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しおりを挟むバシィーン。
ビシィーン。
バァーン。
まるでシンバルのように音が響く。大きな音で、いい加減、耳障りだ。あれっ竹刀って楽器だったっけ。ふとおかしな考えが浮かんでくる。動かぬ壁を叩いているみたいに竹刀が弾き返される。相手は新任コーチの美央さんだ。腕が疲れたし手が痺れてきた。もう五分くらいは打ち合ったのかな。
「まだいけそうだけど、ここまでにしましょう」
そう言って、美央さんが腰元で竹刀を逆さに持つ。刀なら納刀した構えだ。
それに従って私も納刀の構え。呼吸を整えながら礼を交わす。
集中していた意識がほぐれて、周りからの視線を感じ始めた。そういえば妙に静かだ。心臓の音と呼吸音だけが大きく聞こえる。
どうしたのだろう、剣道部の男子達が打ち合いもせず、此方を見ている。防具越しなので表情が分からないが見惚れているのか、呆れているのか、手にした竹刀をダラリと下げて打ち合い稽古も中断してこちらを眺めている。
ちょっと。何、コレ?
これだけ注目を集めるとさすがに照れるし恥ずかしくなる。
「なんかよくわからなかったけど、すごかったね」
「視線がどんどん集まって、釘付けの独占状態じゃん」
思わず身構える私に声をかけてきたのは舞ちゃんと陽子ちゃんの二人だ。
「ねえ、いつからこんな状況になったの」
別に、睨んだわけじゃないけれど。正気に返った男子達がパシン、パシン、と打ち合い稽古を再開させる。
「里紗ちゃんとコーチの打ち合う音がとても大きく響いて。それに気づいた男子が観戦モードになって。一人増え二人増え、で結局全員?」
「一分二分くらいの打ち合いで周りを魅了しちゃうんだからすごいよね」
「でも正直見応えあったよ」
自分では五分くらいは打ち合ったと思ったけれど。実際には一、二分だったらしい。きゃいきゃいとはしゃぐ私たちを置き去りにして美央さんが顧問に話しかける。
「江口先生、懇親を深めたいので女子部はこれで上がります」
「え?」
驚く顧問の江口先生に背を向けると美央さんが声を張り上げる。
「聞きたいこともあるので、ちょっとみんなでお茶しましょう。もちろん私の奢りで。あ、だけど、今日だけだからね」
「「えぇー?」」
絶叫したのは男子部員達。顧問の先生が奢ってくれるなんて、これまで聞いたことがない。
「ちょっと待って、山下さん。コーチが率先して生徒をファミレスや喫茶店に連れ出すのはよろしくないです。やめて下さい。何言ってるんですか、ホントに」
さも当然、と言わんばかりの美央さんの宣言に呑まれかけた江口先生が瀬戸際で反論に成功。
ちっ、おしかった。
舌打ちが聞こえてきそうな表情を一瞬で切り替えて微笑む美央さん。
「あらいけない。そうでした、生徒さんを連れ出すのはいけませんよね」
反省してきますぅ、と美央さんに背中を押され、私たち女子部は体育館を出ていく。あ、部活の早退はよくなった・・・らしい?
着替えて教室で待つ私たちの前にコンビニの袋を下げた美央さんが現れる。防具を外した道着姿で。この格好で買い物に行ったのか、この人。
「好き嫌いがわからないから、早い者勝ちね」
私たちが囲むように座った机にペットボトルが並べられる。
緑茶に紅茶、ウーロン茶。そして真っ黒なボトル、はコーヒーのブラックか。
おそらくは無糖のコーヒーなんて、誰が飲むのかと思っていたら、最後に残ったそれを自然に飲む美央さん。なんか、大人感が出てる。
「他の生徒は部活中かな」
そう言いながらコンビニ袋からチョコチップの付いたビスケットを出す美央さん。
これはおまけね、と笑いながら封を切る。うーん、哲也の母にはもったいないな、この人。
お菓子を前にした私たちに負けないテンションで美央さんが話しかけてくる。
「志村さんと帯刀さん。二人ともフットワークを使った試合運びをしていたけれど、男子の練習を見る限りではここの方針じゃないわよね。なぜ、あんな試合運びをしたのかが気になってね。理由があるのかな」
「なんとなく、ですが。コーチが強そうに思えて、普通に攻め込んだら、すぐに負ける気がしたので」
「私も。舞ちゃんのをお手本にしてみました。剣道は縦の動きが多いから横の動きには不慣れかなと」
「うんうん、いいね。二人とも。何とかして勝とうという気持ちが前面に出てるのがいい。それで、早見さんはなぜ、あのスタイルを選択したの」
美央さんの質問相手が私になった。なんであんな戦い方をしたのか。小学生の時に正義の味方をしていて、オヤジ狩りとの戦闘経験があるから。などと正直に答えるつもりはない。一番大事な守秘事項だ。
「私には二人みたいなフットワークは難しいし陽子ちゃんが何度か踏み込みのチャンスを潰されていたので。あの竹刀が邪魔だなと思って。それで弾き飛ばしちゃえばいいかなと。ハイ・・・」
「うんうん、いいねー。みんないいよー。初見の相手に対して直前まで情報を集めること、これは大事だし。その情報を自分に合わせて使いこなそうとするところが、さらにいい」
新任のコーチにベタ褒めされて気恥ずかしい私たちだけど気にする風もなく
キラキラな表情で語る美央さん。実は話題が剣道とはとても思えないくらいに楽しそうだ。まるで趣味の話でもしているみたいに。・・・いや、趣味なのか。
私たちのように授業の一環として部活を強制されることのない、社会人が時間を割いているのだから。普段から馴染んでいないとあの身のこなしとスタミナは説明がつかない。
私たちのことはもう話したから、流れからいくと次は美央さんの番、だろう。
趣味の剣道についてだから、色々と語りたいはずだ。幸い、目の前にはお菓子やお茶もあるし場所は教室だから夜通しなんてことにはならない。私たちは一口お茶をのみ込んで長引くだろう美央さんのターンに備えるのだった。
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