないし」
ちょっと待って。美央さんが三月で辞めるなんて聞いてないよ。慌てて問い詰める私たちに訂正する香川先生。
「例え話よ。年度の変わり目はものの区切りだから、あり得ない話ではないの。
そんな短い期間に指導、監督ができるくらい剣道を覚えるなんてどう考えても無茶よ。学校の授業もしなきゃいけないのに」
「新しくコーチを雇う、というのは・・・」
恐る恐る陽子ちゃんが聞いてみたが。
「山下さんのように無償奉仕のコーチがいるとは思えないけど。実際に剣道部だけコーチがついても他のクラブから文句が来ないのは、山下さんの無償奉仕のおかげだし。もし剣道部のコーチに学校が予算を割くなら体育会系のクラブは残らず自分達にもコーチを寄越せと騒ぐでしょうね」
どうせ指導を受けるなら、専門のコーチからの方が上達が早いかもしれないし顧問の先生も楽だろう。学校も特別扱いはしないということだ。
いきなり部員が増えて忙しいところへ加えて、その手の文句には江口先生もうんざりしていたらしい。
「無料でコーチを引き受けてくれるO.BやO.Gに心当たりがあるのでしたら校長に相談なさってみては。面接の時間くらいは作ってくれると思いますよ」
と。一見アドバイスの様に見える意見でまわりの先生方を悔しがらせたとか。
いやいや、それって煽ってるだけじゃないのかな。
私たちもコーチの指導を記録に残すという方針が決まり、気持ち安心した香川先生が席を外したところに防具を付けた美央さんが登場。
汗ひとつかいてない、私たちにランニングは終わったのかと確認をする。先生から話をされてて、これからです、と答えると。
「それなら仕方ないね」
と美央さん。そのまま笑顔を崩さず、続けた。
「でも時間が勿体ないから、校外一周を全力疾走で」
美央さんが機嫌を損ねたのか、どうか。敢えて確認はしない私たちだった。
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