僕たちは正義の味方

八洲博士

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 伝統的なシゴキの継承のために新入部員が減り続ける剣道部。三年後には廃部もあり得ると噂されていて、風前の灯と言われていた剣道部でしたが。
 まあ、何ということでしょう。今年は三八名もの新入部員を獲得して不死鳥のごとく復活を果たしました。あまりの衰退ぶりに注目された憐みの視線は消え去り、新入部員を掻っ攫われたほかの部からの羨望の視線が取って変わります。
 女子に人気のあるテニス部やバレー部は男子女子が別枠の活動となりますが
女子部員が三人の剣道部では互いに手を伸ばせば触れ合える近さで男女合同の練習をしています。先輩と頼られる三年生はもとより、シゴキの鬼になる二年生もシゴかれる一年生も男子の顔は一様に頬が緩んでいるということです。
                       新聞部の記事より抜粋

 テレビドラマの影響か、異常に増えた一年生の剣道部員。どのクラスにも五人以上の部員がいることになった。偶然というか、女子部員はこのクラスだけだ。
おかげですぐに仲良くなれた。一小(第一小学校)から来た二人は志村舞ちゃんと帯刀陽子ちゃん、二人ともバドミントン部にいたらしい。低学年の子を含めて
多数の部員は、円陣バレーのように輪になってシャトルを打ち合うことが多かったようだけど、彼女たちはわりとガチだったようで。ネットを挟んで打ち合う
オリンピックなどで見るアレだ。それが平常運転ということは。剣道は初心者らしいけどあんなフットワークが出来るのならすぐに上達しそうだよ。
 私?私は正義の味方が出来るように訓練をしたからね。彼女たちには負けないけれど、それが逆に不思議に見えたらしい。なんでこんな体力なのかを説明するために、剣道教室の事を話して誤魔化す。そしたら二人も警察の剣道教室に
入りたいって、なってしまった。まあ、次郎ちゃんと同じで道具が揃っているので敷居は低いのか。
 かわいい笑顔で喜ぶ二人を見ながら牧野講師に要連絡と記憶する。けれど何か引っかかるというか気が重いと言おうか。おかしいな、新しい友達が出来て。
同じ剣道教室に通うことになって。うれしいはずなのに、どこか気が重い。
同級生ではあるけれど、剣道教室では私が先輩になる。そこに責任を感じているのかな。自分のよくわからない感情をそんな理由で私は納得させるのだった。

 山下哲也は待っていた。自分にとってのその時を。それはもう何年もの間抱き続けた願望であり、運命と言い変えてもいいものだった。
 山下哲也の父、山下登はごく普通のサラリーマンだった。趣味が剣道という
以外は特にとりえもない中肉中背の体形。筋肉質には見えないが肥満体でないことは褒められるだろう。そんな父親に自分はそっくりだった。三角に握り損ねたおにぎりのようにえらが張った丸い顔。汗にまみれた髪が纏わりつけば正にのり巻きおにぎりだ。そんな父が射止めた母は別格だった。背は高くスラリとした体形。背中まで伸ばした黒髪が映える色白の顔。切れ長の目にスッと通った鼻梁、小さくぷっくりとした唇。まるで日本人形のような美しさだ。
 子供ながら不思議に思い、何度も聞いた二人の馴れ初めはいつも変わることがなかった。
 力自慢の父は礼儀作法を学べと通わされた道場で母と出会った。一つ年上で二年先輩の母に挑んだ父は勝負に負け続け、たった一度の勝利をもぎ取るために十年以上もの時間を剣道につぎ込んだという。勝ちを収めた勝負も互いに体力を消耗した末の辛勝であり、その時母に傷を負わせしまった父は如何なる形でも責任を負うと明言し頭を下げた。土下座だったかもしれない。
 母としても、見た目で言い寄る男は多かったが、趣味は剣道一筋と告げる度に誰もが離れていくため、気に病む時もあったくらいで。子供の時からブレることなく、剣道で自分に挑み続け、ついには勝利した目の前で頭を下げる男のことを
憎からず思うようになっていた母、小野美央は笑顔で応えた。
 「私も貴方を支えます。だから一生、養ってね」
 いつのまにやら相思相愛の美女と野獣なカップルが生まれた瞬間だった。

 幼い頃の山下少年は考えた。父親にそっくりな自分が結婚するには父と同じ出会いをするしかないと。剣道で女の子を圧倒し、ケガを負わせた責任を取る形でしか結婚なんて出来ないと思い込んでしまったのだ。父と母が互いに恋愛感情を育てるのに費やした十余年という時間をすっ飛ばし、相手にケガを負わせた責任を取る潔さが女の子から惚れられる要因だと考えた山下少年はさっそく剣道を習い始める。いつ、『その時』が来てもいいように。邪な剣を磨くため。
 中学生になって、親が決めた許嫁のような『約束された彼女』が欲しくなった山下哲也は後輩となる女子部員を見て確信する。
ついにその時が来たと。
 後は自分の潔い告白を披露するだけだと、独りほくそ笑むのだった。

 夏休みなど長期の休みを除き、学校が休みの時は部活動も行わない。もちろん今回のゴールデンウイークもだ。黄金週間明けはわずかながら体が鈍っているはずだ。一週間ぶりの部活動で山下は一年生に校外五週のランニングを命じると二年生を集めて仲間に引き込む。
 今年は新入部員が多いこともあり思うような稽古をつけることが出来ていない。このままでは奴らがつけあがる。そこで我々二年生が先輩としての格を見せつけておきたい。奴らがランニングから戻ったら二年対一年で勝ち抜き戦を行い、十五対三八の数的不利を物ともせず勝利しよう。このままじゃ奴らになめられるぞと。
 当然懐疑的な意見も存在する。
 「向こうの人数はこちらの三倍だぞ。大丈夫かよ。万一負けたら赤っ恥だぜ」
 「そうそう。その後三年生にシメられるのは俺たちだぜ。貴様ら弛んでるぞってな」
 「問題ないよ。ゴールデンウイークで鈍った体を校外五周のランニングでへばらせてある。五人でも十人でも勝ち抜きし放題さ」
 「面白い。山下の悪知恵に乗ってやるか」
 「おいおい、悪知恵とは人聞きの悪い。策士と言ってくれないかな」
 勝ち抜き戦はお互いのやる気を引き出すため、という建前に従い、防具を身にまとう二年生たち。彼らは校外五週のランニングを終えた一年生たちが戻るのを今か今かと待ち構えているのだった。
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