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しおりを挟む一気に重くなった足取りで私は階段を上る。後ろから付いてくる二人は前をつまり私の方を向いているので声を潜めても会話は充分聞き取れる。
「やっぱり、自宅に帰るみたいよ」
「そうなのかな。なら私、防具とか学校に置いてくればよかったかな」
舞ちゃんは手ぶらだけど、陽子ちゃんは防具を背負っている。帰り道、学校に寄れるのだから防具は置いてきてもよかった。これは予め伝えなかった私のミスだ。悪いことしちゃったな。
階段を上がり切った私は自宅の前を通り過ぎ、お隣のドアノブに手をかける。鍵は締まっていない。彼はもう帰宅しているようだ。ドアを少し開けて奥の方に呼びかける。自宅前なので声は潜め気味にして。
「次郎ちゃん・・・。次郎君」
いつものように呼びかけたあと、さり気なく訂正するが。後ろの二人は聞き逃してはくれなかったようで。ささやくような歓声を上げて何やら盛り上がり始めていた。
「お帰り、里紗ねぇ。一人でしょ。まあ上がってよ」
私の言い直しや後ろで密やかに盛り上がる女子中学生に気付かない次郎ちゃんは視界に私の友人を収めたところでビシリと固まる。お化けでもいるのかと聞きたくなるような表情だ。失礼な対応だと思うけど、原因は私なので今は追及しない。防具を背負った陽子ちゃんを見て察してくれたのか。取りあえず榊宅へと招かれた私たちだった。
私たちの団地の造りはドアを開けてすぐにキッチン、となりが居間さらに奥にもう一部屋がある。居間には食事をしたり、くつろいでお茶を飲んだりし易いように高さの低いテーブルが置かれ、キッチンには出来た料理や材料を置く為の高めのテーブルを置く。それはどこの家でも大体同じだ。
カカカカカカカカッ、カカッ。カカカカッ、カカカカカカッ。
ココココッ、ココココココッ。ココッ。ココココココッ。
カカカカカカッ、カカカカッ。カカカカカカッ。
ココココッ、ココココココッ。ココココッ。ココココココッ。
そのテーブルにシャープペンシルと鉛筆の芯を叩き付ける音が響く。
舞ちゃんと陽子ちゃんは居間で正座をしていて私と次郎ちゃんはキッチンのテーブルに向かい合ってイスに座り、無言で筆談の真っ最中だ。いや、保健室の広さでもひそひそ話は難しいのに団地のスペースじゃ聞き耳立てたらバレバレだよ。ここは意外と静かだし。半分お怒りの次郎ちゃんはうっかりして普通の声で話しかねない。かと言って耳元で囁かれてもくすぐったいし、恥ずかしいし。友達二人が目の前で見てるんだよ。やだよ、そんなの。
以下、筆談内容。
『どうして大事な打ち合わせを忘れるかな。それにいきなりここに連れてくるとは思わなかったよ』
『友達だもん、いい知らせは早く届けたいよ。二人共私の家は知ってるんだよ。その隣じゃ隠しようがないよ』
『悟君のとことか、勇吾にぃのとことか、相談したかったし。とにかくビックリした』
『二人は何でもするし、秘密を守ると約束してくれたのに隠し事するのは印象悪いよ。こっちは二人を信じていないみたいで』
納得してくれたのか次郎ちゃんは鉛筆をしまうと筆談に使った紙を小さく畳んでポケットにしまった。シャープペンシルをしまいながら気になった私は彼にどうするのか尋ねてみる。
「細かくちぎって、明日学校で捨てる」
「自宅のゴミを学校に捨てるのは感心しないなぁ」
「ここにまとめて捨てて、ジグソーパズルみたいに復元されても困るでしょ。
学校で小分けに捨てればその心配はなくせるから」
おおう、それなりに考えての行動か。その慎重さは次郎ちゃんらしいけど。
次郎ちゃんは奥の部屋で正座すると私たちを招いた。もし誰かが入ってきた時居間はキッチンから丸見えだ。うん、ちょっと他人には見せられないよねぇ。
ちなみに私たちが正座をするのはキッチン以外が畳敷きの和室だからだ。
座るなら、胡座をかくのか、正座になり、制服でスカート姿の私たちには胡座は見た目が悪い。そんな態度じゃ信頼されないよ。
「それで、ケガをした人は誰ですか」
「はい、私です」
次郎ちゃんの問いに舞ちゃんが小さく手を上げながら答える。
「ケガの様子を見せてくれますか」
「はい。里紗ちゃん、陽子ちゃん。昼間みたいに、手伝って」
何だろうなぁ、この脱ぎっぷりの良さは。女の子に使う言葉じゃないけど。
男らしいと言うか、迷いがないと言うか。上着、ワイシャツとどんどんボタンを外し、脱いでは陽子ちゃんに手渡していく。そこで一旦手を止めると陽子ちゃんがブラジャーのホックを外し少し浮かせると前へと落とした。すぐに私が湿布を外す。傷口と癒着していないのがわかっているのであまり気を使わない。もうこの湿布は用済みになる筈だしね。
ちょっと照れてた次郎ちゃんだけど傷を見るなり真顔に戻る。
「里紗ね、里紗さんの時よりも重傷だね。時間がかかるかもしれないのですぐに始めます」
右手に左手を重ねて、次郎ちゃんが手を伸ばす。彼の手が胸に触れたのか彼女はビクリと体を震わせ肩をすくめた。その肩がゆっくりと下がっていく。
「熱い。熱くて、あったかい・・・」
誰に言うともなく感想を漏らす舞ちゃん。寝ぼけたような口調が気になってのぞき込んだ顔は目を閉じて薄く笑っている様だ。まるで夢でも見てるみたいで他人には、特に男の子には見せちゃいけない表情だと思った。
「あったかくって、ちからが抜けて、気持ちいい。ゆめみたい」
誰も尋ねていないのに舞ちゃんの感想はつづく。でもわかるなあ。なぜかは
わからないけど、次郎ちゃんの治療を受けるとあったかくって気持ちがいい。
え?
ということは、痣を消してもらった時の私もこんな顔をしてたのだろうか。
いやいや、それはないでしょう。それは、あまりにも恥ずかしすぎる。まてよ。
あの時私は次郎ちゃんの前に背中を向けて座っていたから顔を見られることはないはずだ。いやー、あぶなかったけど、際どくセーフ。あんな顔を見られたら他所へはお嫁に行けないよ。まあ、いいけどさ。・・・いやよくない。これだと
今度は舞ちゃんが困る。それに一才年下の男の子に、目の前で九割近くも生の
巨乳を晒しながら、あんなことを囁かれたら。気が散ってしかたないだろうに。
当の次郎ちゃんはというと、精神集中のためか、目を閉じて治療を続けていた。
どうやら手の位置をずらす時だけ目で確認しているようだ。これだと舞ちゃんの声も聞こえていないかも。見た目ではわからないけど、手の位置からすると
半分以上治療が終わっていることになる。そのかわり、疲労の色が濃い。
友達のケガが治るのはうれしいけれど、彼にはあまり無理をしてほしくない。
どうか無事に治療が終わりますようにと私は心の中で祈った。今、私に出来る事はそれしかなかったから。
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